ドラコ
青年たちの極秘作戦会議
日が傾きかけたこの時間でも、ダイアゴン横丁には魔法使いや魔女たちが多く行き交っている。前髪を上げるようになってからどのくらい経っただろうか。今やこの額の傷を見ても前ほど驚かれなくなった。寂しい気持ちはもちろんあるけれど、腫れもの扱いされなくなって清々しい。それでもちらりちらりと集まる稲妻形の傷への視線は放っておいて、僕は目当ての店を見つけて少しだけ溜息を吐いた。ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ。通称W.W.W.のロゴのついた紙袋を提げた子供たちがその店から出てくる。それに付いてくるように一人の赤毛の男が出てきた。

「よお、ボウズ。帰るなら、そのポケットに入れた騙し杖を返してからだな」
「僕なんのことかさっぱり」
「しらばっくれるってなら手はあるぞ少年」
「な、なにを…」

赤毛で長身のその男は少年を見下ろしてニヤニヤ笑い、うっすら伸びた顎鬚を右手で撫でている。それからまるで今気づいたと言わんばかりに両手を挙げて驚いた素振りをしてみせた。

「お〜っと、こりゃあ驚いた!後ろを見てみろ少年。そこにいるのは、なんと!あの有名なハリー・ポッターだぞ!」
「ハリーって、」
「そう!数年前例のあの人をブッ倒したっていう怖〜い魔法使いさ。そして何より、お前みたいな悪いヤツをとっ捕まえる闇払い様だ!」

盗んだってバレたらアズカバン行きだな、と追い打ちをかけるように耳打ちされた少年は、隠すように必死にポケットをおさえていた手を離し、慌ててごそごそと漁り始めた。それから、僕の顔を伺いながら一本のおもちゃの杖を差し出してきた。未会計らしいタグが付いたままのそれを差し出されても僕としては困る。返すべきなのは僕じゃないだろ。

「ちゃんとお店の人に返して謝れば捕まえたりなんかしないさ」

ため息交じりにそう声をかけると、僕に差し出したおもちゃをお店の人つまりは赤毛の男へ押し付けるようにして返し、涙を浮かべて謝った。ボロボロ泣いて謝り続ける少年の頭がぐっしゃぐしゃにかき回される。

「反省したらまた来いよ。次はちゃんと小遣い持ってな。1クヌートでもマケねえから気をつけろよ」
「うん……!」

何度も頷いた少年は走り去っていく。本日何度目かわからない溜息をつくと、「幸せ逃げんぞ義弟よ」と笑われた。誰のせいでついてると思ってんだ。

「本人がいるとやっぱ違うもんだな」
「ちょっとジョージ、こういうのは魔法警察部隊の役割で闇払いの仕事じゃないんだけど」
「固いこと言いなさんな。あれぐらいの歳のガキにゃ、ハリーって名前だけでいいのさ。なぜなら例のあの人がおっ死んだ年の前後に生まれたか、そん時に腹ン中にいたんだからな。母ちゃんから耳がタコになるくらいお前の武勇伝を聞かされてんだ。ハリーのお陰でお前はこうして生きていられるのよ〜って」
「その割には噂が独り歩きして怖がられてるけどね。ほら、さっきだってかなり泣いてた」
「世紀の大悪党を倒すくらいの魔法使いだぜ?そんな奴に捕まったら自分なんて木っ端微塵にされちまう。子供の脳ミソはそうやって考えるくらいやわらけーんだ」
「そうやってフレッドに変なことを吹き込むのはやめておくれよ?変に怖がられたりしたらジニーに顔向けできないよ」
「平気さ。オレの息子は賢い!2歳にして悪戯グッズを使いこなすんだぜ!」

次にアンジェリーナに合った時の話題が易々と想像できる。大事な息子の道が逸れてしまわないように説得してくれとでも言われそうだ。僕に言われたって父親がこれじゃあどうしようもないんだけど。僕を先に店内に入れたジョージは、店の扉に鍵をかけカーテンを閉め始めた。

「客はもういないの?」
「さっきのが最後だよ。だから、盗人を見つけやすかったってのもあるな」
「酷いのかい?そういうの」
「ロニー坊やの癇癪よか何てことないさ。さっさと諦めろよってあいつに言ってくれハリー。ぐだぐだ悩んで使い物にならなくて邪魔なんだ」
「詳しいこと聞いてないんだよ。緊急招集だってロンから梟が飛んできたけど、それっきりだしね。今日だってジニーに適当に言い訳して来たんだから」

