ドラコ
似た者同士の昼下がり
コネというものは親同士の口約束や自分の策略のために誰かを利用することなど様々なケースをひっくるめた言葉だと思う。だから、周りから見たらコネにしか見えないようなケースでも実は偶然の結果だったりすることもある。今回の件はまさにその結果なのだけれど、周りはそう認めてはくれないらしい。休憩室のそこかしらでひそひそと囁かれるありもしない噂や中傷は放っておいて日刊預言者新聞をめくる。

「あら、コーヒーでいいの?」
「…」
「…ねえ、それわざと?話しかけてるのに無視するなんて失礼だと思わない?もう寮杯を争う必要なんてないのよ。」
「……わたしに話しかけているの?」
「何が悲しくて空席へ声を掛けなくちゃいけないのかしら。」

ふわふわと広がった栗毛を適当に括っているその人は、透明マントを着てる人が目の前にいるんじゃないのよ、と大げさに溜息をつきながらわたしの目の前の席へと座った。噂には聞いたことあるけれどわたしは透明マントなんて代物を実際に目にしたことなんかない。貴女はあのポッターと一緒にいて何度も目にしたことがあるんでしょうけどね。そんな言葉はコーヒーと共に無理やり飲み込んでやった。

「わたしの名前を覚えてないのなら改めて覚えて頂戴な。折角の同期なんだし。」
「覚えてないなんて言ってないわ。」
「じゃあ、言ってみなさいよ。」
「ハーマイオニー・グレンジャーでしょう。学生の頃から知ってるし、寧ろ貴女の方がわたしのこと知らなかったんじゃないの?」
「知ってたわよ、だってレポート評価の順位はいつだって上位の方じゃないの。それに、いつもマルフォイやパンジー・パーキンソンの事を呆れたように見ていたのを覚えてる。」
「だってしょうもないことで喧嘩ふっかけるのが好きなんですものあの人たち。それで余計な怪我や罰則を食らうなんて世話ないわ。」
「他のスリザリン生たちは隙あらばマルフォイたちに加勢しようとするのに、貴女は全くそういう素振り見せないから珍しかったし。」
「いちいち引っかかってやり返そうとする貴女たちも良かったとは言えないわね。貴女なんて入らなくてもいいところへ仲裁しにいって痛い目に何度も合ってたじゃない。」
「んー、まあ悪いことばかりでもなかったの。……歯とか。」
「歯?」
「覚えてないなら突っ込まなくていいわ。」

わざとらしく咳払いをしたグレンジャーは、膝の上に置いていた鞄から分厚い封筒を取り出した。魔法省の印が押されているその封筒から紐で括られた羊皮紙の束を取り出してわたしの方へ差し出してくる。

「……何のつもりかしら?わたし、あくまで屋敷しもべ妖精転勤室の受付なんだけど。」
「これ、読んでみてほしいの。是非とも感想を聞きたいわ。」

受け取るつもりはなかったというのに、わたしが広げていた新聞の上に滑り込ませるように束を押し付けられては嫌々受け取る他なく、仕方ないから受け取った。案の定、束の表紙に書いてあったのは"屋敷しもべ妖精解放運動要項"という文字。「最初は巻いておいたんだけど、分厚くなってしまったからカットして束ねてみたの。読みやすいと思うわ。」彼女がどこをどう見て読みやすいととったのか疑問だった。


「これって、グリフィンドールで何かやってた延長なの?」
「え?」
「ほら、反吐とかなんとか。」
「反吐じゃないわ!S.P.E.W!屋敷しもべ妖精福祉振興協会の略称よ!」
「それよ、それ。確か不思議なバッヂを作って配ってたわね。見たことがあるわ。」
「知ってるなら話が早いわ。貴女もぜひ入ってくれない?転勤室の人が入会してくれたらとっても助かるの。同じ魔法生物規制管理部だとしてもしもべ妖精の声を直にきく機会が多いのってやっぱり転勤室だから。」
「わたしは受付だって言ったでしょうに。就職先を探すしもべ妖精に受付番号を渡して、名前を呼ぶ。そういう退屈極まりない仕事なの。」

退屈なところで働いているわたしと違って、目の前の彼女は魔法省に入って日も浅いと言うのに魔法生物規制管理部の中でもなかなかの地位にいる。元々頭が良いってこともあるみたいで魔法生物やしもべ妖精の現状把握をするために飛び回っていたり、長ったらしい書類をまとめていたり。そんな彼女は管理部の中で十分に異質な存在として見られている。それも、わたしが親のコネで魔法省の楽なところへ就職したという噂を信じている人からの視線と同じくらいにね。グレンジャーは、感想が待ちきれないといった様子でそわそわとわたしの手元と顔を見比べてくる。やっぱり読むしかないのね。思わずため息が出てしまう。

「……休憩時間、あと少しだから最後までは読めないわよ。」
「そうね、それなら第三項から読んでもらおうかしら。」

言われたとおりに第三項を開いて読み進める。そこには屋敷しもべ妖精の実態を彼女なりに調べ上げた結果と、これからの魔法界において屋敷しもべ妖精がどのように生きていくべきかの訴えがつらつらと書き連ねられていた。概ね、現在の魔法界での屋敷しもべ妖精の実情に反しているわけじゃない。だけども、わたしにはどうしても納得しきれないような話だった。

