ドラコ
純血思想ティータイム
初夏を思わせる爽やかな風がウィルトシャーを通り、ドーセットへと流れていく。爽やかさとはかけ離れた音を鳴らして、ドーセットにあるコストスの別邸へ姿現しをした。黒猫を通してコストスと再会した僕は、たびたび彼女の元を尋ねるようになっていた。痩せ細った彼女の様子が気にかかるのはもちろんのこと、まとまった休みなど手に入れたのは学生以来だったものだから休暇の消費の仕方を思いつかなかったのだ。昔はどうして暇を潰していただろう。多くは課題で、またはクディッチの練習で…。大人になった今ではどれも僕には必要のないものだった。僕はクディッチの観客でしかなかったし、持ち帰ってできる仕事は限られているからだ。今は母上の見舞いという名目での休みなのだが、それ自体
は最初の数日で済んでしまっていた。数か月ぶりに一人息子が家にいることで母上もいくらか元気を取り戻している。それに、夏ばてに付きっきりになることなんてそうそうない。そうなる状態であるならば僕が帰省するんじゃなく、僕の職場――聖マンゴ魔法疾患障害病院に母上を迎えていることだろう。そんな好ましくない状況になっていなくて良かった。細かった食も少しずつ正常なものへと戻っているようだし、母上は僕とのデイナーを日々楽しんでいる。母のお楽しみまで僕は限られた仕事を自室でこなし、やることがないとぼやいた彼女の元をアフタヌーンティーの相手として尋ねるのだ。


「知らなかったな、君の趣味がパッチワークだったなんて」

挨拶もそこそこに、いつものように木陰のウッド・チェアに掛けた彼女の手元にある継ぎ接ぎの布を見つめる。

「幼い頃に母に教えてもらったの。昔は母の真似をしてたくさんの"作品"を作っていたわ。まあ、ほとんどが雑巾になってしまったけれどね」
「そういえばパットの枕カバーは君があげたらしいじゃないか」
「そうよ。わたしの6歳にして人生はじめての作品なの。なかなかの大味でしょ?あんなどぎつい柄を合わせたわたしのセンスは今じゃ出涸らしよ」
「本人は誇らしげに着ていたからいいだろ。…まあ、出合い頭に褒めざるを得ないくらいにはなかなか個性的だけど」

杖先を上下にゆっくりと上げ下げする。杖の動きに合わせて、端切れが繋がっていく。若草色の上品な布地とカナリアイエローが一枚の布になる。器用なものだ。年配の魔女が病室でパッチワークをしているのを何度か見かけたことがある。まるでそれを見ているような気になった。僕がしげしげと彼女の趣味を眺めていると、カチャカチャ音を立てながら、パットがお茶を運んできた。ティーポットの中で蒸らした紅茶を気にかけながらも、大きなビー玉はそわそわと彼女の手元を見ていた。

「……この様子だと、僕の手土産は別の機会にすべきかな」
「あらダメよ。これはもうすぐ出来上がるの。貴方のお土産が無いなら今晩の楽しみが消えちゃうわ」

くいくいっと、人差し指を曲げてパットを近くに呼んだ。先ほどの布地をパットの上半身に宛がう。

「ベストかい?」
「いいえ。ベストは衣類でしょ、あげたらパットは解雇よ」
「パットは!パットは!ずっとお嬢様にお付きになるのです!解雇、解雇なんて、」
「そうよ。だからこれは、…そうね、ちょーっと短い枕カバーって感じ」
「そんなサイズの枕があるって?赤ん坊だってそんな小さい枕に頭を預けられやしないね」
「ゴブリンの枕がもしかするとこれっくらいかもしれないじゃないの」

冷ややかな視線がコストスだけではなく、パットからも送られてくる。そりゃあそうだろう、お前の自慢のお嬢様からの贈り物なら何だって嬉しいはずだ。

「短いのは、今の枕カバーの上に重ね着すればどぎつい柄が半分くらい隠れるし、オシャレになると思ったのよ。夏とはいえ雨でも降れば冷えるし、まだ夜だって肌寒いわ」

ね、いい案でしょうパトリシア?目を細めながら笑うコストスに、パットはそれはもう喜んだ。客人をほったらかして、二人はくすくすキイキイ笑う。まるで僕だけのけ者みたいだ。そんな子供じみた事を思ってしまったことに内心驚く。

「どうかした?」
「え、いや…」
「なんだか、驚いたような顔をしていたけど」
「何でもないんだ」
「ほんとうに?」

眉をひそめる彼女の視線から逃れようと、僕は自身の鞄に右手を突っ込み、目当てのものを引き出す。僕はテーブルの上に分厚い本を数冊取り出した。拡張呪文を施してある小振りな鞄にさらに手を突っ込み、目当てのものを引き出そうとする。

「今日は随分多いのね?」
「続き物だからな。それに、明日から三日ほど仕事に戻ることになったんだ」

彼女とアフタヌーンティーを共にするようになってから、マルフォイ邸の書庫に眠る本を彼女に貸すようになった。コストスの別邸にも書庫が無いわけじゃないが、先々代から”縮めて”いたそこには、いかにも古い本ばかり所蔵されていたため彼女のお気に召さなかったからだ。

