蒼の双眸(FGO×DC)

B


薄暗い洞窟の中。簡単に引きずり込まれてしまわぬよう、すこし盛り上っている岩の上に腰掛けている。これまでの人生において握ったことのなかった釣り竿を両手で握りしめ、正面にまっすぐ振り下ろす。ポチャンと間抜けな音を響かせて、先端にぶら下げられた網が水の中へと沈んでいった。

「おうおう。流石、飲み込みが早いなアンタ」
「はたしてこれが正解なのかどうか全く読めないんだけど……」
「さてね。何が正解かどうかなんて誰もわかりゃしねーよ。俺らはサーヴァントで、アンタはここの世界の人間だ。アンタなら拾えるだろうってあくまで推測だからな」
「クー・フーリンは何を釣ってるの?」
「なんも?ただ、ひたすら垂らしてみてるだけさ。何かが引っかかってくれたら愉快だが、アンタのようにはいくまいよ」
「私だってまだ何も引っかけられてないよ」

もう小学校の授業は終わっている時間で、そろそろ立香が帰って来てもおかしくない。今日の夕食はエミヤが作ってくれることになっているから焦って帰る必要もないけれど、立香を迎えるにあたって今一度気を引き締める必要があった。何にも知らない母親に戻らなくてはならない。……それにしても今日一日でだいぶ知りすぎてしまったように思う。心を落ち着かせるには無心で行える作業があった方が良い。確かにそうなんだけど、これは中々に気が滅入る。薄暗い洞窟の、黒々と輝く水面を覗き見て気分がどんより落ち込んでいく。

どうしてこんなことをしているのか。答えは数時間前に遡る。

*

「当事者になるしか手がないって言うのなら、私を今すぐ当事者にしてよ」

大きく見開かれた目は驚いているようだったけれど、すぐさま吊り上がった口角に、私は思う。きっと、初めからこれを狙っていたんだ。わたしはやっぱり、彼らの駒で、手段で、利用されるだけの存在だった。……それでも、

「いつか突然当事者に引き上げられるくらいなら、私は今すぐ自分でその立場になってやるわ」

心の準備ができていない状態で引きずり込まれるんだったら、覚悟を決めて"自分で"選んでやる。半ばやけくそになっていたことは認めよう。私はまんまと燕青の悪趣味な挑発に乗ってしまったのである。

「……アンタにとっておきの仕事がある」

ついて来な、と言う燕青は鼻歌を歌いながらマンションの中へと足を進めていく。後ろをただただついていくだけの私の姿を顔だけ振り返って眺めてから、フッと笑った。……馬鹿にしてるな、こいつ。

「やっぱりマスターの親だけあるねぇ」
「え?」
「いやァ、こっちの話さね。マスターが似たってのが正しいんだろうが……この世界においてはわからんもんだ。アンタがマスターに引っ張られてる可能性もある」
「……なんのこと?」
「さあね」

104号室の前で燕青が立ち止まる。普通の集合住宅なら4のつく部屋はないけれど、英霊たちはむしろ用意しろとごねていたために作られた。もちろん、避ける人もいたし、喜んで入ろうとする子もいた。この部屋は、その中でも特に喜んで入った子……エレシュキガルの部屋だった。

インターホンも鳴らさず、ノックもせずに燕青は中へと進む。

「待って、流石に失礼じゃ、」
「いンや?どーせ、あの嬢ちゃんは"下"にいる」
「……下?」
「家賃払ってるとか言ってたから、お袋殿も知ってると思ったが違うかね?」
「家賃って、まさかギルガメッシュの言ってた"冥界"?!」

可愛らしいフリルに覆われた部屋の中央。その床に見たことのない文字が組み込まれた円い絵が描き込まれていた。……これ、魔法陣とか、そういうやつだ。実際に見たことがあるわけじゃないけれど、存在だけは知っている。それもSFフィクションの映像なんかで目にしたものだ。手招きする燕青に近づくと、床一面が青白く輝きだした。私が見ていた円は、どうやら中心部分だけだったらしい。部屋の四隅にも似たような小さな円がひとつずつ輝いて見えた。それから、突然訪れる浮遊感。落っこちてしまう前に、燕青に抱えられて、私は薄暗い地下の洞窟のような場所に足を踏み入れた。

「冥界じゃなくって、"疑似冥界"なのだわ」

本物はこんなところと比べ物にならないくらい、広くて素敵でかっこいいのだから!とぷりぷり怒っていたのは、やっぱりエレシュキガルだった。

| 一覧 |


- ナノ -