蒼の双眸(FGO×DC)

A


おめでとうございます、と柔らかく微笑む医師を目の前に驚きが隠せなかった。このぺったんこなお腹の中に、確かにいるという。それも行方を晦ました元恋人との子供が。

「今ならまだ諦めることのできる時期です。お相手とご一緒に話し合って下さいね」

相手?今じゃどこにいるかもわからない。探しようにも伝えようがなかった。それに、伝えたところで答えは変わらないかもしれない。

「……産みます。一人だってなんだって、産んでみせます」

辛い目にたくさん合うと言った少年の声が木霊する。あれ、あの子の顔どんなだったっけ。目覚めた後は覚えていたはずだったのに、今じゃ不思議な白い服を着た男の子ってことしか思い出せない。辛い目とは一体どんな状況に置かれるのか。子供を守って事故に遭うとか?事件に巻き込まれるとか?でも、そんなの自分に子供がいなくても起きる時は起きるものだ。だったら、答えはひとつしかない。私の愛に応えてくれるだろうこの子をわたしは精一杯愛していきたい。


*

名前はどうしようか。男の子でも女の子でも使える名前がいいな。そう思いながら家のソファで名付けの本をひたすら読む。どれを見てもイマイチだった。これだ!と思うものが見当たらない。私の姓に合う名前……藤丸…藤丸……。最近とても眠たくて、気が緩むと自然と夢の中へ落っこちてしまう。今日も例に漏れず、ずるずると夢の中に引きずり込まれていった。

「やあ、ごきげんよう」
「こんにちは、天使さん」
「こらこら天使じゃないって何度言ったらわかるんだい?」
「何度?私とあなたは今初めて会ったと思いますけど…」
「いや、そうだ。そうだった。君と私は今この時が初対面さ!」
「なんだか不審者みたいな人ですね」

動きがわざとらしい。天使だと言っておいたのは全身真っ白だったから。ローブを目深に被っているせいで顔の半分は隠れていてどんな顔なのかわからない。妖精と呼んだ方が合っていたかな。それにするなら可愛げが足りないか。初対面の相手なのに、何となくそう思った。

「君の悩みを解決する提案をひとつしてあげよう」

赤い花びらがどこからか零れるように降り注ぐ。花びらの渦に囲まれた真っ白いその人は、愉しそうに口角をニンマリ持ち上げた。それから何かを呟いたけれど、私の耳には届かない。

「これを君が思い出す時、私と出会ったことは遠い遠いどこかの記憶に埋もれていくだろう」

さあ、いつものようにお行きなさい。彼がそう言った直後、突然の強い風に吹き飛ばされそうな感覚に襲われる。何かが弾けた様に目が覚めた。カチカチ音を鳴らす時計は、最後に見た時刻から5分ほどしか動いていなかった。

「……立香、」

急に思いついたその響き。まるで知っていたような気さえするその並びは、とても綺麗に思えた。

「藤丸、立香」

うん、素敵だ。きっとこの子を守ってくれるいい名前になるだろう。具体的な理由は思い当たらないけれど、確かにそう感じた。かつての恋人が後悔しないかと尋ねてくる声が聞こえた気がしたけれど、きっと大丈夫。

「この名前じゃないと、逆に後悔しちゃいそう。そうよね、立香」

膨らみ始めたばかりのお腹に手を添えて、そう呟けばじんわりと温かくなったような気がしてきた。なんちゃってね、そんなわけないか。


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