30万打リクエスト小説

香り立つのは君のそば



「帰って来ないなあ」

シンプルな部屋。人間が二人住んでるとは言っても職業柄家にいる時間が少ないせいで部屋の中の物が少ない。ひとり暮らしの時は何てことなかったことも降谷さんと一緒に生活するようになってからやたらと気になってしまう。つまりはとってもさみしい。休みが被ることは少ないから、必然的にはやく帰れる時くらいしか家じゃ会えない。一人じゃ広すぎるソファに倒れこんでクッションに顔をうずめた。

「早く帰って来てよぉ、零さーん……」

そんなこと言ったって無理なことはわかってる。今日はちょっとした会合があって顔を出してくるって言ってたし。きっとお酒飲んで綺麗な人に言い寄られてくるんだろう。本人にその気がなくったって周りがあの人をほっとくとは思えない。惚れた欲目を差し引いたっていい顔してるもん。……そうなんだよ。初対面で見たっていい顔してるし、きっと物腰柔らかく笑顔振りまいてくるんだよ安室透の時みたく。

「あーもう、やだ」

くぐもった声が顔をおしつけたクッションに吸い込まれていく。うつ伏せで足をばたつかせて、暴れてみたって何にも変わらないけど、バタバタと一人で動き回る。

「なにが嫌?」
「一人でこんな風に一人でうだうだと考え込んで落ち込んでいるのが、いや」
「ホォー……それから?」
「……零さんなら大丈夫だってわかってるくせに信じきれてない自分が一番いやです」
「なるほど」

なーにがなるほどなの!うつ伏せから仰向けに体制を変えて、クッションをちょっとだけ下にずらせば、しれっと会話を始めた零さんがソファのひじ掛けに腰掛けているのが見えた。いつもと違ってかっこいいスーツ着てる……。かっこいいのはいつも通りだけど……。「おかえりなさい」とそのままの姿勢で言ってみれば、あっという間に零さんの顔が目の前まで降りてきた。

「ただいま」

額に響いた軽いリップ音を認識してしまったら、さあもうおしまい。もう、無理だって。がばりと勢いに任せて身体を起こす。振り向けば、そりゃもういい笑顔で腕を広げて待ってる零さんがソファに座ってた。

「おいで」

これで飛び込まない馬鹿はいない。もう、零さんったらお酒くさい。ちょっぴり汗くさい。でも嫌いじゃない。早く帰ってこいとは言ったけど想像以上に早く帰ってきてくれて嬉しいよ。女の人のにおいも全然しなくて安心する。零さんが自分から遊んだりしないってもちろんわかってはいるけど。ただただ零さんの胸に飛び込んでいたところから腕を背中に回す。頑張って動いたのがくすぐったかったのが、おかしそうに笑ってる。

「落ち込む必要は勿論ないんだが、」
「ん、」
「妬いてる姿も悪くないんだよな」
「……それから?」
「うん、かわいい」

なるほどだからこんなに嬉しそうなわけだ。落ち込んでるとこを喜ばれるのは微妙な気持ちだけども、酔ってふわふわ笑う零さんを見てたらどうでもよくなってしまうね。目一杯の力で抱きしめてみるけど、抱きしめ返されたら緩んじゃう。緩んだ先から掬われるように更に抱きしめられていく。

「重たい女で失礼…」
「はは、全然軽いよ」
「じゃあ今度は泣いたりするかも」
「むしろ見てみたいな」
「嘘です。わたしそんなに泣かない」
「知ってる。それに、笑ってる方がいい」
「うーん、でもなあ、一生ずっとこんな感じかも」
「望むところさ」


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