ドラコ
微妙な距離と余計な気遣い
「最近どこかへよく出かけているようだな、ドラコ」
「ええ、ちょっと息抜きに」

普段よりも早く帰った僕を待ち構えていたのは父上だった。しもべ妖精が用意したハーブティーにブランデーを垂らして、その香りを楽しんでいる。あの、そりの合わないグリフィンドールの三人組がわざわざ今日を選んでリアを尋ねて来たことに感謝すべきかもしれない。なんてありえないことを僕は考えていた。奴らが訪れなければいつものようにお茶をして夕方に帰宅していただろう。まあ、実際は感謝などしてやるつもりなどない。そもそも、僕は奴らと自ら関わることは望んでいないんだ。闇の帝王の一件から、僕らは肩身の狭い思いをしてきた。それはあたりまえの処遇であると僕自身は考えている。むしろ、よく許されたものだとさえ思う。僕らが許されたのは、帝王をどっぷり信頼していたわけ
ではなく、家族が守れればそれでいいという小さな世界を守る道を選んだからだ。それでも闇の陣営に加担していたことがチャラになるわけじゃない。それを償うべくして、父はあの件から数年経った今も罪や悪名を拭うために仕事をしている。なりふり構ってなどいられなかったのだ。そうでもしなければ先祖代々極めていた栄華も消え失せてしまう。ただ、それらはあの直後にほぼ無くなっていたのだが、ひとつだけ消えることなく、むしろ今でさえも羨まれるものが僕らの中には存在した。

「下手なことはしてくれるな」
「…もちろん、子供ではありませんからね」
「相手も選べ、以前のようではこの先が思いやられる」
「ええ、ですから、しかと見極めるつもりですよ、父上」
「……それで?その娘は純血なんだろうな?」

そう、"血"だ。周りが羨むほどの、"純血"。僕らが未だ一度も失っていないもの。失ってはいけないもの。父は仕事の傍ら、イギリス中を駆け回り、かつて懇ろにしていた家々を尋ねマルフォイとの繋がりを途絶えないように働きかけている。そんな父が久しぶりにマルフォイ邸へと帰って来た。やはり、どんな薬も息子でさえも愛する夫の存在には叶わないのだと母上の喜ぶお姿を見て思った。

「その娘が、"どれ"を指しているのかわかりかねますが、僕の思い違いでなければ純血ですね」
「ふふ、確かにそうだわ、ドラコ」
「どれ、とはどういうことだ?」
「少なくともその純血の子は友人ですし、残りも、まあ娘といえば娘と言えますしね」
「二人ともおしゃれさんですものね。目を引くような花柄と、真っ白い靴下の可愛らしい子たち」
「最近は花柄の上に若草色とカナリヤイエローが増えましたよ。靴下の方は…そうだな、リボンをちゃんと結び直してやりました」
「……一度に三人も引っ掛けているのか?」

くすくす笑う妻と、噴き出すのを堪えている息子に怪訝な顔で向き直った父は、呆れたように溜息をついた。一度に三人なんて、そんな器用なことを貴方の息子ができるわけがない。二人でさえ両立できず、妻から素敵な紅葉を両の頬にプレゼントされていたかつての父上の姿を思い返し、声を上げて笑いそうになる。いけない、あまりにからかいすぎると、父上の機嫌が損なわれてしまう。そうなればしもべ妖精たちへ被害がとぶし、何より僕にとっても厄介なのだ。答えたくないことも根掘り葉掘り聞かれることになるだろう。

「すみません、父上。正確に言いますと、一人と二匹です」
「ドラコの同級生と、可愛らしい枕カバーを纏ったしもべ妖精と可愛らしい靴下を履いた猫ちゃんね」
「そういうわけです」

またお前たちはくだらないことを…。父の目からはそういう言葉がありありと見て取れた。くだらないと言っても、貴方や僕の不在時に母上を癒してくれたのはその猫で、僕にまるで自分の主人かのように接してくれるのはそのしもべ妖精だ。つまり、くだらないわけでもない。

「それで、その娘は……もちろん、人間の方だぞ。その娘はどこの家だ?」
「コストスです。確か、年の離れた兄と弟がいたかと」
「パーキンソンと親しい家だな。同級だったのなら我が家のパーティにでも呼んでいれば良かっただろう」
「始めの方はあまり関わりがなかったので。4年生くらいで会話をする間柄になった程度ですし」

僕の答えに父上は口を噤んだ。なぜなら、マルフォイ家の羽振りが良かったのはその辺りまでなのだ。僕が5年の時に父上がアズカバンへ収監されたのである。そんな時に家でパーティなど行えるはずもなければその気にさえなれないだろう。

「その子は今、ドーセットにいるそうですよ」

わざとらしく微笑みながら、母上が話題を動かそうとした。ブランデー入りのハーブティーを一口啜った父上は、そうか、とだけ呟く。

「ときどき素敵なお菓子を焼いてドラコに持たせてくれますの」
「ほう…その娘が?」
「ええ。暇を持て余しているので、菓子作りを楽しんでいるようです」
「あちらが暇をしてらっしゃるなら、ぜひお茶でもしてみたいものだわ」
「えっ」
「お茶とは言わずにディナーにでも招待したらどうだ」
「まあ、素敵ですわね。その時はルシウスももちろん帰って来てくださるのでしょうね?」
「あー……、検討しよう」
「待ってください、彼女に聞いてみなければ…それに、」
「見極めるのにいい機会であろう。それとも何か?すでに、マルフォイ家にふさわしくない娘だとわかっているのか?」
「そんなことは、」
「なら誘えばいい。それくらいしてみせろ、成人してから何年経ったと思っているのだお前は。そろそろ家督を継ぐ準備くらい始める素振りを見せてみたらどうだ、我が息子よ」
「……」
「今週末、空けてくようにコストスの娘に伝えなさい」
「…」

僕が黙ったことで返事を肯定とみなしたらしい父上は、母上をつれて二階へと上がっていった。二人の姿が見えなくなったのを良いことに、僕は深い溜息をついてソファの背もたれにだらしなくもたれかかった。本当は父上に言いたいことが昔から山ほどある。…ひとつも言えていないわけだが。

「若さま!紅茶のおかわりはいかがですか」
「……いただくよ」
「かしこまりました!」

かちゃかちゃと食器のこすれる音を鳴らして、テーブルの上を片付けているしもべ妖精たちを眺めた。

「お客様がいらっしゃるのでございます?」
「ああ、彼女がオーケーしてくれたらな」
「若さまがお誘いになられる!」
「まあ…そうだけど」

急にはりきり出したしもべ妖精たちは、独特な声でやはりキイキイ鳴いた。ただ、我が家の妖精はどれも男で、パットと比べるとどこか低い声に聞こえる。それでも僕にとっては非常に甲高く聴こえるのだが。

「きっと、きっと素敵なお嬢様でしょうね!」
「…まあね」

紅茶のおかわりだけを残して、妖精たちはパチン!と姿を消した。厨房に戻ったに違いない。そして、厨房に残る他の妖精たちに今のことを伝えるんだろう。

確かに、確かに素敵な女性だとは思う。けれど、色々とすっ飛ばしすぎなのではないかと内心引っかかっているのだ。だって彼女のことを知っているのはあまりに少ない。向こうも同じはず。さて、今週末なんてあっという間にやってくる。リアをどう誘おうか。多くもない経験を頭の隅から引っ張り出して、僕はひとりうなだれるのであった。
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