ドラコ
萌黄のフリルに手紙を添えて
夏真っ盛りの暑さはいつのまにか遠のいて、半袖でなくとも過ごせるようになった。それでも日の照っている時間は少しばかり暑い。昼間からリアを連れ出すのは失敗だったかもしれないな。そんな考えをよそに、いつものように訪れたドーセットのコストス邸からはバタバタと慌ただしい物音が聞こえてきた。

「ああ、お嬢様!パットめが悪いのでございます、パットめは罰されなくてはなりません!」
「あなたが悪いんじゃないのよパット」
「けれども!パットめが仕事をおろそかにしたせいで!パットはいけない子!」
「もう、わかったから頭を打ち付けるのはやめて。それで一緒に探して頂戴な」

いつぞやの三人組がいるわけでもなく、リアとパットの声が聞こえていたことから勝手ではあるがお邪魔させていただくことにした。声のするリビングへ向かうと、リアとパットが二人でドタバタと駆けまわっている。彼女らは僕がやって来たことに気付いていないらしい。隙あれば壁に額を打ち付けようとするパットを壁から引っぺがしつつ、山積みにされた洋服を一枚一枚広げていくリアの様子をリビングの壁に寄りかかって眺める。僕が来たのに気付いたロティーが、傍にあったチェストへ登って来た。擦り寄ってくるロティーの頭を撫でながら、「お前のご主人様はどうやら忙しいらしいな」と言ってみると、二人は勢いよく振り向いた。

「い、いつからいたの…?」
「おはよう。ついさっきだよ。君たちがそれぞれ忙しそうだったから勝手にお邪魔させてもらったんだ」

僕に見られたのが恥ずかしかったのか、もごもごと口ごもりながら顔を逸らされた。その反応が面白くて笑っていると、キッと睨まれる。それでも、恥ずかしがりながら睨まれてもただただ面白いことに変わりはなかった。

「何をお探しかな」
「ローブよ。この前は実家の中に姿現しをしたからワンピースのまま出かけたけれど、今回は流石にはしたないでしょう?持ってきたはずなのだけど、なかなか見つからなくって」
「なるほど。それでリビングがこんなに賑やかになっているわけだ」
「パットめが、パットめがちゃんと管理できていなかったのがいけないのです!」
「だから、そうして打ち付けるのはやめてってば」

二人の元へ近づき、頭を振りかぶるパットの後ろ襟を掴んで壁から引き離す。パットの額は元の肌の色も相まって赤黒く腫れ上がっていた。そのまま、服の積まれているソファに投げる。服の上でバウンドしながらパットはキイキイ泣き喚いていた。

「黒地のストールはあるか。どのみちブティックへ行くんだ、少しの間くらいそれでも構わないだろ」
「貴方がそれでいいのならいいけど、隣りを歩くのがみっともない恰好の女だなんて周りから何て言われるか」
「構うもんか。君が意地でも探し出すって言うんなら話は変わるが」
「……」

彼女は納得いっていないような表情のまま服の山の前に座っている。過度な露出をしているわけではないのにどうしてそこまで気にするのか。確かに、魔法族は正装としてローブを着用するし、外出もよくローブを着ている。しかし、着ないで出かけることもあるのだから細かいことは気にしなければいいのだ。それでもまだ軽く口を尖らせているリアに手を差し伸べた。

「髪、降ろしてるのもいいけど、まとめてるのも似合ってるな」

僕の手をとった彼女の頬に赤みが差したのを見て、なぜか自分まで恥ずかしくなってしまう。落ち着こうと視線を外すと、ソファの服にまみれながら目を爛々と輝かせるパットと目が合ってしまった。ロティーまでパットのとなりでこちらを見つめている。お前たち仲が悪いんじゃなかったのか。こんな時ばっかり仲良くするなんて憎たらしい奴らめ。パットの近くに置かれていたつばの広い帽子を手に取り、リアの頭にかぶせる。少し思い切りが良すぎたらしい、折角かぶせたのに、口を尖らせながらかぶり直されてしまった。



*


ダイアゴン横丁の大通りからひとつ奥の通りにマルフォイ家で贔屓にしている仕立て屋がある。そこへ訪れると、小さな眼鏡をかけている老いた店主は僕の顔を見た後に、隣りに立つリアの姿を見つけて嬉しそうに声を弾ませた。いくつか洋服を仕立てたい、という僕の言葉を聞き終える前にカウンターの奥に置いてある分厚い本を持ち出してくる。本を受け取り傍に置いてあるソファへと二人で腰かけて、その分厚い見本をぱらぱらと捲った。