「……」
「受付嬢の貴女から見てどう思う?」
「ねえ、この『屋敷しもべ妖精は虐げられている!』っていう一文なんとかならないのかしら。」
「事実でしょう?規格外の労働を押し付けられて、まるでぼろ雑巾のように扱われているしもべ妖精は大勢いるわ。」
「それ以外の子たちもちゃんといます!全てのしもべ妖精が虐げられているわけじゃないわ!」
「わたしが見てきた大部分のしもべ妖精は、汚い枕カバーを身に付けて虐げられている子たちよ。ホグワーツにだっていたんだから!」
「ホグワーツにいる子たちは虐げられてなんかいなかった。少なくともダンブルドアやスネイプ先生が校長をしていた間はね。それに、規格外だなんて言うけれど、そもそも魔法使いとしもべ妖精を同列に扱うのは社会的に無理があるでしょう。」
「その無理なところを無くそうっていう運動よこれは!」
「平等を目指すのではなく、別個の存在として良く共存していくことを目指すべきだわ。」
「共存していくことはもちろんだけど、彼らは自由になるべきなのよ!」
「彼らはそんなのこと望んでいないわ!」

自由になることを望んでいたらわざわざ転勤室へ来て再就職口を探したりなんてしないのに。仮にもし彼らが自由になったとしても、人間と同列に扱うのはやはり無理がある。彼らは独特の感性を持っているんだもの。こっちの話が通じない時はとことん通じないし、どうしてそうなったんだろう、と疑問に思うような行動をとることだってままある。そんな彼らに、自由になることをこんこんと説明したところで咽び泣かれて終わるだけ。解放するには衣類を手渡すしかない。

「自由とか制度とか、そんなところをいじったところで肝心のしもべ妖精たちは従わないわ。彼らは、従うことに慣れているしそれが本望で本能なんだから。それなら、従えている側の意識改革の方が先でしょう。」
「さすがね、それよそれ。」
「はい?」

さっきまで不機嫌そうに訴えていた顔はどこへやら。ぱあっと表情を明るくさせたグレンジャーは、さっきまで読んでいたページを次々めくっていく。そうして、のこり数枚になったところで折り目をつけた。

「ここ!ここから先を読んで!」
「……"彼らの自由を実現させるためには我々魔法使いが彼らに歩み寄ることが必須となるだろう"……。」
「そういうこと。わたしも確かにそう思ったわ。」
「それで?具体案はないようだけど。」
「それは考え中よ。きっと、今あなたに伝えても否定されるだろうし、それに対抗できる後ろ盾も何もないわ。ただ、こんなことを公文書で提出すること自体これまでの魔法界において珍しいことなんだから少しばかりでも何か反響を得られるはずよ。」
「…白い目で見られて終わるかもしれないけれどね。」
「そんなの今の状況で十分味わっているわ。それに、目立つ友人がいたおかげでそういうことへの耐性はそれなりについているの。」
「気付いてたの?」
「気付かないほど鈍感じゃないわ。貴女だって目立ってるじゃない。」
「悪目立ちだけどね。」
「わたしとたいして変わらないでしょ。」
「そうかしら。まだ貴女の方がいくらかマシよ。貴女のはどっちかというと仕事が出来る女性への妬み嫉みって感じ。」
「まあ、家柄なんてわたしにはないしね。それでも、コネで入るんだったらもっと良い所に入るはずなのにどうしてみんな気付かないのかしら。」
「……噂、信じてないの?」
「最初はスリザリン出身ってこともあって、信じたけど…今はそうじゃないわ。」
「どうして?」
「この前、この解放運動のレポートを作る時に魔法省の資料庫で貴女が書いた入省課題の論文を読んだの。しもべ妖精についてたくさん書いてあったし、何よりも読みやすくて中身もちゃんとあったわ。だから、もしかすると自分でここを選んだのかもしれないってね。違う?」

グレンジャーの言葉に思わず瞬きを繰り返す。あんな論文、人事しか読んでいないものだと思っていた。違わないけど、と返事をする声がかすれた。あれ、なんだろうこの感じ。

「やっぱりね。だから、しもべ妖精のこと好きなんだと思って、学生時代の貴女のことを思い返してみたの。そうしたら、あんまり悪いことをされた覚えもしているところも見たことがなかったから。」
「好き、っていうわけじゃあないけど……。」
「少なくとも悪く思っていないでしょ?」
「だって、うちにいるしもべ妖精はほとんど家族のようなものだし。」
「家族!そうね、それくらいしもべ妖精と魔法使いが親密な間柄になれたらきっと、彼らの処遇もより良くなっていくわ!」

ねえ、もしよかったら貴女の家のしもべ妖精のこともう少し詳しく教えてくれない?興奮した状態でそう言い寄られては断ることなんて不可能だった。ぎこちなく頷いてみたら、嬉しそうに微笑まれた。

