ドラコ
水と油のはじめての共感
三日ほどマルフォイ家本邸を離れ、一人暮らしをしていたハンプシャーにある別邸に戻っていた。その邸は本邸と比べるとかなりこじんまりとしていて、本邸ほど"城"の要素は少ないため、屋敷しもべ妖精は一匹だけだった。ふと思いついて「新しい枕カバーは欲しいか」とそのしもべ妖精に声を掛けたところ、何を勘違いしたのか「解雇なさる!若さまはわたくしめを解雇なさるおつもり!」と騒ぎ立てた。新しい枕カバーを貰って喜んでいたパットを思い出してのことだったが、そもそもパットと目の前の妖精は出生も育ちも違うのだから着飾るという発想がないんだろう。僕もパットに会うまでなかったわけであるし当然か。未だに騒ぐしもべ妖精をそのままにして、僕はウィルトシャーに姿現しで戻った。

本邸に帰り母上に顔を見せた後、僕は自分の部屋に戻った。鞄を漁り、ハンプシャーから持ち帰って来た仕事の書類や本を取り出した。

「あれ、」

取り出した本の中の一冊に、見慣れない背表紙のものがあった。それは三日前にコストスに貸した物語の最終巻だった。四冊に渡る物語だったのだが、どうやら僕は三冊しか彼女に渡していなかったようだ。最後だけ渡さないで焦らすようなことをしてしまった。今からでもいいから届けようか。いつも出かける時間よりも早かったが、ドーセットに向かうことにした。


ウィルトシャーとドーセットの境目から西寄り。そこにいつものように姿現しをする。いつも、玄関のノッカーをカンカンと打ち鳴らしてパットを呼ぶ。それから、庭のウッド・チェアに座っている彼女の元へ向かう。今回も例に漏れずその通りにしたのだが、パットが一向に現れない。どこかに出かけているのだろうか、それならば明日にでも出直すか。ウィルトシャーに戻ろう思ったその時、庭の方から話し声が聴こえてきた。パットもいないのに、誰かいるのか。不審に思い、杖を構えながら庭の方へじりじりと向かっていく。

「これって絶対マズいよ!怪我なんてさせたらどうするのさ!」
「だから降ろそうとしてるんじゃない!それに、成猫だったらこの高さなら怪我しないわ!」
「君の猫と比べたら細っこいからどうだかね」
「それに怯えてる!怖がりなんだよきっと!」
「だから降ろそうとしてるって何度言えばいいのかしら?あっ、動かないで、大丈夫よ怖くないから…何もしないわ、えっと確か、シャーロットよ。ほら、貴方たちも呼びかけて!」
「シャーロット?猫のクセに随分と高貴な名前だね」
「ほーら、シャーロット。その真っ白な靴下を僕らに見せておくれよ」

普段アフタヌーンティーを楽しんでいる木の元で騒ぎ立てていたのは、3人の男女。それも見間違えることなどない、学生時代から敵対していた同級生の姿だった。できるなら声を掛けたくなどないが、家主の不在中にその飼い猫相手にいい大人が何か悪戯しているのだと知って素通りすることはできなかった。

「……何をしている」
「は、え?マ、マルフォイ?」
「なんでお前がここにいる!」

騎士気取りかしらないが、ポッターとウィーズリーはグレンジャーをさっと後ろに隠し杖を構えた。そもそも、人の庭先で決闘をしようとは思わない。僕が彼らに向けていた杖をしまうと、彼らも訝しげにしながらも杖をしまった。そして何も言わずにゆっくり木の元へ近づくと、木の枝の上でびくびくしているロティーを見つけた。

「ロティー」

名前を呼んでやると、ロティーは短く鳴いた。愛称で呼ぶ者が少ないせいなのか、僕をちゃんと認識しているからなのかわからない。ただ、びくびく体を震わせていたロティーがピタリと動きを止め、こちらを見据えた。

「おいで、ロティー」

右腕を差し出す。もちろん、枝に手は届かないし、手の先に乗られてもロティーを落としてしまうだろう。それでも意図は伝わったらしい。ロティーは大きく伸びをした後に僕の右肩めがけてジャンプする。勢いが良すぎて、彼女の尻尾が僕の髪を少々荒らした。内心、よくもやってくれたな、と思ったが、安心したように僕の頬を舐めるロティーに毒気を抜かれてしまった。顔がべちゃべちゃになる前に、髪をさっと整えてロティーを肩から降ろして抱き抱えた。

「なんでお前が」
「猫をいじめるような輩に何も言われる筋合いはない、ウィーズリー。そもそも、そっちこそ何をしている」
「僕らはただ、ハーマイオニーの用事に付き合ってここに来ただけだ。それで、猫がいたから追いかけたら、」
「へえ、グレンジャーの用事は家主が居ない時に勝手に庭に入ってその飼い猫をいじめることだったわけか。実に勇敢だ、なあポッター」