「ディナーには何色を着ていけば良いかしら。お誘いいただいたのだからあまり明るすぎてもいけないとは思うけれど」
「深く考えなくて平気さ。二人はきっと暗い色を着るだろうし、僕らは明るめでもいいかもしれないな」
「そう?客なのにでしゃばりだと思われないかしら」
「そんな格式ばったものじゃないよ。いたって私的な食事なんだから構えることはないんだ」
「そうね。それなら、気楽に選べそう」

最近気付いたのだが、リアは時々、気にしすぎなほど心配をする時がある。それらは大抵いつも"家"だとか"外聞"に関することで、自分のことと言うよりは自分の周りのことを心配している。今朝のローブの件でもそうだ。隣りを歩く僕のことを心配していた。そこまで気にしなくともいいのに。昨日の晩、お茶の御礼の手紙をふくろう便でセオドールが送って来た。今度はバカンスにでも行かないか、と誘いの言葉の後にはある話が付け足されていた。リアは少し前から家族とうまくいってなかったらしい。なるほどな、と僕は納得した。どうりで急に実家に呼び出されて帰って来た後は具合が芳しくなかったわけだ。それに心配しすぎな点も何となく納得できる。"家"というものに自分が与える影響に怯えて
いるのかもしれない。

「ドラコ?」
「ああ、悪い。すこし考え事をね。」

不思議そうに首を傾げたままのリアと共に仕立て屋を後にした。今日こしらえた服たちは明日にでもドーセットへ届くだろう。パットとロティーにお披露目するのが楽しみだわ、と顔をほころばせる彼女を見て、僕の口角も自然と上がっていく。そこでふと、自分がやたらとだらしのない顔をしている気がした。それを散らすように軽く咳払いをして、たまには外でお茶でもいいかとリアに尋ねる。すると彼女はおかしそうに背を丸めて笑った。

「ふ、あはは!さっきから、ころころと表情が変わるから、面白くって…!」
「そんなに笑うこともないだろう!」
「ふふ、だって表情豊かで、面白いんだもの」

往来で立ち止まって、こんなやりとりをしていたらそれはそれは目立つだろう。まだあか抜けていない幼い男女の子どもが、両手に教科書の入った大鍋を抱えながらこちらをじっと見ていた。どこかに行くように視線を送っても、そこまで察しがよくない。仕方ない、僕らが動けばいいだけの話だ。リアの手を取って歩きだすと、驚いて躓きそうになるも何とかついてきていた。

「もうすぐ新学期が始まるのね。あの子たちはどこの寮になるのかしら」
「さあね。スリザリン以外はおすすめしないな」
「あら、入ってみたら他の寮でも案外過ごしやすいのかもしれないわよ」
「じゃあ君はグリフィンドールにでも入り直すか?」
「うーん…そこはわたしに合わないかも」
「全くもってその通りだね」

大通りに比べて格段に人が少ないこの通りはゆったりと歩くにはちょうどいい。どこか静かに休める喫茶店でも無いかと、頭上に並んでぶら下がっている看板たちをざっと見た。

「…あ、」
「どうした?」
「いえ、その…あのお店が気になってしまって」
「あの赤ん坊の店かい?」
「そう。ちょっと、人に…プレゼントしたいものが、あって」

もごもごと後味が悪そうに呟いたリアに首を傾げていると、ここで待っていて!と言い残して店に入っていった。確かに、ベビー用品店に二人で入ってしまってはいらぬ誤解を生むかもしれない。ガラス張りのドアから見える、彼女の顔はとてもこわばっていて、とてもじゃないが人へのプレゼントを選ぼうとしている顔つきではなかった。何だって、ふわふわした色合いの店の中でそんな顔をしているんだ君は。そうして中を眺めている僕を通りかかった人々が不思議そうに見てくる。どうせ店の前に立ってるだけでもじろじろ見られるんだったら、いっそのこと中へ入ってやろう。やたらと高い音のするドアチャイムがシャラシャラと鳴ったことで、ちいさな靴下を睨みつけていたリアが振り向いた。

「待っていていいって言ったのに」
「店の前で待ってるのだって、中にいるのだって変わらないよ。だって、ここはベビー用品店で、どう考えても僕には不釣合いなところなんだからさ」
「まあ、たしかにね」

軽く噴き出した彼女の顔は、さっきの固い表情が和らいだようだった。そして、淡い水色をした小さな靴下を持ち上げて見つめた。

「……この前、わたしの兄の子どもが生まれたの」
「へえ、おめでたいな。男の子か?」
「そうよ。夏の終わりに生まれる予定だったのに、この前生まれちゃったの」
「せっかちなんだな随分と。元気なのかい」
「元気そうよ。わたしは寝ているところしか見ていないけれど、パンジーが抱っこしてきたんですって」
「叔母よりも先に抱っこしたのかあいつは…」
「いいの。わたしは抱っこする勇気ないもの」

