ドラコ
理想の未来を歩めていますか
「やあ、久しぶりだな」
「ようこそ。こっちで会うのは久しぶりか」
「そうだな。ハンプシャーへ行くよりもウィルトシャーへ来る方が慣れてて助かるよ」

気さくに現れたのは、ホグワーツ時代を共に過ごした友人のセオドール・ノットだった。無地でシンプルなサマー・シャツの色を見て思わず笑ってしまう。久しぶりの再会に握手をしてはいるものの、笑うのだけは我慢できなかった。

「笑うなって。どうせ笑われるだろうと思ってはいたが、本当に笑われると癪だ」
「君にしては奇抜な色だと思ってね。なんだ、愛する妻が選ぶ服は断り切れないって?」
「そういう話は庭小人の前じゃなくて、ぜひともソファに掛けてからさせてくれないか」

この前駆除したばかりだと言うのに、庭先でひょこひょこ動く生き物が視界に入って、一気に気が滅入る。後で奴らを殲滅させなければ。

「お土産に赤ワインを持ってきたよ。甘口だから食事にはあまり向かないが、君の御母上でも楽しめるだろう」
「いつもすまないな。母上は今でかけているから後でお伝えしておくよ」
「ああ。貴女の第二の息子からのプレゼントだってつけてな」
「実の息子にそれを言わせるのはどうかと思うぞ」
「なに、冗談さ」

今日は両親はどちらも出かけており、邸には僕一人だった。学生の頃から我が家によく遊びに来ていたセオド−ルと過ごしていたのは専ら僕の部屋で、大人になったとはいえ、どちらが言うでもなく自然に部屋の方へと足が動いていた。階段を登り、二階のフロアに辿り着くと、セオドールが突然立ち止まった。

「どうした」
「……悪い。思えば、外では何度か会ったがこの城へ足を踏み入れたのはあの人がまだ存在していた時だったなと」
「……」

この城で、闇の陣営は息をしていた。この城で息絶えた者もいた。あの時、この場所に、滅多に用意することのない真っ黒なテーブルとたくさんの椅子たちが置かれていた。シャンデリアだって、粉々に散らばっていた。ここでポッターたちを"逃がした"。

「それは全て過去のものだ」
「そうだったな、申し訳ない」
「謝る必要は無い。確かに過去にはなったが、事実なんだから」

それから僕らは部屋へたどり着くまでに一声も発しなかった。部屋に着くと、図ったように屋敷しもべ妖精がやって来て、いつものようにお茶の準備をして下がっていった。僕が部屋の中央にあるソファへ座ると、セオドールが向かいのソファに座った。

「それで?お前は惚気話をしにうちに来たのか?」
「どちらかと言うとドラコの惚気話でも聞きだそうと思ってね」
「…何の話だ」
「そんな露骨に顔をしかめるなって。相変わらず君は嘘と取り繕うのが下手くそだな。つっついてくれって言ってるようなもんだぞ。」

少し前にリアにも嘘をつくのが下手だと言われた気がする。そこまで露骨に顔に出しているつもりはないのだが、どうも僕の表情はわかりやすいらしい。それが少し気に入らない。そして、それすらも表に出ていたようで、セオドールは面白そうに笑っていた。

「この前、妻の実家から頼まれてとあるパーティに出かけたんだ。そこで誰に会ったと思う?」
「考えたくもないな」
「それは誰を想像してのことだい?」
「わかってるだろ」
「まあね。君が想像してるだろう人……グリーングラス氏がその会場に居たのはもちろんなんだが、僕は挨拶程度でこれといった話はしていないからな。アッチがどうこうってのは僕は知らないよ」
「じゃあ誰だ」
「君の最近の動向を知っている人、だね」
「……父上しかいないじゃないか」
「ご名答!」

何がご名答だ馬鹿。愉快そうにティーカップを手にした友人を睨みつけると、にやりと笑っている。

「それで、君の御父上にお会いして近況報告やら何やらを話し込んでいたわけだが。なかなかに興味深い話を耳にしたものでね。これは確証を得なければと思って訪ねたのさ」
「なんだ?駆っても駆っても消えない庭小人の話か?そんなものいくらでもしてやるよ」
「誤魔化すのもそこまでにしてほしいな。実際、君の御父上が仰っていたことはあやふやでね、情報量が少ないんだ。単刀直入に聞くよ、君は最近誰の所へ通っているんだい?」

まるで僕が通い妻になったかのような口ぶりに、溜息しか出てこない。父上は何をぺらぺらと外で話しているんだ。幼い頃だったらまだしも、成人した息子のそういうことを話す必要もないだろうに。