「でも、貴女の言う解放運動を全面的に支持することはできないわ。」
「いいのよ、一端だけでも十分。だって、S.P.E.W.を発足した時なんてハリーやロンにも反対されてたくらいだもの。今も多分、そこまで賛成されてないわ。」
「…へえ。」
「だから、別に賛同者が欲しいから声を掛けただけじゃないの。」
「ちがうの?そうなんだと思ったのに。」
「それもなかったわけじゃないけど、ただ、単純にに貴女とは仲良くなれたらなと思っただけ。似た状況の者同士仲良くしましょ?」

わたしの手から羊皮紙の束を取って、封筒に入れながらグレンジャーが何かに気付いたようにとまった。

「あ、そうだわ。」
「どうしたの?」
「わたしのことはファーストネームで呼んで。きっと、スリザリンに居たのならマグル生まれのグレンジャーで落ち着いてるんでしょうけど。」
「何もスリザリンの人間がすべて純血主義ってわけじゃないのよ。」
「あら、貴女はちがうの?それならますます興味深いわ。」
「マグル生まれを自虐的に言う貴女もなかなか面白いわね。」
「そりゃあもう散々といじられてきましたから。主に貴女のご学友たちにね。」

安心して、そういう人たちだってもう割り切っているから。それは、あくまでわたしがスリザリン生の一人で友人たちがそういったことに敏感な人たちであるということへのフォローだったのか。彼女は何てこともなさそうに、そう言ってのけた。

「わたしたちが、そんなナンセンスな思想に縛られてちゃ生きていけなくなるような社会を作っていくのよ。」

その一歩がしもべ妖精の解放なのだろうか。関係ないわけじゃないだろうけど、そこまで関係なさそうに思えてしまう。それはやっぱりどこかでそんなこと不可能だって思っている自分がいるからなのかもしれない。

「ねえ、どうして…貴女、はそんなにしもべ妖精を気に掛けるの?」
「ハーマイオニーよ。」
「知ってるわ。」
「ふふ、いま躊躇したでしょ。」
「してないわ。それで?どうなの、……ハーマイオニー。」
「勇敢でちょっぴりドジの自由なしもべ妖精がいたのよ。」
「……絵本か何か?」
「ノンフィクションよ。」

今度ちゃんと話してあげるわ。そんな酸っぱいコーヒーじゃなくって美味しい紅茶と一緒にね。そう言い残して、忙しそうにバタバタと駆けて行った。一人残されたわたしは、カップの中のコーヒーがやけにまずそうに思えてきて、残りに口をつけずに休憩室を出て行こうとしたところ、別な課の魔法使いに声を掛けられた。

「ねえ、ちょっと話があるんだけど。」
「なんでしょう。」
「さっきの…ミス・グレンジャーと君の話が少しだけど聞こえてね。その、君が親のおかげでここにいるわけじゃないって話なんだけど……。」

語尾がごにょごにょと小さくなっていく。急にどうしたというんだろう。ふと、その魔法使い越しに見えたのは聞き耳を立てている数人の魔法使いと魔女たちだった。

「……そうだったら何か問題でも?」
「いや!これまで勘違いしていたものだから、そうじゃないんならよかったと思って!今度ぜひ僕と…いや、僕のグル―プの子たちと、あっ女性ももちろんいるよ。それで一緒にお茶でも―」
「申し訳ありませんが。」
「え、」
「忙しいので。」

本当は相談窓口の受付をしているだけで忙しくもなんともない。朝早くもなければ残業もなく定時で上がれる。まだ何か言いたげな男に、忙しいと強調してから逃げるように歩く。なんだ。わたし、あんな人たちがこそこそ噂話してるのを気にしてたのか。あんなの気にするまでもなかったじゃない。自分で考えもしないで、耳にしたことを鵜呑みにして都合よく振る舞うなんて馬鹿げてる。それでも男はまだついてくる。


「ハーマイオニーくらい頭がよくなくちゃ、友人にもなりたくないわ。」

振り向いて、すこし大きな声を出してみる。わたしの声が届いたのか更にざわざわとし始めた。やっぱりスリザリン出身ね、とかなんとか聞こえてくる。だったら何か問題でもあるのかしら。これがグリフィンドール出身だったらどうなの。思い上がってるとかでもいうわけ。
そんなことよりも、ハーマイオニーを早くも相手を蹴散らす道具にしてしまった。彼女には申し訳ないことをしたとは思う。ちゃんと話したのはこの短時間だけだけど、きっとこれからの付き合いが長くなりそう。勝手にそう思い込んでいるけれど、仲良くなりたいと言ってくれたのだしありえなくはないんだろうな。

後でふくろう便でも送っておこうか。午後からの仕事を想像するだけで溜息がこぼれた。きっと今日もひとりも来やしない。そんな退屈極まりない所を選んだのは自分自身だけど、まあ、つまらない。あの子と仲良くなれるのは、今後のわたしの行動次第かもしれない。それじゃあ一先ず、自由なしもべ妖精の話を聞きにお茶でも誘ってみようか。

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