リアは苦笑いをしつつ店員を呼んで、その靴下といくつかの小振りな箱を指さして注文した。実家の方へ送り届けることにしたらしく、羽ペンでさらさらと本邸の住所を書いていた。その住所はこのダイアゴン横丁からそう遠くはなかった。何なら届けにこれから向かってもいいくらいだ。僕がそう思ったことに気付いたのか困ったように微笑んでから、店員にくれぐれもよろしくお願いしますね、と念をうっていた。

「どうして自分で行かないのって思ってるでしょ」
「いや、まあ…互いの都合もあるだろうし別にそこまでは」

ベビー用品店を出てから、近くの喫茶店に入った。たまには普段口にしない味を飲んでみようと、その店オリジナルのブレンドティーを頼んでみる。悪くはないが、やっぱり慣れた味が一番なのは間違いなかった。

「貴方はやっぱり嘘がつけないのね。顔に正直に出てるわ」
「……気を付けてはいるんだけどな」
「ふふ。素直なことは悪いことじゃないもの」
「時によりけり、だな」
「まあね。きっと、これから本邸に顔を出したいって言えば貴方はついてきてくれるんでしょうけど」
「もちろん、ついていくさ」
「……今は無理だわ。合わせる顔が無い」

そう言ってから目を伏せて押し黙った。彼女は前もこうして何かに耐えるような表情をしていた気がする。それはいつだったか。再会してからすぐだっただろうか。

「ちいさな頃って、好きな人や物がそばにあればそれだけで生きていけたのに、いつのまにはそれだけじゃダメになるのよね」
「たしかに、僕も幼い頃は父上と母上さえいれば世界は回ると思っていたよ。今にしてみればかなり狭い小さな世界だ」
「そう、その小さな世界。わたしも祖父母と両親や兄弟がいれば何もいらない、わたしはずっとこの世界で生きていくんだと思ってた」
「……夢みたいな話だ」
「ふふ、そうね。確かに夢みたい。でも、夢って気付かなかった。幸せだったから」
「…」
「それなのに、その小さな世界から拒絶されちゃって、やっとそれが夢だって気付いたの。女の子って損だわ。ずうっと、生まれた家に…世界にいられないんだもの。早く嫁に行け、家の名に泥を塗るのかだなんて祖父や父に言われて、喧嘩して、あんなに大好きだった世界が全部敵に見えてしまった。嫌われたわけじゃないのに、もうお前はいらないよって言われたみたいだったの」

そんな時に兄の結婚で義姉がやってきて、わたしが望んでた世界にすんなり入るものだから、尚のこと憎たらしくなっちゃって。困ったように眉尻を下げて、ミルクティーの入ったティーカップをくるくると回した。店員がおかわりのティーポットを持ってきて、冷え切ったポットを回収していく。それでも、リアは冷えたミルクティーをただただかき混ぜるだけだった。

「はやく嫁に行けっていうのは君の父上たちの建前なんじゃないのか」
「たぶんね。ドーセットでゆったり過ごすようになってから考えてみると、どれもわたしの思い込みだったし、考えすぎているんだって気付いたわ。だけど、一度背を向けてしまったら前みたいに戻るのが難しくて」
「君の家族は君のことをとても大切に思ってると思うけどな。だって、ロティーが家に来た時に君の家へ送ったふくろう便の返事に"これからもリアをよろしく頼む"って書いてあったんだ」
「…兄さんが?」
「ああ。まあ、君に宛てた手紙だったから内容もいくらかフランクではあったし、君の兄上が読んだら本当に仲睦まじい友人だと思ったのかもしれないが、久しぶりだと確かに書いたんだ。数年ぶりに会うやつに"これからも"妹をよろしくって頼むか?それも、たくさんのお礼の言葉と一緒にだ。君がロティーを可愛がってることをよくわかってたんじゃないのかな」

かき混ぜていた手をとめて、リアは僕の言葉にとても驚いたように目を見開いた。

「わたし、兄さんとはしばらく口もきいていないし顔もあわせていないわ」
「ドーセットに来るまでは本邸にいたんだろ?」
「だって…ずっと部屋へ籠っていたし、仕事にいく直前に暖炉の近くへ姿現しすれば通勤には困らなかったもの」
「…よくそれで生活できたな」
「それもうまく行かなくなったからドーセットに行くことになったのよ」

