蒼の双眸(FGO×DC)

C


エレシュキガルに案内されて、薄暗い洞窟内をゆっくり歩く。

「あれはフブル川(疑似)よ」
「かっこ疑似……」
「本物には到底及ばないのだから当然の呼び方なのだわ!」

燕青は仕事ができた、と短く告げて姿を消してしまった。自分の仕事とはいうけれど、彼は一体何をしているのだろう。立香に関することではあるんだろうけども。
偽物のフブル川を有する地下室は薄暗くって、どこか肌寒い。スーツのジャケットを着ていても、感じる寒さを誤魔化すことができなくて思わず腕をさすっていた。

「あら、寒いの?」
「ちょっとね……」
「仕方ないわね、冷房を調整しましょう」
「……冷房?」

洞窟の岩壁をぺたぺたと触ったかと思えば、ごつごつした壁が手のひら一つ分ほどの大きさでパカリと開いた。それから、ピッピッと軽い音を立てながらエレシュキガルは室温調整をしてる。……室温調整かあ。洞窟に見えるけど、やっぱり地下室なのかここ……。

「なっ、そんな目で見るのはよしなさい!大体ね、この町全体に作ろうと思ったのに皆が止めるから仕方なくこうして地下室の中を冥界っぽくしただけであって……!」
「大丈夫だよ。誰もテーマパークの裏側見てる気分だなんて思ってないから」
「馬鹿にしてるのだわ〜〜!!!」

エレシュキガルの手元を見ると、冷房を上げるどころか今度は暖房になっていたのでそっと電源オフしておくことにした。節電大切。エレシュキガルはというと、一人でぶつぶつと言い訳めいた何かをひたすら呟いている。こうなったら、落ち着くまでちょっぴり距離を置くと良いと立香から聞いているから、今回もその通りにすることにした。暗くて冷たい地下。疑似のフブル川……色んな国で伝承はたくさんあるけれど、いわゆる三途の川か。川辺に立って、遠くを眺める。地下室といってもとても広くって、きっと、町全体は諦めたんだろうけど敷地外まで侵攻してるに違いない。川というより湖のようで、海にさえ見えて、どんより濁った水を見ているだけで気分がどんより落ちていく。疑似とはいえ三途の川と同じなら、渡り切ってしまったらあの世に召されるのだろうか。天に召された先に会いたい人がいればいいけれど、生憎そういう人はいない。あの人がもしや、なんて思ったこともあるけど元気にしてくれているらしい。よかった。だから、天に召されたいとは思わない。なんてあれやこれや想像をしていた時だった。水の中を横切る何かに目を奪われた。

「……人……?」

水の中に、確かに人がいた。人というより、腕や、足が見えた。大変だ、誰か沈められてる!助けないと!水辺に膝をついて、片腕を突っ込んだその時だった。身体が後ろに思いっきり引っ張られて、おおきく尻もちをつく。パラパラと水飛沫が降ってくる中で見えたのは赤い外套だった。

「エレシュキガル!!」

温和なところしか目にしたことのない彼が、眉間に深く皺を寄せて怒っていた。

「きょ、今日の冷房の調整はとっくに済んでるわ!」
「冷房ではない!周りをよく見ろ、彼女が落ちたらどうするつもりだ!」
「えっ、まさか川に近づいたわけじゃないでしょうね。あの川、呼ばれて入ったら戻って来れなくなるかもなのだわ」
「それは先に行っておいてほしかったなー……」

どうやらエミヤは毎日定刻にこの疑似冥界の冷房設備の温度点検を行っていたらしい。一体どこの店員なのか……。差し伸べられた手を取って、身体を起こす。勝手な行動を慎むようにとエレシュキガルからお叱りを受ける羽目になった。

「どうして貴女がここに?」
「私にとっておきの仕事があると聞いて案内してもらったの」
「……誰に?」
「燕青」
「案内するだけしてその張本人は持ち場に戻ったというわけか……!」
「これから仕事を伝えようとしていたところだったの。川の説明もそこでしようと思ってたし……」
「あの川に呼ばれたらすぐに引き返したまえ。下手をすると飲み込まれて、そのまま帰って来れなくなる」
「呼ばれるってどんな風に呼ばれるの?」
「……さきほど落ちかけていたのは、呼ばれたわけじゃないのかね?」
「人の手足が見えたから、助けなくちゃと手を伸ばしただけよ」

エミヤが目を見開いて、パチパチと大きく瞬きを繰り返した。私の答えを聞いたエレシュキガルは勝ち誇ったような表情を浮かべて、エミヤに向かって胸を張る。

「ほら、託そうとしている仕事は彼女にぴったりでしょう?」

今度はちゃんと説明をしてほしい、そうエレシュキガルに伝えたら、「わかっているのだわ!」と一人慌てている。それを見たエミヤは深い深いため息をついた。

「わかった。これは貴女の役目と受け入れるしかない。確かに、現状任せられるのは貴女くらいしかいないのでね……マスターに任せるのも手ではあるが、彼の場合、呼ばれてしまう可能性が拭えない」
「……呼ばれる、というのがイマイチわからないけど、何か条件があるのね?」
「ええ。この世界で死に至る運命を担っている者たち。つまり、私たちがマスターと生きていた世界の魂を持つ者たちはこの水に呼ばれ、魂のみこの水面下に押しとどめられる。肉体を持ったまま浸かった場合も同じね。肉体は朽ち果て、魂のみ水の中で漂っていく。一方で、この世界に生まれ巡っている魂を持つ者はこの世界において死とは程遠いところで生きている。だから、浸かっても命は脅かされないし呼ばれもしない。貴女が見たという手足はイレギュラーな死を迎えて、この世界の不具合に巻き込まれた、肉体を失うはずのなかった者たちの姿だと思うわ。彼らはただの魂にもなりきれず、仮死状態に近い形でこの水面を漂っているの」
「待って、世界?不具合?なにがどうなって……」
「……奴め、そもそものこの世界の仕組みを教えてないようだな」
「急用ができたって言っていたけれど、そんなこと私の役目じゃないのだわ。私は必要なところだけ伝えますから、残りのところは貴方がすべきよ」
「どいつもこいつも肝心なところを人任せにしすぎだろう」

| 一覧 |


- ナノ -