憧憬/降谷零


工藤新一初めての捜査協力A


「現場を見ておかないと指示なんて出せやしない」
「……それ、降谷さんたちの言葉ですか」

自販機の前に立ち、缶コーヒーのボタンを迷わず押した山本さんはニヤリと笑って「ご明察」と呟いた。

「まあ最も……あの人たちの場合は、現場に出たくて出たくてしょうがないだけだと思うけどね」

向こうと繋いでる端末は電源を落としたから、もう聞こえてないよ。そう言ってまるで僕は無実です、と宣言しているように両手をひらひらと揺らして満足そうにその人は笑っていた。

*

「工藤くん。君の言う通り、あの手紙に書いてあった便の渡航歴と乗客者一覧を手に入れたけど……」
「ありがとうございます、千葉刑事」
「それにしても、よく被害者たちが同じ日に渡米していたことに気付いたわね」
「俺がたまたま関わった二つの事件、それぞれに加害者はいたんですが殺害手口が似通っていてバックに同一犯、または協力者がいるんじゃないかって被害者周辺に聞き込みをしていたんです。怪しい人物は出て来なかったんですが、そこで1件目の被害者と、2件目の被害者に面識があったことが2件目の被害者の友人を通して証言で分かりました」
「どちらも毒物の混入だったっけ……」
「ええ。被害者2名とその友人の計3名はニューヨークのとある空港で遭遇していました。会ったのはたった一度切りではありましたが、そこで軽く身の上話をしたそうです」
「それだけ?たまたま話しただけの赤の他人じゃない」
「そうです。その3人はその時にしか出会っていない。同じ便の飛行機に乗ったとはいえ座席が隣り同士なわけでも前後だったわけでもない。ただ、その便はトラブルが起きて出国が遅れていた。……そうですよね、山本さん?」
「そこで僕に聞く?渡航歴のデータ、見ればわかると思うけど」
「飛行機の便名を提示してくるなら、公安は何らかの情報を掴んでると思いますが違いますか?」
「ハハ。……まあ、出国遅れに関してはその通りだよ」

ストレートに捜査してくれないものかと考えてはみたけれど、この人の上司たちは常に回りくどいことを飄々とやってのけていた。別人のふりに、知らないふりに、知ってるふり……そう思えばヒントをくれただけ今回は近道をしてるように感じる。千葉刑事が用意してくれた資料を見ると、想像通りニューヨークからの出国が数時間単位で遅れていた。被害者の友人の言葉によれば『飛行機が機材トラブルで遅れて、搭乗前に同じラウンジに集められて待機させられた』という証言がすでに出ている。

「運休ではなく、あくまで遅延。出国すること自体に変更はないのに、いつ搭乗開始になるかわからない。その状態で決して広くはないラウンジに集められた限られた人たちの中で会話をした人。そう思えば印象はそれなりに残ります」
「工藤くんのその二つの事件以外の関連していると思われる事件の被害者も皆この便の飛行機に搭乗して帰国しているね。ってことは、その人たちもそのラウンジに集められていたってことか……」
「ええ、おそらく。ただ、そのご友人が言うには話し込んでいたのはその被害者同士くらいなものでその他の人の印象はないとのことです」

機材トラブルはあったものの、乗客内でトラブルが起きたりはしていないようだった。もう少し聞き込みをしないといけないな……どうにも情報が少ない。公安側がもっと情報を開示してくれたらやりやすいんだけどなあ。

「……つーかさ、山本さん。ただの殺人事件のはずなのにそもそも何で公安が介入してきてるわけ?その理由を聞くの忘れてたんだけど」

まさか一連のバックについてるのが国絡みのやばい奴とか言わねーよな……?と皆が息を呑むように山本さんに注目している。静かになった会議室は沈黙に包まれ……るはずだったのが、携帯のバイブ音が騒がしく鳴り響いていた。

「……出ないの?」
「いやー、たぶん、向こうに繋げてる端末の電源落としたから説教だと思うんだ」
「それは逆に出た方が良いと思うが……」

目暮警部にそう言われ、いまだ振動し続けるスマホを眺めていた山本さんがしぶしぶといった風に席を立つ。こりゃ、紗希乃さんたち結構骨折ってんじゃねーのかな。掴みどころがない不思議なその人を眺めて、捜査一課の面々も首を傾げていた。廊下に出て行った山本さんを見送ってから、みんな小さくため息を吐く。

「あの人なんだか大丈夫かしら」
「公安の連中、もっとマシな人物を送って来んか……!」
「マシって言っても公安の人たちって結構クセ強いと思いますけどね」
「そうだろうけどさ。……まだ話通じる奴いるからさ、公安にも」
「千葉刑事、それってさ、」

バタン。しぶしぶ不機嫌。そんな様子とは打って変わり真面目そうに眉を吊り上げた山本さんが会議室の入り口に立っていた。

「これから来ますよ。おそらく、千葉刑事の言う"話の通じる"人がね」
「は、え?紗希乃さん来んの、ここに?」
「工藤くん、吉川のこと知ってるのかい?!」
「ええまあ」
「状況が変わりました。上司が到着し次第、私は別任務に移行させていただきます」
「状況が変わったとは一体どういう事かね?」
「さっき聞きましたよね。なぜ我々がこの捜査に介入してきたか。答えは単純。別件でマークしていた人物が一連の事件に関わっていると踏んだためです」
「その人物に何か動きがあったの?」
「まあ、そんなところです。具体的にはその人物を取り巻く状況に動きがみられたので私が派遣されるわけですが」

カツカツと忙しなく床を突く音がバタバタと騒がしい足音とともに会議室へと届いた。腕時計で時間を確認した山本さんは、チラリとドアへ目配せする。

「それでは、今後の事は私の上司と共にぜひよろしくお願いします」

素早く敬礼をして、手にかけたドアをゆっくりと開いた。開かれた扉の向こうに見えたのは、良く知る顔。狭い入り口をすれ違う二人は目もあわせずに通り過ぎた。会議室へ入り込んで来た紗希乃さんが山本さんのジャケットの右ポケットに何かを滑り込ませていたのは見て見ぬふりをした方がいーのかな……。

「お忙しいところ失礼。誠に勝手ながら只今を持ちましてこの事件の担当を交代させていただきました。新しい担当は私、降谷紗希乃が務めさせて頂きます」





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