だんまりしていたグレンジャーの顔は怒りで歪んでいた。何度この顔を見ただろう、むしろにこやかにしている様を見た覚えさえないかもしれない。何か僕をののしる言葉でも思いついたのが口を大きく開ける。しかし、その言葉が声になる前に僕らの前にはウッド・テーブルとウッド・チェアが大きな音を立てて現れた。

「な、なんで?」

狼狽えるウィーズリーと周りをキョロキョロと窺っているポッターを横に、グレンジャーは杖を構えた。この後使われるであろう呪文を想像して、目でグレンジャーを制した。先ほどまで僕に怒り狂っていた彼女だったが、僕の目を見てそろりと杖を降ろした。

「パット、いるんだな」
「はい、ミスターマルフォイ!」

バシッと姿現しをしたパットは、ティーセットの乗ったカートと共に現れた。

「あえて聞くが…それは?」
「お茶でございますミスターマルフォイ!貴方様とそのご友人様たちに!」
「僕たちマルフォイとは友人じゃない!」
「ロティーとミスターマルフォイと遊んでらしたのに?」
「お前、見ていたんだな?さっき玄関を鳴らしたときに出てこなかったと思ったらずっとこいつらを観察でもしてたんだろう」
「玄関も鳴らさぬ侵入者はお嬢様に害を為すと旦那様から仰せつかっております故、何か悪さをしないか見ておりました!」
「だったらすぐに追い出せ。こいつらは紛れもなく侵入者だ」
「こっちの言い分も聞かないでさっきから何なの貴方!そもそも、貴方だって部外者でしょう、ここはリアの家の別邸だって聞いてきたのに!」
「ミスターマルフォイはリアお嬢様のご友人なのでございます。それはそれは良くしてもらっておいでなのです」
「そんなの、聞いてないわ!」

パットの登場で、落ち着いたかと思ったグレンジャーの怒りはまた蘇ってしまったらしい。彼女の用に付いてきただけだというウィーズリーとポッターは、本当にそうだったようで、何も言えずに突っ立っている。

「……リアは?どこかにでかけているのか?」
「お嬢様は今朝から本邸に帰っております。夕刻には戻るとのことで、ミスターマルフォイが来たらこれを、とのことでございます」

以前もらったカードと同じ紙に書かれた簡潔な文に、思わず笑ってしまった。僕が笑ったことに驚いたのか、顔を真っ赤にしてヒステリックになっていたグレンジャーが口を開けて呆けている。「そんな面白いことが書いてあったの?」なんて呟くウィーズリーにグレンジャーの肘が入った。相変わらず乱暴な女だ。以前、グレンジャーに殴られた鼻が少しだけむず痒くなった。

『絶対に、そこから、動かずに、お茶をしていることね!――追伸、最終巻は持ってきたでしょうね?持ってきていないのなら、わたしが戻るまでに取りにいくのだけは許すわ』

そう書かれたカードをポケットに仕舞い、パットが用意したウッド・チェアに腰かける。

「僕はリアを"待っていなければならなくなった"からここでお茶をするが…」

お前たちはどうするんだ?残りを言葉にしないまま、ロティーの背中を撫で、視線を外した。僕だって考えなしなわけではない。コストスに用があるのはグレンジャーで、そのグレンジャーが左手に持っている分厚い封筒には魔法省の印が施されていたのだ。仕事関連で立ち寄ったのに違いない。任された仕事以外のことで躍起になっているというこの女はきっと休みなんてろくにとっていないのだろう。そうでなければ普段の休みに同性の友人を訪ねに行くときに邪魔な男二人を連れていくわけがない。つまり、今日を逃したらまた仕事に追われて再び訪ねるのは難しくなるということだ。僕がそれに気付いたことに、彼女たちもまた気付いたらしい。居心地悪そうにしながらも、それぞれウッド・チェアに腰か
けた。

「お嬢様、お坊ちゃま方、何の紅茶にいたしますか。ダージリンとアールグレイと…クランベリーもございます」

ティーカップにお茶を注ぎながら、パットは三人に声を掛けた。パットがいま注いでいるのは、僕がいつもご馳走になっている茶葉で、マルフォイ邸で育てているハーブを使ったお茶である。それは鎮静作用などを含むそれは気を休めてくれる。以前から、ただお茶をしにくるのが申し訳なかったこともあり、ハーブを煎じてパットへお土産として渡していたのだ。これは僕が幼い頃から飲んでいたものだったが、ハーブにクセがあって好みがかなりわかれる。幸い、コストスの口には丁度合ったらしく、最近はもっぱらこの茶葉でお茶を楽しんでいた。