「待て。それは、僕が誰かへ好意を寄せているという話を父上がお前だけに話したのか?」
「うーん、正確に言うと僕だけにってわけじゃないな。僕を含めた数人に、ってところかな」
「その面子は」
「まあ、知りたいのは一人だけだろう?君の嫌な予感通りにグリーングラス氏もいたよ。むしろ、彼にわざと聞かせるために僕をダシに使ったんじゃないかと思ってる」
「……」
「そんな深刻な顔をするな。何だかんだいって解決はしたんだろう?」
「まあな。僕がアステリアを弄んだってことでグリーングラス氏の中では落ち着いてる。怒鳴りちらされてグリーングラス邸の出禁をくらった。まあ、行くつもりは毛頭ないからどうでもいいが」
「ダフネは何て?」
「謝られたよ。最初にきっちり止めておけばよかったってね」
「へえ。君も損な性格してるな。姉の方はまあ…ともかく、妹の方はお淑やかで、女の子らしくていかにも君好みって感じだったけど」
「僕好み?」
「違うのか?昔、話したじゃないか。僕らが将来迎えるであろう妻の理想像をさ」
「………あれか、ホグズミードでブレーズの彼女について話した時のことか」
「たぶんそれ。君は御母上のような人を理想にあげるのかと思いきや、お淑やかで大人しくて従順な子が良いって言うもんだから意外だったんだよ」
「…母上を馬鹿にしてるつもりは?」
「ない。お淑やかな方ではあると思うが、君の父上へは強い一面も持っているようだし、いい意味でしたたかだと思うね」
「……」

理想像。確かに持っていた。だけど、学生の頃に語らう理想なんて本当に漠然としたものでしかなかった。その中でも、女に口うるさいブレーズ・ザビニの理想がやたらと具体的で生々しかったことは忘れられない。そして、僕が口にした理想像を一蹴されたことも覚えている。あの頃の僕はそれが自分に合う理想の女性であると信じて疑わなかったし、それこそマルフォイ家にふさわしいと思っていた。ただ、実際にそのような女性であるアステリアとの縁談がきてみるとうまくはいかなかった。お淑やかであることは女性らしさが見える素晴らしいことだと思うし、何より外聞もいい。しかし、思い返してみれば僕の学生生活のなかで周りにはお淑やかな女の子なんて存在しなかった。僕らとよくつるんでいたパ
ーキンソンはお淑やかの「お」の字もないし、彼女の友人たち…ダフネ・グリーングラスも、リアも良く言えば元気で明るい女の子だった。グリフィンドールの奴らなんて彼女たちよりも口うるさくて、やかましい女ばっかりだった。だからこそ、憧れていたのかもしれない。

「君は、昔描いた理想の生活をしているか?」
「すべてがかけ離れているとまでは言わないが、ほとんど違うな」
「それじゃあ、理想はあくまで理想だったって?」
「そうだね。なんてったって、僕の理想はナイスバディなブロンド美女と結婚して、子だくさんで、それでいて静かに優雅に暮らすことだったんだ。けど、現実はどうだ?おしりは好みだけど、胸は無いしブロンドでもない。子供はこれから頑張るとして、夫婦二人だけの生活なのに毎日ドタバタ暮らしてる。理想とはかなり違うけど、悪くない」
「やっぱり理想はただの理想でしかないんだな」
「そんなもんだろう?君だって理想が本当に求めてたものじゃなかったとやっと知ることができたわけだ」
「確かに」
「で?ドーセットに毎日通ってると噂のマルフォイ家のご子息は、誰にアプローチをかけているんだい?」
「君の知ってる人だ」
「ドーセットに知り合いなんていたか?あそこらへんにはクィディッチをやれるような草っ原しか覚えはないんだが」
「縮めてたそうだ、先々代くらいからね」
「へーえ。そんな縮めておける家ってことはそれなりに良い家ってことか」
「まあ、そうだな」
「それで、純血だ」
「最低限の条件だな」
「だったらダフネの妹でも良かっただろ。それが駄目で、今回の彼女が良いのなら問題はそこじゃない」
「…」
「ということは、その人は口うるさくて気が強いのか」
「別に口うるさいわけじゃないし、そこまで気は強くないぞ」
「ということは、お淑やかな風でいて、大人しくもないってことか?それって君の御母上じゃないか。マザコンだったのか?」
「ちがう。来月のお前の結婚披露パーティー、滅茶苦茶にしてやろうか」
「やめてくれよ。マルフォイ家を敵に回したとなったら先祖にも顔向けできないよ」
「できなくしてやる」
「いい加減大人になれよ、ドラコ。理想が母親だなんてよくある話だろ。母親を娶るっていうキチガイ話じゃないんだからさ。まあ、僕の予想があながち間違いでもなくて嬉しいよ」

にやつきながら、ビスケットを口に運んだセオドールは、咀嚼しながら目で僕に先を促した。それをじっとりと睨み返してみるも、楽しそうに笑われるだけで殆ど意味はない。対等な友人関係ではあるが、先に妻を迎えた彼の方が僕よりもいくらか先を歩いている。何の闘いかと聞かれてもうまく答えられないが、セオドールは確かに僕より優位に立っているつもりだし、実際そうだ。いくらはぐらかしたとしても、答えを聞くまで尋ね続け、はてはドーセットまで直接行きかねない。厄介な友人を持ったものだと思いつつ、降参して名前を教えた。すると、再びビスケットへ伸ばしていた手をぴたりと止め、目をまるくして固まった。

