憧憬/降谷零


工藤新一初めての捜査協力@


「捜査協力?」
「ええ、そうなの。今年の初めから起きている数件の殺人事件がどうやら関連性のあるものみたいで特別捜査班を立てることになったのはいいんだけど……」
「そこに公安が介入してきたと」
「そうなんだよ」

ここは警視庁内にあるとある会議室。バタバタと出入りしているのは新人のようであまり目にしたことのない刑事たちだった。捜査資料の置かれた席について溜息を溢しているのは捜査一課強行犯捜査三係の佐藤刑事と千葉刑事。オレが腰かけた席にミネラルウォーターの入ったペットボトルと捜査資料を回してくれた千葉刑事は遠い目をしていた。

「無理やり手柄を横取りってわけじゃないんでしょう?だったら良いんじゃ……」
「言っておくけど、今回の特捜班に君を呼ぶように言い出したのは公安の方よ」
「えっ、」
「工藤君、きみ公安とどんな繋がり持ってるんだい?いくら凄腕の探偵とはいえ公安にマークされてるのと同じようなことだよ」
「ハハ……」

どんな繋がりってアンタの同期とその上司に良くして貰ってるだけなんだけど、とは言えず。今回の事件は確かにオレも気にしている内容のひとつではあった。殺人事件がいくら多い米花町だとはいえ、似たようなケースの殺人事件が続けて起こるのが不思議でしょうがなかった。オレをこの捜査に加えたのは十中八九降谷さんたちだとして、なぜ彼らはこれをオレに任せようと思ったんだろうか。

『君はあくまで降谷さんとわたしに借りを返す必要のある少年ってだけ』

数年前に組織を壊滅に追いやった後の話だ。江戸川コナンから工藤新一に戻る手がかりをくれた紗希乃さんはそう言った。オレには番号を振らない――、協力者として公安に縛りつける様なことはしない。そう言い切った彼女の言葉をあの時のオレはあまり理解していなかったように思う。組織という共通の敵を見ていたあの頃は公安の彼らと動くことがそれなりにあったけど、今じゃ何もない。彼らと今でも連絡はとっているし、時折食事に行ったりしていても仕事の話には深入りしてない。借りなんてちっとも返せていないじゃないか、と時々二人に詰め寄ってみても二人は笑うだけだった。

「揃ったかね」
「お疲れさまです、目暮警部」
「こんにちは工藤君。今回の協力、よろしく頼むよ」
「ええ。僕でよければいくらでも力を貸しますよ」
「へえー、とても心強い言葉で……これで安心ですね、捜査一課の皆さん」
「……そちらは?」
「ご挨拶が遅れて失礼。公安より派遣されて参りました、山本と言います」
「公安の、どこに在籍で?」
「おや。きみなら知ってると思ったんだけどなあ。工藤新一君、きっときみが想像したところで間違いないよ」

ニコニコと笑っているように見えて、目が全く笑っていないように感じる。オレの想像したところって言うなら、間違いなくこの男は警察庁の人間だ。それも降谷さんたちと同じ……。

「僕の上司から、君に」

差し出されたのは一通の封筒。宛名のないその封筒を開くように捜査一課の皆に目で促される。いやいや、これってここで開けていいのか?

「上司ってどの人?」
「……さあ?」

山本と名乗る男は見たことがない。数年前の組織壊滅作戦の時に目にしたこともない。なら、それの後に配属されたか、もともと所属していて別な任務に就いていたか……。どのみち降谷さん…零さんの下であるのは確実として、風見さんと紗希乃さんの部下に当たる人かどうかというのは確信が持てなかった。

「……これって、ヒントじゃねーか」
「何だって?!どういうことかね、工藤君!」

封筒から取り出した一枚の紙はひったくるように目暮警部に奪われていった。それを囲むように佐藤刑事と千葉刑事が覗き込んでいる。一方で、さっきまで貼りつけたように笑っていた山本刑事が目をパチパチと瞬かせていた。

「名探偵の名は本当だったというわけかー」

なーんだ。と砕けたように呟く姿を見てぎょっとした。なんだこの人。なんか変だ。急に態度が柔らかくなったように感じる。

「工藤君、ヒントと言ったけれどこの数列が今回の件に何か?」

紙に書いてあったのは1行の英数字。それから、「後はよろしく」と印刷してあるコメントの右端には降谷の印が押してある。降谷ってどっちの降谷だっての。降谷が二人になっていろいろ面倒だと言っていた紗希乃さんと、ニコニコ満足げに笑っていた零さんを思い出す。

「一連の事件のうち2件はオレが解決に関わってたんです。特捜班に呼ばれた時に、それらの共通点をオレなりに探してたんですが……気になっていたことがありまして。その文字列を見てひとつ確信しました」


「この一連の事件の被害者は無差別に選ばれたわけじゃない。同じ日に同じ便の飛行機に乗っていた人たちの中から選ばれている!」


*

警察庁にある会議室の一角に山積みにされた捜査資料とタブレットを前に腕を組んで目を瞑った。ブラインドの隙間から漏れる光と、機械を通してタブレットから流れてくる音声に少しだけ意識が飛びそうになったのは秘密だ。……眠くなんかないし。

『同じ便の飛行機に乗っていた人たちの中から選ばれている!』

ハッキリと言いきられた言葉に、おおーっと拍手してやりたくなる。まあ、わたし一人しかこの部屋にいないから完全に頭おかしい奴の出来上がりだけど。コンコン、とノックされた扉から現れたのは風見さんだった。

「どうだ進捗の方は」
「とってもいい感じですよ。誘導する羽目になるかと思いましたが流石は名探偵。後押し程度で済みそうです」

以前は風見さんと二人であの人の下についていたけれど、今となっては二人とも独立していたそれぞれの案件を抱えてる。久しぶりに風見さんと一緒の仕事に関われて嬉しいし、何より気分が楽だった。いざという時に頼れる人がいると思うとやっぱり違うよね。

「降谷さんは何て?」
「俺が出るってうるさいですー」
「出るって、出れるのか?」
「あはは、そもそも無理です」
「だろうな」

重なる資料を手で避けて、長テーブルの向かい側に座った風見さんに音声が聞こえやすいよう端末の音声を上げた。

『ところで山本さん、この降谷さんてどっちの降谷さん?』
『きみは両方知ってるんだね』
『まあね』
『フーン。どっちだと思う?』
『奥さんの方かな、と』
『ワケを聞いても?』
『手書きで済むような内容をわざわざ印刷して、サインも押印にしてるから、かな』
『……だ、そうですが?』
『え?は?あの人らこれ聞いてんの?!』

機械越しに騒ぐ新一君の声が会議室中に響き渡る。さっき音量上げなきゃよかった!

「それで?どうするつもりだ?」
「山本シメる……!」




工藤新一初めての捜査協力@

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