「ミスターマルフォイはこちらでよろしいですか」
「ああ。ありがとう」

物珍しそうに僕を眺めるポッターに居心地が悪くなる。僕だけではないだろうが、パットが三人にお茶を聞いて、入れる、それを見ているだけで何となく会話をせずにいることができて安心する。グレンジャーがパットに興味を持ち、それぞれ挨拶をしていた。お茶を一通り入れ終わると、うやうやしく礼をしたパットは屋敷の中へ戻っていった。間に入る者がいなくなったことで沈黙が降ってくる。聞こえてくるのは風の音と、ロティーが僕の膝の上でゴロゴロ喉を鳴らしている音だった。

「リアと友人ってパットが言っていたけれど、本当なの?貴方、ホグワーツではパンジー・パーキンソンとばかりいたじゃないの」
「君はスリザリン寮に入ったこともないのに自分の見たまましか信じないつもりかい」
「それは…」
「そもそも、パーキンソンと二人きりでいたつもりもないね。クラッブやゴイル、セオドールだって居たし、僕の周りにいた友人のひとりがパーキンソンだっただけで、彼女の寮の同部屋がリアだっただけさ」
「……」

グレンジャーが黙ると、当然沈黙が訪れる。何か慌てたようなそぶりのウィーズリーが、「そ、そういえば、」と話を切り出した。

「随分とこの家に馴染んでいるんだな。その猫だって、しもべ妖精だって君に懐いてる」
「この猫はホグワーツ時代から面識があるからな。パットは…まあ、リアと険悪な仲ではないことを知っているからだろう」

僕が返事をしたことに面喰ったような三人に溜息がでる。僕がだんまりでも決め込むと思ったのか。返事をすれば驚かれ、沈黙になれば何か話をふっかけてくる。どちらかにしてほしいものだ。

「……貴方はよくリアに会いにくるの?」
「ああ。互いに休暇中だし、暇を持て余している者同士だ。アフタヌーンティーに同伴していてもおかしくはないだろ」

何かを探るようなグレンジャーの視線は流して、僕の膝の上に丸くなるロティーの、少し緩んだリボンを結び直す。ロティーが体をふるふると震わせるせいで、結び目が真ん中にこない。もう一度ほどいて、動かないよう丁寧にゆったり撫でつけてからもう一度結び直した。ふたたび訪れた沈黙を破ったのは、ロティーの穏やかな鳴き声だった。彼らは目を泳がせながらも、僕の手元にちらちら視線を送ってくる。気まずい。僕らが気持ちを共感する時が来るなんて夢にも思わなかった。互いにきっと同じことを考えているだろう。

「……アー、その、随分とおそいね。君たちの友だちって」
「だからふくろう便で連絡してから来るべきだったんだ」
「あの子がここから出る用事なんてないって、この前手紙で言っていたのよ。それならいつ来たっていいと思って…」
「そりゃ、僕はジョージに言えば休みなんかいつだって貰えるさ。だけどハリーは違うだろ」
「朝のうちに済ませて来たから仕事は問題ないって最初に言ったよ」

いつだってやかましい。自他ともに認める悪ガキだった僕でさえもこの三人のやりとりはいつだって心地よいものではなくて、眉をひそめながら、冷めかけたお茶を口にした。

「マルフォイ、君だって彼女がいないことを知らなかったんだろ」
「普段から約束はしていないからな。ただ、僕が来ることはわかっていたようだし、カードも殴り書きに近かったから急に呼び出されたようだ」
「ねえ、カードに何て書いてあったんだい。何の用事で、とかはなかったの?」
「君に見せる義理はないね。ウィーズリー、わからないのか?急に本邸に呼ばれるなんて滅多にないんだぞ。何かの会合なら前もって連絡は入るし、身内の不幸ならば、カードを残す暇さえ無いだろう。つまり、静養と銘打って田舎暮らしをしている娘を呼びつけるなんて、家に絡んだ相当な厄介ごとがあったに違いない」
「僕の家は君らほど格式ばっていないんだからわかるはずがない!」
「すまないな、穴と継ぎ接ぎだらけの家に本邸も別邸もないか」
「この!」
「ロン、やめて!」

ウィーズリーが声を荒げて杖を構える。すると、僕の膝からテーブルに乗り出したロティーが毛を逆立てて威嚇し始めた。

「この、毛玉!ジャマだ!」

お前はしもべ妖精と同等だな。いや、寧ろそれ以下か。ウィーズリーは彼らのように料理もろくにできなければ気を使うこともできないだろう。猫を毛玉としか罵れないなんて、どれだけ語彙力が乏しいんだ。