昨日の昼に仕事中、見慣れた梟が僕のところへやってきた。脚に括りつけられた短い手紙には『緊急招集だ!明日の夕方にでも店に来てくれ、ハリー!』とでかでかと書いてあった。ロンのその手の手紙にあんまりいい覚えがない。大抵はハーマイオニーのことだったりするんだけど、それとも違うようだった。スタッグナイトにはまだ日はあるし、一体なんだろう。ジョージの後をついて店の奥にある事務所へと進んでいく。すると、デスクにかじりついて羽ペンを忙しなく動かすロンが座っていた。

「やあ、ロン」
「ハリー!」
「おいロニー、郵送の確認終わってねーじゃんか」

ジョージの小言をすり抜けて、ロンが立ち上がってハグしてきた。がっちり抱き着いてくるロンを引き離して、近くにある適当な椅子に座る。ロンもさっきまで座っていた椅子に座った。

「聞いてくれよ僕の親友!」
「何があったんだよ?聞いても事態は複雑だって言い張ってちっとも教えてくれなかったじゃないか」
「複雑も何も単純な話だぞハリー」
「ジョージは黙ってろよ!何ならお前を連れてくぞ!」
「何でだよ。オレはマルフォイと仲良くした覚えはないぞ。頑張ってカウントしてもクィディッチで叩きのめしあった程度だ!」
「……マルフォイだって?」

何だってそんな奴の話が今さら出てくるんだとロンを問い詰めると、苦虫を噛んだようにもごもごと口を動かした。それから、折り入って頼みがある、と歯切れが悪そうに呟くもんだから、さっさと言ってくれと頼むと息を目いっぱい吸い込んで一息に叫んだ。

「僕とハーマイオニーと一緒にマルフォイの結婚パーティに出てほしいんだ!」

何のジョークだ。とジョージを見ると、オレは知らないねとでも言うように肩を竦めている。そして、店の商品の補充をしに箱を持って店内へ消えてしまった。

「もう一度言ってくれる?誰が誰の結婚パーティに出ろって?」
「ハリー・ポッターがドラコ・マルフォイの結婚パーティ!!」
「なにヤケになってるんだよ。まさか変な闇の魔術に手を出したんじゃないだろうね。じゃなかったらそんな意味不明な言葉なんて出ないよ。もうすぐハーマイオニーと結婚するってのにこんなタイミングで何やってるんだ」
「本当だよタイミングを間違えたんだ!僕、僕……焦ってたんだよ。結婚なんてもっと遅くても良かったんだ!」
「おい、ロン。それハーマイオニーに聞かれたら燃やされんぞ」
「だからこうしてわざわざ店にハリーを呼んだんじゃないか!」

事務所の入り口からひょっこり顔を出してジョージが恐ろしい話を聞いたかのように口を挟む。噛みつくように言い返したロンへ詳細を話すように促すと、ぼそぼそと声を出し始めた。

「リア・コストスって覚えてる?」
「ああ。ハーマイオニーの友達だろ。魔法省で時々会うよ」
「えっ、それって会った時に挨拶する?」
「するけど」
「だったら平気さ、一緒に行こう!」
「だから詳細を話してくれよ。それとマルフォイの結婚パーティなんて行く気はない!」

わざとらしく肩を落としたロンが教えてくれたのは、ハーマイオニーが新婦の友人の一人としてパーティに招待されたこと、しかもそれがロンと連名で招待状が来たこと、そして何よりもスリザリン出身者だらけのパーティに出席するなんて肩身が狭すぎるからどうせなら親友の僕も道連れにしようということだった。

「僕は全然関係ないじゃないか!」
「だって考えてもみろよハリー!マルフォイだけでも嫌なのにそれの父親も母親もいるだろ、そしてスリザリンの奴らが勢ぞろい!さらにはマルフォイの親父の仕事関係者だってぞろぞろ来るだろうよ。顔を合わせたくない奴らばっかりだ。そんな所に僕らだけで行けないだろ!」
「だったら断ればいいさ」
「それが、ハーマイオニーは断りたくないって言うんだ」
「なんで!」
「先にリア・コストスから『スリザリン出身の人がたくさんくるから嫌な思いしてまで来なくていいのよ』って気を使わせてしまったからだとよ」
「意味がわかんないよそれ!」
「普通そこはその厚意を受け取るべきだろ!なのにアイツったら『子供の頃の好き嫌いを大人になってまで引き摺ってられないわ』とか言い出すんだ!」

来月に予定しているロンとハーマイオニーの結婚パーティにはリア・コストスを招待しているらしい。それはハーマイオニーたっての願いだったと。思えば同性の同い年で仲良くしてるのって学生時代からあまり見かけなかった気はする。