リアがドーセットへ来ることがなければ、ロティーに会うことはもちろん、こうしてデートすることもなかったかもしれない。そう思うと悪いことのようにも思えないが、目に見えて不健康だった少し前のリアを思い出すと、その生活がどれだけ彼女にストレスを与え続けていたのか恐ろしくなった。

「パンジーとダフネにね、"ややこしく考える天才になった"って言われたわ」
「ポジティブじゃないか。悪くないと思うが」
「嬉しくもないけどね。それと、この前よりは昔に戻ったって言われたの」
「それに関しては僕も同感だ」
「ほんと?だったら、嬉しいわ」

はにかむように笑って、それから彼女は冷たくなったミルクティーを飲み込んだ。それが甘ったるかったらしく、最後のひとくちを口にした後にちょっとだけ眉をひそめた。

「そういえば、君って4年のダンスパーティの時に誰とペアを組んだんだい」
「ノットよ」
「へえ、やっぱりね」
「やっぱりって?」
「昨日、セオドールに会ってね。聞いたけどはぐらかされたから」
「だって、形だけだから始めに踊ったら別れたもの」
「じゃあ何でセオドールを?」
「クラッブ、ゴイル、セオドールときたら貴方なら誰を選ぶ?」
「……実質一択じゃないか」
「そういうこと。貴方は覚えていないかもしれないけど、わたしたちも踊ったのよ」
「あまり覚えてないんだ。パーキンソンと行ったことは覚えてるけど」
「でしょうね。だって貴方、ハーマイオニーのペアがあのクディッチ選手のクラムだったことが引っかかってたじゃない」

…思い出した。どうやって有名なヤツを引っ掛けたのかが気になってパーキンソンと二人して憤慨していた。我ながら子供くさいことをしていたな…、もっと有意義に過ごせば良かったかもしれない。まあ、あのホグワーツの生活で有意義に過ごせることなんてほとんど不可能だったろうけど。さっき運ばれてきたポットの中身が少なくなった頃、喫茶店を後にしてドーセットに戻ることにした。

「今日はありがとう。いい買い物ができたし、楽しかった」
「僕もさ。さあ、夜は冷えるから中に入って」
「待って」

ドーセットの別邸の玄関口で言葉を交わし、中へ入るよう促すと、リアはおもむろに手にしているクラッチバッグの中から一枚の手紙を差し出した。

「ダフネには断られたけれど、わたしが渡すって言ってきかなかったの」
「…これは、」

受け取った手紙の差出人には、あまり目にしたくない名前がひとつ記されていた。

「言っておくが」
「ええ」
「これは終わった事だ」
「知ってるわよ」
「……は?」

けろりと答えられてしまい、逆に僕の方が動揺してしまう。それを彼女はおかしそうにうっすら笑いながら、忘れたの?と言った。忘れた?一体何をだ。

「ダフネは友達だしもちろんだけれど、アステリアとも仲良くしていたもの。そういう話はよく流れてくるのよ。何がどうなったかも知ってるし、貴方が悪いわけでもあの子が悪かったわけじゃないことも知ってるわ」
「女性は恐ろしいな」
「したたかって言ってくれないかしら」
「これが君の手から僕へ渡されるってことは、その…あれだ」
「なあに」
「気にしていないってわけでもないってことで、違わないか」
「お好きにどうぞ?」

ほんのすこし余裕ぶって笑っている彼女の腕を軽く引いて、腕の中に収める。それだけで、顔がほんのり赤くなるリアの顔に更に顔を近づけた。数秒見つめあい、唇を合わせようとしたところで、足元をするり。にゃおん、と楽しげに鳴くロティーが足元でこちらを見上げていた。

「お前な…」
「ふふ、仕方ない子ね」

何となく今さらやり直すのも気恥ずかしくなってしまい、リアの前髪をかきあげて額にキスをした。チュッと短いリップ音が鳴り、くすぐったそうに額に手をあてがう様子がとても可愛らしく見えた。

「やっぱり詰めが甘いのね」
「今回ばかりは僕のせいじゃないだろ」
「みゃあ」
「……お前、本当は動物もどき(アニメーガス)なんじゃないのか」
「やつあたりしないの」
「……」

正体を疑われている本人は知ってか知らずか、座り込んで首の後ろをかいている。このまま玄関口で騒いでいたら、今度はパットまでやって来るかもしれない。その前においとましよう。今度は頬にキスをして、リアを家の中へ見送った。さあ、お前も入るんだよ。まだこちらを見上げているロティーを猫用の玄関に追いやってからウィルトシャーへ帰るのだった。
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