「ここで不用意に杖を抜くな」

僕の忠告に、ウィーズリーが杖を構えたままぴたりと動きを止める。それでも睨むことは決してやめなかった。僕はウッド・チェアに腰かけたまま、テーブルの上で威嚇しているロティーをどうなだめようか思案していると、笑いを堪えるように震えた声がした。「わたしも、オススメしないわね」みんな弾かれたように、振り向くとオフホワイトのシンプルなワンピースを着たリアが邸のテラスに立っていた。

「リア!」
「ごきげんよう、ハーマイオニー。ごめんなさい待たせたみたいね、今日来るとは思わなかったの」
「こっちこそ連絡をすればよかったわ、急に押しかけてごめんなさい」

グレンジャーが窺うようにして僕の方をちらりと見た。その視線から逃れるように、未だに息を荒く威嚇し続ける黒猫の背を一度しっかり撫ぜてから、首根っこを掴み抱きかかえる。始めはジタバタもがいたが、すぐに大人しく僕の腕の中におさまった。

「杖を仕舞っていただけるかしら、ミスターウィーズリー?」

パットが誤解して貴方たちを傷つけてしまったら悲しいわ。と困ったようにリアが付け足すと、ウィーズリーは顔を真っ赤にして杖をしまった。やれやれ、といった風にポッターとグレンジャーが眉を上げた。

「こんにちは、ミスターポッター。お噂はかねがね聞いているわ」
「どうも。いい噂かどうかは聞くまでもないだろうけどね」
「そんなことないわよハリー。魔法省勤務の魔女の中での噂だもの、そこまで悪くないわ」
「そう、"そこまで"ね」

いつも職場でこうしておしゃべりをしているらしい。二人はくすくすとおかしそうに笑っていた。僕ら三人は、手持無沙汰で二人のやりとりを眺めていることしかできない。

「……リア」
「え?」

目をぱちくりと瞬かせた彼女に、一体何を驚いているのか疑問に思ったが、すぐに気が付いた。そういえば、ホグワーツの頃からファミリーネームで呼んでいたがいつのまにかファーストネームで呼んでいる。そもそも、リア本人がいないのに彼女の家にいるというちぐはぐな環境のせいでごちゃまぜになっていたんだろう。

「ここに座るといい。僕は戻る。これ以上こいつらと共にいるのは苦痛だからね」
「ええ、ありがとう」

ウィーズリーにまたもや威嚇しようと尻尾を逆立て始めたロティーを横抱きにする。三人を一瞥してからテーブルを離れた。

「ドラコ」

不意に呼ばれた名前に反射的に振り返った。先ほどまで僕が掛けていたウッド・チェアに座った彼女が、軽くにやりとした。

「……なんだい?」
「ちゃんと持ってきてくれた?」
「君に言われる前にね。パットにでも渡しておくよ」
「そう。ありがとう、ドラコ」

念を押すように僕の名前を呟く。何となく流れで互いのファーストネームを呼んでいるけれど、短い付き合いというわけじゃないし、特に悪い気もしない。僕はそのままロティーを抱いて、テラスから邸の中へと入っていった。リビングまで辿りつくと、キッチンの方から、ミトンをしたパットが現れ、きょとんとしていた。

「どうかなさりましたかミスターマルフォイ」
「連中とは折り合いが悪くてね」
「ご友人ですのに?」
「リアとはね。奴らは彼女の同僚とその友人で、僕はただの同級生だからな」
「そうですか…」
「ああ、そうだ。奴らが帰った後でいい、リアにチョコレートといつものハーブティーを濃い目のミルクティーで淹れてやってくれ」
「お嬢様はお具合がよろしくない?」
「いや、心配するほどではなさそうだが、久しぶりに本邸にでも行って疲れたんだろうな。少しだが顔色がよくなかったからね」
「ミスターマルフォイはお嬢様のことをよくわかっていらっしゃる!」
「慰者だからな、これくらいなんてことはない」

未だ虫の居所が悪そうなロティーをリビングのソファの前に降ろして、喉元を指で撫ででやる。うっすら機嫌の悪さは残しながらもゴロゴロとまんざらでもなさそうにしていた。

「あと、この本を彼女に渡しておいてくれるか」
「もちろんです!ミスターマルフォイは明日もいらっしゃる?」
「まあ、またしばらく休暇だから来るかもしれない」
「ミスターマルフォイはまた来てくださる!お嬢様も喜ばれる!パットもうれしい!」

キイキイといつものように甲高い声を響かせて、ミトンをはめた両腕を振り回した。派手な花柄枕カバーに、これまたごてごての花柄のミトンだった。

「…良いミトンだね」
「お嬢様の人生二度目の作品なのです!」
「そりゃいい。彼女の作品はパットが独り占めだ」
「パットはお嬢様の、しもべ妖精ですから!」

そう言って、ケタケタキイキイ笑うのだった。
_5/15
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