ドラコ
縮めたおうちにおかえりなさい
西よりとはよく言ったものだ。僕の記憶の中にあるドーセットとウィルトシャーの間にはこじんまりとした石碑が建っている。それから少しばかり西よりの所を思い浮かべて姿現しをした。僕が姿を現した先には確かに屋敷がひとつあった。それも、目と鼻の先にだ。

「こんなところに屋敷があったとはな。ここを通り越した先ではよくクィディッチの練習をしていたものだが」
「先々代以降から、"縮めて"いたのであります。」
「へえ、」
「さあ、ミスター・マルフォイこちらへ」

建物をそのまま残しておくための維持は難しい。住んでいるなら話は別だが、誰も住んでいない家屋を維持していくには屋敷しもべ妖精を常駐させるなど色々と面倒だ。マグル避けをするのも手間がかかるものだから"縮めて"保管しておく者もいないとはいえない。あまり、目にしたことはなかったが。

門を通ると、僕の腕の中で大人しくしていたロティーがもぞもぞと身じろぎを始めた。地面に降ろしてあげると、庭の方へ駆けて行く。ロティーに着いていくと、木陰でウッド・チェアに女性が座っていた。女性は猫に気付くと、きょろきょろと視線を動かした。

「パトリシア?」
「はいお嬢様!ロティーめをお連れしました!」
「ありがとうパット。お茶を用意してくれる?お客様をおもてなししなくてはね」
「かしこまりました」

そして、彼女は立ち上がり手にしていた本をウッド・チェアの上に置いて、ロティーを抱き上げる。そして、ロティーのピンク色の鼻先に軽く口付けた。

「いけない子ねシャーロット。何度彼にお世話になれば気が済むのかしら」
「……僕はもう、監督生ではないからね。これが最後だぞ、ってさっきロティーにも言い聞かせたんだ」
「ふふ、お久しぶりね、ミスター・マルフォイ」
「ほんとにね、ミス・コストス」
「最後に会ったのはいつかしら、卒業後に……そうね、"すべてが落ち着いた後"に一度会ったわ」
「そう、パーキンソンのホームパーティでね」
「あれはホームパーティというより、スリザリンの同窓会というのがふさわしかったわね」
「確かに」

彼女に促されて屋敷の中へ歩いていく。何事もないかのように話し始める彼女に一瞬戸惑ってしまった。数年前にパーキンソンの屋敷で行われたホームパーティの時の彼女はもっとふっくらしていて、いや、ふっくらというのは妥当ではないか。年相応の、というのが正しいかもしれない。出るところは出て、締まるところは締まっていた。それが今はどうだ。スレンダーと言えば聞こえはいいが、以前の彼女と比べるとどうしても頬はこけて見えるし、サマーニットの袖から出ている手首は棒切れのようだった。きっと、彼女に久しぶりに会う人々は驚きを隠せないだろう。うまく会話できた自分を褒めてやりたいくらいだ。

「貴方のご実家がウィルトシャーにあるなんて知らなかったわ」
「僕もコストスがここに別邸を持ってるなんて初めて知ったさ。縮めてあったとはいえ、この先の森の奥で幼い頃はクィディッチの練習をしていたんだ」
「まあ、森があるの?わたし、二週間ほど前にここへ来たばかりなの。ロティーみたく探検はしていないからどこに何があるかまださっぱり!」
「だろうね、この辺りには牧場はないんだ。ただ……牛たちの散歩コースがちょうど風上に来るんだろうな。だから、夕方にはとっても不思議な匂いがするんだ。それもかなり刺激的なね」
「そうだったのね。だから風のない日は気分よく過ごせたのだわ。別な土地に来てしまったのかしらって驚いてしまったくらいだもの」

屋敷のリビングに行くと、パットがティーセットを用意して待っていた。パットが嬉しそうに僕へ席をあてがう。テーブルに用意された茶菓子はマルフォイ邸から持ってきたものと、彼女が焼いたであろうマフィン。

「そういえば、マフィンをどうも。母上が喜んでらしたよ。母上はあまり料理をなさらないから、人の手造りは嬉しいそうだ」
「こんなものでよければいくらでも用意するわ。今はとにかくやることがないんですもの」
「アー、その、少し聞いてもいいかな」
「どうぞ?」
「パットが…君はここで静養をしていると言っていたんだが、どこか悪いのか」
「どこも悪くないわ」
「は、」
「病気ではないの。ただ…少し色んな事に疲れてしまって。これまで休むタイミングを逃していたみたい。だから、いっそのことゆっくり休もうと思って、この曾祖母様の邸宅を解放させてもらったってところ」

心配させてしまったかしら、と彼女はあっけらかんと笑った。パットが淹れてくれた紅茶に角砂糖をひとつ落としてから、ティースプーンでくるくるとかき混ぜている。ロティーが椅子に座る彼女の膝に飛び乗った。

「確かに、少し痩せてしまったから昔を知る人は驚くでしょうね。貴方は全く気付いてないようでしたけど」
「気付かないわけがない。そういったことは直に言うべき話ではないだろう」
「そうね。さすがマルフォイ、と言ったところかしら」
「…どれくらいここにいるんだ?」
「さあ。何も決めてないわ。仕事はとりあえず1年ほど休むことになっているけれど、ずっとここにいるのか、はたまた別の、どこかもっと田舎へ移るのか…今は本当に何も考えてないの」
「1年も?魔法省は暇なんだな」
「わたしの勤め先が暇なだけよ。あそこで忙しいのはハーマイオニーくらいのものだわ」
「なんだって?」
「ハーマイオニーよ。ハーマイオニー・グレンジャー。」
「あのグレンジャーが?冗談はよしてくれ、確か君、魔法生物規制管理部だろう」
「そうよ。そのなかでも特に退屈極まりない部署の屋敷しもべ妖精転勤室の受付案内ね」
「てっきり魔法法執行部にでも行ってマグル生まれの必要性でも説いてるかと思ったよ」
「説いてることは説いてるけれど、しもべ妖精の話ね。彼らの労働条件の改善を目指しているそうよ」
「はっ、彼らは現状でも満足しているだろうに」
「そうね。長く務めている妖精たちはそうなのだけど、転々としているしもべ妖精のごく一部は彼女の改善法案に興味があるみたい。まあ、まだ立案まで至っていないから夢物語ではあるけれど、数年後にはどうなっているかしら」

ね?と同意を求めるようにパットへ視線が送られたが、当のパットはまるで自分には関係のない話だとでもいうように肩をすくめた。「パットめは、死ぬまでコストス家の僕なのでございます」一言そう述べてから、深々とお辞儀をして姿をくらました。

「ほら、満足してるだろ。グレンジャーの考えることはやっぱり無意味だね」

僕の言葉に、彼女はおかしそうにくすくす笑うだけだった。スリザリンの薄暗い談話室で僕や友人たちの会話にけらけら可笑しそうに笑っていた彼女は、今よりふくよかで、やはり幼い。ホグワーツでの楽しかったあの頃が遠のいていく。今のリア・コストスを見ていると、どうしてもそう思えて仕方がないのだった。
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