蒼の双眸(FGO×DC)

B


人理修復を終えて暫く経った頃のことだった。オレは千里眼なんてものは持っていなければ、魔術師とも言えない程のドが付く素人だったはずなのに、とても奇妙な体験をするようになる。瞼を閉じた裏側に確かに自分の姿が映って見えた。それが幸せなことだけだったならどんなに良かったか。オレはオレが死を迎えるその時を目にしてしまった。驚きのあまりに大きな声を出して目覚めれば、サーヴァントたちが気付かない訳がない。それを知った彼らが抗う術はないのかとオレ以上に模索していたある日のこと。いつもの瞼の裏側に自分以外の人が見えた。その人は、とても優しくて、愛に溢れている人だった。具体的に何が、とかはわからない。それでも愛おしそうに手元を見つめるその人の温かさに安心している自分がいた。ああ、これはもしや。死んだ自分の続きの流れなのだとしたら、オレは再び生を受けるんだろう。そしておそらく、この女性の元に辿り着くんだ。確信めいた思いは口から弾むように飛び出て行った。

「何だかオレ、生まれ変わるらしいよ。だからさ、皆がもしオレを見つけられたらまた一緒に過ごそうよ」


*

「こうしてお姫様は幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」
「ハッピーエンドね!」
「そうだよ。ナーサリーの好きなハッピーエンドだね」
「マスターは毎日この幸せなお話をたくさんのお友だちと朗読するのね!」

それってとってもワクワクしちゃう!と顔を綻ばせる少女の頭に手を伸ばす。少し撫でてあげようかと思っただけなのに、思いのほか自分の手が短くって身を乗り出さないといけなくなった。……何年経ってると思ってんのさ、オレ。同じ藤丸立香という名前でも前世の藤丸立香は予想通りに生を終えた。それからこの時代に生まれ変わったけれど、またもや同じ名前。名付けの由来を今世の母親に尋ねてみても「急に思いついたの!」という返答しか返って来なかった。偶然なのか、何かに仕組まれたことなのかはわかんない。なんか仕組まれてそうだけど。

「立香〜!朗読の練習終わった〜?」
「終わったよー。母さん、ハンコ押して」

リビングから顔を覗かせた母親に一枚のカードを手渡した。表紙に『まいあさのろうどく』と書かれているそれは学校から配られた宿題のひとつ。先日小学校に上がったばかりのオレは、小学生ライフを楽しんでたり楽しんでなかったり。生まれ変わって前の記憶もぼんやりと残っている中での小学校はすこし恥ずかしさがある。ただ、本当の小学生だった頃よりも色んなことがわかってるっていうのは便利なこともあった。まあ、最近転校してきた子たちが頭良すぎてオレなんか霞んで見えるけど。なんかあいつら人生2回目って感じがプンプンするんだよなー。

「はいはい。……あれっ、もう押してあるね。しかも可愛いお花」
「花?」
「素敵なハンコでしょう?この前エミヤおじさまとお買い物した時に見つけたの!今のちっちゃなマスターにピッタリだわ!」
「ほんとだお花…っていうか、全部埋めちゃダメじゃない?!来週までずっと埋まってるんだけど!」
「いーんじゃない?どうせ、毎朝ナーサリーに本を読むのねだられるんだしね」
「これ保護者のサイン欄だから母さんが押した事になるんだけど」
「親戚の子が押したってことにしといてくれないかなあ」

保護者からの確認欄に続けて押してあった『藤丸』の印鑑が途中からピンクの花に変わっている。これ先生見逃してくれるかなあ。新しいカードになるだけかもしれないけど。

「これから毎朝、マスターにご本を読んでもらうお礼のお花よ」
「まだ読んでないのにお礼?」
「ええ!だって、マスターはちゃんと読んでくれるでしょう?」
「いいなあ。立香は可愛いお礼が貰えて羨ましいなあ」
「あら。紗希乃おかあさまにもあるのよ。夜の寝る前に読むご本のお礼!」
「本当?うれしいな〜立香は寝る前の読み聞かせ卒業しちゃったからなあ」
「何年前の話だよそれ」
「2年前なんてつい最近のことだよ」

この人は、ひとりでオレを育ててくれている。オレの父親は別れてしまってから全然会えてないらしい。時々懐かしむようにオレを見つめる母さんに何にも言えない気持ちになる。

『その蒼い目はお父さんそっくりね』

3歳になった頃だった。前世の記憶を持って再びこの世に生を受けたことを母さんに伝えた。とても驚いている顔をしていたけれど時間が経てばすんなり受け入れてくれた。普通だったら、拒絶されるかもしれない話なのに。

『思えば、初めから不思議なことばかりだったし、そういう人もいるのかもね。私はそういうのとは無縁だったから理解できるかわからないけれど、知りたいと思うよ』

朧げになっていくあの日に見た瞼の裏の温かさは本物だったのだと知って、涙が溢れてどうしようもなかった。わんわんと泣くのは子供らしい姿だったろうけど、涙の意味はきっと誰にもわからない。嬉しさもあったと思う。でもそれ以上に、口に出せるだけの力が伴わない小さな身体にずっともどかしさを感じていた。3歳の子供のたどたどしい話でも信じようとしてくれた母親に感謝しか思い浮かばない。そして、それと同時に大きな寂しさが込みあげてきた。オレはおぼえているのに、みんながいない。見つけられたら、なんて言ったけどそうじゃなかったんだ。見つけてほしかったんだなあ。

『立香、大丈夫?』
『みんなに、みんなに会いたいよぅ』

―――お望みのままに。そう、確かに聞こえた後に訪れる突然の再会にまたしても涙が止まらなくなってしまったのは言うまでもない。



「マスター、どうしたの?」
「なんでもないよ。ちょっと前の事を思い出してただけ」
「ふうん。ねえ、マスター。右手を出して?」
「こう?」
「ええそうよ。そしてそのまま、えいっ」

可愛らしい掛け声とともに自分の右の掌にハンコで押されたのは小さな小さなケーキの絵柄。くっきりと残るそれを見て、ナーサリーは顔を綻ばせた。

「素敵なケーキ!可愛いケーキ!おかあさま、ケーキ喜んでくれるかしら」
「母さんへのお礼の印がケーキか〜」
「マスター、変かしら?」
「ううん。母さんのケーキはいつも綺麗で美味しいもんね。ぴったりだと思うよ」
「そうなの!エミヤおじさまのケーキも美味しいけれど、紗希乃おかあさまのケーキも大好きなのだわ!」

このハンコが溜まったら、おかあさまにとっておきのプレゼントをしましょうね。そういうナーサリーは嬉しそうに駆けて行く。プレゼントか〜。何あげようか、なんて考えていれば家を出る時間があっという間に近づいていることに気付いた。

「ナーサリー、その話は帰ってきたらね!」
「ええマスター!とっておきを見つけておいてね!」


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