ドラコ
乙女心で取引成立
廊下を歩けば嫌でも周りのピリピリとした空気に触れなくてはいけなくて、試験期間でもないこの時期にこんな空気で過ごさなくてはいけないのが気が重かった。パンジーはマルフォイの元へ駆けて行ったし、ダフネは妹へ用があるみたいで女子寮へ早々に戻っていった。手持無沙汰なわたしは、この前出された変身術のレポートをやろうと羊皮紙とインク壺を持って談話室へ向かった。暖炉の前のソファを陣取ると、紐でまとめていた資料たちをテーブルにばさばさと広げた。すると、いくつかクッションを挟んだ先にとある人物がどっかりと腰かけた。

「ご機嫌は…聞くまでもないみたいだな。すこぶる悪いってところかい?」
「べつに、悪くはないけど」
「よくもないだろ?君の顔、スッゲーことになってるぞ。眉間の皺が増してて、マンドラゴラみたいな顔してる。やっぱりみんなマンドラゴラよりも人間に興味があるらしくてね。君に声を掛けたいのに掛けれなくてもたついてる輩がいるみたいだぞ」

積んである資料の一番上の羊皮紙をめくって、ニヤニヤ笑うセオドール・ノットはこちらに意味ありげな視線を投げて寄越した。

「相手が欲しいなら、マンドラゴラだって何だって声を掛ければいいのよ」
「へえ、君 誘われたらすぐオーケーするの?」
「まさか!」
「ふーん。でも、いくら待ったってドラコは君を誘ったりしないよ」
「……知ってるわよ」
「その割には、うまいこと誰にも誘われないように逃げてるじゃないか」

傷口に塩を塗り込むことが好きなのか、この男はよくわたしの弱点をついてくる。にやついている その口をどうやって黙らせてあげようか。延々と泡を吹かせ続けてやろうかしら。羽ペンをインク壺にもどして、杖へと手を伸ばした。細身でよくしなる わたしの相棒。それに触れた時、ノットははじかれたように両手を挙げて降参のポーズで慌てだした。

「おいおい正気か?ここに広げてあるのは君のレポートだろ。いっつも燃やしたり水浸しにしてる僕のレポートなんかじゃないぞ」
「知ってます!だから、貴方を直接黙らせようとしてるの」
「そんな。僕のレポートを何だと思ってるんだよ」
「資料やテーマを提供してあげているのは誰だと?確かに貴方のレポートではあるけれど、そんなのわたしの力が無ければ存在しないじゃないの」
「資料の提供は僕が君にドラコの話をすることで きちんとした等価交換になってるだろ。」
「それで済んでいればね!面白がって茶化すから、余計なことが一言も二言も多いのよ」

マルフォイのことを自然と目で追ってしまうあたり、わたしも相当わかりやすいものだと思うけれど、彼のそばに駆けて行くパンジーを見守ってると言えば大抵の人の疑問から逃げることができた。ただ一人、このノットにはそんな苦し紛れの言い訳は通用しなかった。表立って協力するわけではないけれど、それなりにマルフォイのことでお世話にはなっている。…あまり、喜んでもいられないけれどね。

「悪かったね。」
「……」
「ひとまず杖を下ろそう。話はそれからだ。」
「話?茶化そうとしておいて話だなんて大層だことね」
「そうカッカするなって。悪い話じゃない。場合によっては君にも良いことだぞ」

選択肢は三つだ。そう言ったノットは、わたしの目の前に指を三本立てた。

「なにが?」
「ひとつは、僕と今度の舞踏会に行くこと。」
「冗談やめてくれる?」
「最後まで聞けよ、せっかちめ。」
「…オーケー、聞きましょう。」
「ふたつ、その眉間の皺を今すぐ無理やりほぐせ。そうしたら、ダームストラングのスカした野郎どもがへんちくりんな訛りで君を口説きに行列を作るさ」
「……」
「言っとくけど、君を馬鹿にしてるわけじゃないぞ」
「…つづけて」
「その殺意のこもった目で言われても今すぐやめろって言われてるようにしか聞こえない」
「本当に攻撃されたくないのなら、三つ目をはやく言ってすぐに土下座でもしてもらおうじゃないの」
「みっつ、クラッブかゴイルと行け!」
「……」

一本ずつ減らされていった指は、再び降参のポーズとともにひらひら暖炉の前で揺れた。自分の眉間にさっきよりも深い深い皺が寄っていくことがわかる。

「悪い話じゃないですって?どのあたりが悪い話じゃないのか是非とも教えてほしいわ」
「わかってるよ。まあ、少なくともその様子じゃふたつ目はナシだな。」

皺を寄せていることがよくないのはわかるけど、いま眉間をゆるめてしまったらまるでダームストラング生に媚びを売っているみたいで癪だからやめておく。ふたつ目がナシかどうかじゃなくて、実質一択しか答えはないじゃないの。ノットとも嫌だけれどクラッブとゴイルとなんてご免だわ。きっと、パーティに出てくるチキンにかぶりつくことに夢中でダンスなんかやりっこない。

「君はドラコに誘われないからといって適当に男を引っ掛けて行くほど尻軽じゃないことは知ってる。だが、それでお相手がいないからってパーティの当日 寮になんて籠ってみろよ。確実にドラコの気は引けるかもしれないが、それは単純に心配ってだけだろう。コストスからしてみたら掛けてもらうのが同情だなんて悔しくないかい?」
「……そりゃあ、悔しいに決まってるわ。どうせなら綺麗なドレスでも着て、お世辞でもいいから綺麗だねって言われたいもの。」

女の子だったら誰だってそう思うだろう。まだ両手を挙げたままのノットは、うんうんと頷いている。軽口はひょいひょい叩くけれど、例えばわたしがマルフォイの好きなところだとか、パンジーやダフネには絶対聞かせられないようなそういう話をする時は、いつも馬鹿にしないで聞いてくれる。何だかんだ悪い人ではないことはわかってる。少なくとも、わたしを放ってチキンまみれになって帰ってくることはない。

「だったら部屋に籠ってうじうじしているよりも、僕と一緒にパーティに行って一回でもいいからドラコと踊って来いよ。その間僕がパーキンソンと踊っておくからさ」
「あなたはいいの?この前まで、レイブンクローの子を誘うって息巻いてなかった?」
「先約がいたんだと。まあ、相手は上級生らしいから今後どうなるかはわからないけどね。今回ばかりは遠くからドレス姿でも眺めておくよ。だから僕もパーティに行きたいってわけ。」
「ふうん…お互いに利害は一致してるわけね。」
「そういうこと」

まあ、ノットとなら友人同士で適当に見繕ったと周りも思ってくれるだろうし悪くないのかもしれない。「それじゃあ、一応楽しみにしてるよ」と、形ばかりの挨拶をしてノットはそそくさと帰って行った。それに適当に返事をしながら、頭はドレスのことでいっぱいだった。やっぱりどうせ着るのなら可愛いものが着たいし、髪飾りだって凝ったものにしたって怒られないはず。マルフォイにちょっとでも見てもらえたら、一度でも踊れたら…そう考えてにやつく口元をローブで隠す。結局、グレンジャーがビクトール・クラムのパートナーだったことに憤慨したマルフォイが心はここに在らずといった状況のまま一度踊って、そのあと適当にパーティにまぎれることになるとはこの時のわたしは思いもよらなかった。「やっぱり眉間の皺を伸ばしてダームストラングに色仕掛けすべきだったんだよ」そんなことを言って来たノットの口には大量の泡のクリスマスプレゼントを贈ってあげた。やっぱり一言も二言も多いのってだめね!



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