「リアって、スリザリンの、」
「ああ。僕らの同級生のリア・コストスさ。まだ、デートを申し込んだくらいだけど」
「へえ、君から?」
「正直、僕も驚いてはいるけどね。学生時代は全くそんなことなかったのに今じゃ違って見えるんだから」
「……」
「なんだその顔」
「いや、コストスに投げかけてあげるべき言葉を考えてた。良かったな、と祝ってやるべきか、頑張れと励ますべきかをね」
「どういう意味だ?」
「本人に聞け。僕が余計な口を滑らしたらいつぞやのパーキンソンのようになってしまうよ」
「ああ、あいつらはよく喧嘩していたな」
「そんな可愛いもんじゃない。一気に火が付くから、僕らの悪戯よりもタチが悪かった」
「その点、要領は良いからあまり公にならない」
「そう!僕らとの、というか君と彼女らの違いはそこだ。大きくばれたのだってあの件くらいなもんだろ?それまで人のレポートを焦がしたり、水浸しにしていたくせにさ」
「僕はそういう被害にあったことはないけどな。あったとすればクラッブとゴイルの菓子まみれだ」
「そりゃあそうさ。あの二人は君の髪の毛一本でも焦がしたら相手に攻撃されちまうんだから」

ビスケットの粉を紙ナプキンの上ではたきながら、セオドールは「そうか」とか、「よかった」などとぶつくさ呟いていた。まるで親戚の叔父にでもなったかのような様子が少しうざったい。そして、本人に聞け、だなんて。こいつとリアはそんなに仲が良かっただろうか。同じ寮であるから、僕と同じくらい彼女と接する機会があったのは確かだが、少し引っかかった。……あ、もしや。

「セオドール、おまえ、4年のダンスパーティの相手は誰だった?」
「今さら気にするか?」
「……思い出せないだけだ」
「そりゃそうだろう、君はパーキンソンと行ったんだから。」
「……」
「どうしても気になるんなら、本人に聞け。僕から話したら、燃やされるのが羊皮紙どころじゃなくて洒落にならないよ」
「なんだか僕だけが何も知らないでいて、取り残された気分だ」
「何ををいじけてるんだか。だから本人に聞けばいい。何もやましいことなんてないんだから。彼女のことは彼女から教えてもらうのが当たり前だろ。僕は君の場合と違って、友人と妻は繋がっていないし、又聞きで彼女の情報を手に入れることなんてできなかったんだぞ」

「それに好意を寄せたのが最近だったとしても、昔を知ってるってだけでも僕からみれば羨ましいよ」

セオドールが、羨ましげな表情をして溜息をついた。僕は、リアのことをあまり知らないと思っていたけれど、実はそうではなかったのかもしれない。セオドールのように寮も学年も違う、昔はすれ違いすらしていなかったかもしれない女性と一緒になった。本来なら、相手の好きなものや嫌いなものを知るところから始まるんだ。僕らは互いの好きなものはある程度知っているし、家のことはもちろん、普段の生活だって知ってる。なんだ、深く気にする必要はなかったんじゃないか。少し考えたらわかるはずのことなのに今さら気付く。これだから、詰めが甘いと笑われるんだ。

「ちゃんと幸せにやってくれ。そうじゃないと、燃えた僕の魔法史のレポートふた巻きが浮かばれない」
「お前、聞けば燃やされてばかりじゃないか。なにか気を害することをしてたんだろ」
「露骨に顔に出たら、つっつきたくなるってさっき言っただろ?コストスも君と同じってことさ」

それから、あまり遅くなると妻が心配すると言って、セオドールはふやけた面をぶらさげて立ち上がった。奇抜な色のサマー・シャツの裾を引っ張って、皺を直す。

「次は僕の結婚披露パーティーだな。もしよかったら、二人同伴で招待するよ。と言っても元々どちらも招待する予定だったからカードが連名になるだけだけどね」
「…まだどうなるかわからないけどな」
「あまり深く考えこむなよ友人。君が思ってるよりなんでも単純なんだ、この世の中はね」

まるで、世界の全てを知っているかのような物言いのセオドールに思わず噴き出した。満足げに歩き出すセオドールは、もう立ち止まることなく、あの黒い広間を通り抜けていく。

「そうだな。相変わらず僕の詰めが甘いってこともわかったし、そこまで入り組んではいないのかもしれない」
「そうだよ。それじゃあ、良い報告を待ってるよドラコ」

まだ日も落ちきっていないけれど、妻が待つ家へといそいそと帰っていくセオドールの背を見て、どことなくすっきりした気分になる。まあ、視界の隅に入る庭小人はさっさと駆除してやりたいけども。
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