「そう…仕事なら仕方ないわね」
「僕もあまり気乗りはしないけどね。聖マンゴ近くの孤児院と共同でキッズ・パーティーを開くんだ。悪ガキを相手にしなくちゃならないのが憂鬱さ」
「あら、悪ガキだなんて貴方がそれを言っちゃうの?貴方も立派な悪ガキの一人だったと思うのだけど」
「そりゃあ入学したての頃はそうだったろう。それでも監督生にも主席にもなったわけで、ただの悪ガキからはちゃんと卒業してるよ」
「どうだかね」

笑いを噛み殺すようにしながら、彼女はカップに口をつけた。確かに僕は悪ガキと言われるような行動を学生の頃はしていたと自分でもそう思う。ただ、学年が上がるにつれ少なくなっていたし、最後の2年ほどはそんなことをしていられなくなった。守られるだけの存在から、誰かを傷つけなければならない存在に変化を遂げ、家族を血の繋がりを守るのに必死だった数年前のことを思い出すと、心臓の奥がひやりと冷めて行くような気持ちになった。

「それで?このお話はどういうものなの?」
「吸血鬼とマグルの恋の物語さ」
「マグルと?珍しいのね、これまで貸してくれた本は大抵が純血思想の強いお話たちだったのに」
「父上が"禁書"扱いしていた本棚で見つけたんだ。きっとマグルが出てくるから僕の目の届く範囲外に置いておきたかったんだろう」
「お相手がマグルだとしても、貴方は吸血鬼じゃないのにね」
「父上はマグルに関しては目敏いからな…。家にある蔵書の半分はマグルに関する記述を黒いインクで塗り潰してある」
「残りの半分は?」
「マグルのマの字も出てこない、純血の魔法使いの話や文献さ」
「マルフォイの家は徹底しているのね」
「君の家はそうでもないだろう」
「ええ。一般に純血を守る家庭程度の教育はもちろんされて育ってきたけれど、貴方のようにマグル生まれと純血を完璧に分離して考えることは少ないわね。マグル生まれを除外した生活はもはや難しいでしょう?」
「…」
「貴方の家より緩い教育ではあったと思うけれど、わたしの両親だって純血思想だわ。彼らは老いていくだけだから思うのはどうぞご勝手に、って感じね。ただ、残されたわたしたちや弟たち…もっといえば子孫のことを考えると純血思想が良いものか悪いものか、判断しかねるわ」
「良いか悪いかで判断することがそもそもの間違いだ」

これは先祖代々受け継がれてきた形式のひとつで、誰も疑うことなく、当然のこととして受け入れてきた。魔法族を率いていくのは純血の魔法使いであるべきだという思想を曲げることなく続いてきたのである。ところどころ、マグルと交わっては裏切っていく者たちももちろんいないわけではない。ただ、それらは"率いていく"素質が無かったのだと、父上は幼い頃僕にそう言った。

「これは義務なんだ」

純血の血を絶やさずに守り続けていくことは義務なのだ。それを疑ってしまっては、幾年もの間、血を守り続けた先祖や父上の人生が信念が無駄になってしまう。わかりきったことだ。そう思うのに、どこか靄がかかったように薄暗い気持ちがまとわりついてくるような気がして、テーブルの下で彼女に見えないように手を拭う。

「貴方は嘘をつくのが苦手だったわね、ごめんなさい」

目を伏せて、彼女は呟いた。その言葉に含まれている意味を僕は確定できない。嘘を吐くような人間じゃないという意味か、僕の言葉が外面だけの嘘だと汲み取ったのか。謝られたことが更に答えを紛らわしくしていた。何かを後ろめたく思ったんだろう彼女の謝罪は、僕に向けて、というよりも何か別なものへ向けての言葉に聞こえた。

「明日から戻るのでしょう?だったら、今日の内にめいっぱい楽しまなくてはね。わたしの暇つぶしの相手がいなくなるんだから」
「そうだな…本の感想を語ってくれるのは有難いけど、君が語るだけじゃなくて僕の意見もぜひとも聞いて欲しいね」
「いつも聞いてるわよ」
「へえ、あれで聞いてるって言うのか君は。ということは、普段の僕は相当寡黙な男らしい。全く悪ガキの成長は著しいね!」
「ふふ、冗談よ。もちろん、悪ガキで監督生で主席だったミスターマルフォイのお話は面白くて貴重だもの、明日から聞けない分みっちり聞き出して差し上げるわ」
「……お手柔らかに頼むよ」

野ねずみを追いかけていたロティーを膝に抱き上げ、パットが持ってきてくれたお茶の御代わりを有難くいただくことにした。そして、この前に貸した本の感想をひたすら話す彼女を眺める。僕が降参したのがそんなに面白かったのか、彼女はいつにも増してにこやかだったし、声色が普段よりも華やいでいた。再会した日と比べると顔色も健康的になっているようだ。安心した僕は、ひとまず彼女の話に適当に相槌を打つのに勤しむのだった。
_4/15
しおりを挟む
PREV LIST NEXT
: NOVEL : TOP :
- ナノ -