蒼の双眸(FGO×DC)

A


目の前にいる幼いこの子の言う言葉を僕は信じられなかった。……いや、信じたくないと言った方が正確かもしれない。だって、世界が混ざっているとか、マシュのいた世界の人間だけが命を落としているのだというのが本当だったら、僕がこれまで見て、失ってきた全ての命が本来この世界に存在していた人間ではなかったことになる。イレギュラーが起きなければ出会うことのなかったであろう人たち。僕は確かに彼らと言葉を交わし、笑い合い、時には喧嘩もしていた。それが、全てなかったことかもしれないだなんて。

「わたしは、わたしの生まれた元の世界のことなら知っています。この世界のことはあんまり知らない。混ざっていると気づいた時がいつだったのか、混ざったことで何が起きたのか、その時からどれだけの時が流れているのかも知りません。ただ、彼が……お父さん、が言っていました。確実に時は進んでいるよ、と。同じ時間を繰り返しているはずなのに、どこかは進んでいる。これを不具合と言わずしてなんとよぶのでしょう」

「そして、その不具合がもたらす影響が悪いものではないことを私たちは証明しなくてはならないのです」

ジャムの瓶が開かなくて、小さな手で一生懸命フタを回そうとしながらも、至極当然のことを言っているかのようにマシュは言い切った。そうか、そうだな。彼女の言う通りだ。証明するしかない。僕が歩んできたこれまでが、混ざった世界であろうとなかろうと、確かにそこにあった事実であることを証明しなければならないんだ。


――どうやって?


「ばーぼんさん?」
「……仮にこの世界の不具合が悪ではないと証明できて、世界が混ざった原因を突き止められたとして、君は何を望む?」
「元の世界に……戻れるなら、戻りたいと思っています」
「……そうだね」

何をもって戻ると言えるのか。幼いこの子に問いかけるべき言葉じゃあないな。具体的な望みも手法も問いかけるべきは他にいる。あぁ、ほら。帰ってきたようだ。手っ取り早い手段のひとつが。

「……ずっと待っていましたよ、セイバー」

金色の光が伴って、さらさらと形作られていく体躯を横目で見る。ここ最近起きている不自然さの理由を垣間見た今となっては最早動じることなく、自然に受け入れてしまえるのだった。顔が出来上がる頃、その端正な顔は驚きで満たされていた。先に消えた男もナーサリー・ライムもセイバーに現状を伝えていなかったようだ。全く、報連相がなっていない組織だな。

「教えてもらいましょうか。この世界とそちらの世界の混ざった理由と、これからのことをね」

マシュの手からジャムの瓶を抜き取って、フタを開けた。ティースプーンで掬ったそれをヨーグルトの上にひと匙落とす。額を手で覆う仕草をしているセイバーの様子を心配そうに眺めるマシュは僕と彼を今後に見返した。僕がこの世界の情報を手にしている事態は誤算だったようだけど、きっと悪いようにはならないよ。君たちが悪ではないと証明しようとしている不具合のひとつだとでも思ってくれたらいい。現段階の憶測でしかないけれど、君たちは僕のように別の目的のために黒の組織入りしているようだから。……まあ、今はまだそこまで彼に言ってやるつもりはこれっぽっちもないが。

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