「そりゃあさ、ハーマイオニーの唯一と言ってもいいくらいの友人だから何でもしてやりたいとは思うけど、それとこれとは話は別だよ!」
「コストスは嫌がらなかったの?言ってみれば今回のロンの件の逆パターンだろ。スリザリンだった彼女がグリフィンドールだらけの結婚パーティによく参加しようと思えるね」
「自分は表立って対立してないから別に平気なんだと。腹ン中じゃなんて思ってるかわかんないけどな」
「じゃあ、まさかとは思うけどマルフォイも招待した?」
「するわけない!……とは言っても建前上コストスを通して声を掛けたんだ一応。まだ結婚してないとはいえ奴はコストスの婚約者だし」
「返事は?」
「仕事を言い訳に断られたよ。学会の会合があるだとかなんだとかでね」
「……君も仕事を言い訳にすれば?」
「冗談よせよ。悪戯グッズ売るのに忙しくて行けませんなんて言ってみろ、癒者のマルフォイと比べられてスリザリンの奴らの笑いのタネにされるのがオチだ!」
「目の前でヒソヒソされるのと遠くで笑われるのどっちがマシか考えてみたらいいよ」
「後者だろうけどさ……さすがにハーマイオニーを一人で行かせられないだろ」
「そりゃあもちろん」

それからまた、結婚を遅らせるべきだったとか、マルフォイ達よりも遅く結婚するならまだ婚約者だからって理由で行かなくて良かったのに!と頭を抱え始めた。いや、だから、それじゃハーマイオニーひとりを敵地に送ることになるだろうに。相当思いつめているらしいロンは最早何を言っているのか分からなかった。ジョージが邪魔者扱いしたくなる気持ちが少しわかる。

「頑張って参加したとしてもナメクジ喰らわせそうだ」
「やめとけよ、コストスの腕もハーマイオニー並みらしいんだから」
「どこの情報だよそれ」
「ハーマイオニーに聞いた」
「僕は聞いてないぞ!」
「魔法省で彼女がいじめられないよう噂を流すつもりだって話だったんだよ。結局そんな噂必要なかったけどね」

去年だったか、病気か何かで休養を取っていた彼女がマルフォイ家の跡取りの婚約者になったという噂が魔法省で出回っていた。良くも悪くも料理された噂は色んな形で広まっていく。金にものをいわせたとか、すでに子供がいるだとか。そういう内容ももちろんあったけれど、とりあえず総じて行きつく先はマルフォイ家に関することなら触れないでおこう、という所だった。あの家と関わりを持っている魔法使いは下手に機嫌を損なうと面倒なことになるとわかっていたし、あの家を嫌っていた魔法使いたちは関わりを持とうとすらしなかった。というわけで、ハーマイオニーの心配しているような事態になることはなかった。

箱を持ったジョージがまだ終わらないのかと目で訴えながら事務所に戻ってくる。

「お前さあ、しょうがないから行ってやろうぐらい思わねーの?このままぐだついて結婚前ですでに離婚問題まで行きそうだぞ」
「そういうジョージはアンジェリーナがマルフォイ家のパーティに行きたいってねだったら行くのかよ」
「まずそんな状況になる可能性は万が一にもないね」
「アンジェリーナはハーマイオニーと違って友達多そうだけど、スリザリンの奴はいないと思うよ」
「あくまで例えだってわかるだろ!!」

どこにも僕の味方はいないのか、と肩を落としたロンはデスクに崩れるようにもたれ掛かった。慰めてやりたいけどどうしようもない。僕だってマルフォイ家と関わるのなんてまっぴらごめんだ。

「諦めなよ。マルフォイだって喜んで君らを招待するわけじゃないだろうさ」
「そこが謎なんだよなあ。奴が僕らを煽る目的で話をふっかけたりすることはあっても、実際に招待してくるってのがおかしいんだ」
「そんなのお前と同じだろ」
「はあ?マルフォイと同じってなんだよ」
「妻の願いは叶えてやりたいってことさ」
「まあ、それはそうなんだけど……」

結局、僕はロンの頼みにオーケーせず、解決策の出ないままこの話は終了することにした。だって、いつまで議論したところで招待されたことやハーマイオニーとコストスが親友だってことも何にも変わらないのだ。それに早いところ帰らなければジニーから小言の一つや二つもらいかねない。そう考えたらやっぱり溜息がでてきて、今日はため息ばかりだな、と思った。向こうもこうやって僕らみたいに、解決できない話題でやいやい相談し合ってるのかもしれない。マルフォイは彼女に頭が上がらないのだろうか、どうなのかな。招待されてないことをいいことに、偶然出会う事さえなければ会うことのないだろう奴の今を想像してみると何だか笑えてきた。W.W.W.の暖炉を借りずにダイアゴン横丁を歩いて帰ろう。それから、何かお土産でも買って、帰る事にしよう。別に、ご機嫌伺いではないんだけどさ。
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