憧憬/降谷零


サムシングブルーをあなたに


先日ついに組織を壊滅に追いやった。残務処理をやりつつFBIに手を貸す名目で渡米してから行ったのはたくさんの書類の山の処理。FBIの連中は残党狩りに夢中になるあまり書類整理がおろそかになっていた。要塞のように書類が行く手を阻む……のを何とか切り崩してやっと日本へと帰って来ることができた。

「今日も風見さんがデスクにいるー!」

やっぱり日本の方がいいなと思いつつ出勤してみれば、朝から後輩が子供みたいに騒いでいた。昨日、帰国の報告をした時も同じように喜んでいて、なんというか、まあ、悪い気はしない。彼女は今日のログインボーナスです、と個包装されたチョコレートを俺のデスクにばらばらと広げていく。ログインボーナスって一体何なんだと尋ねれば、小学生たちが教えてくれたスマホのゲームに毎日ログインするとアイテムが貰えるのだと自慢げに説明される。

「せっかく日本に帰って来たんですからゆっくり労いたいところですが、なかなかそうもいきません。そこで!毎日じわじわ労って行こうと思いますのでお楽しみにー!」

わーい!と一人で盛り上がってはしゃぎ回る吉川の奥で洒落にならない程真顔の上司がいた。むしろ真顔どころか潜入時の表情にさえ見える。キレッキレの裏の顔を職場のデスクで披露しているバーボン、ではなく降谷さんは確実に俺の事を見ている。

「……おすそわけです……」
「いや、お前が食べろ。俺も一緒に買いに行ったんだから」
「はあ」

ありがとうございます……!と恐れに負けないよう力を振り絞って礼を言う。「ログインボーナスだからな……」全くもって理由になっていない……。部下兼恋人がログインボーナスにご執心なのが面白くないのかと思ったが、どうやらそうではなさそうだ。だったら尚更一体どういうことだ?帰国後に警察庁に顔を出した時、この2人に何か進展はあったかと尋ねても誰一人として首を縦に振らない。俺が渡米してからもそのまんまだって言うんですか降谷さん……俺か吉川のどちらかが渡米する話に無理やり立候補して強行突破してみせたのに当の本人たちは安全運転中らしい。まあ、付き合い始めたのも最近だからしょうがないことといえばしょうがないのか……。なんて考えてる所を他のデスクの同僚たちが様々なジャスチャーで煽ってくる。は?突っ込んで聞けと?うるさいむしろアンタらがとっくにやっとけば良かっただろうが!

「風見……」
「……何でしょうか降谷さん」
「……」

とりあえず心臓に悪いのでバーボン顔やめてください。

*

「本日のノルマ達成〜」

風見さんを労おう作戦の承認は降谷さんからすんなり下りた。まあ普通にポケットマネー使ってますから承認もなにもないんだけど。降谷さんがわたしに出させてくれないから、実は後からこっそり別な種類を買い足してプラスしてたりする。きっと気づいてるけど、触れてこないから良しとしよう。風見さんが渡米してた日数と同じだけ労わせて頂こうとわたしは意気込んでいるわけですが、降谷さんは降谷さんで別のことで意気込んでいた。

「なにもそんな怖い顔しなくても」
「……してない」

給湯室にお湯を沸かしに来たところ、後ろをこそこそついてくる影があった。というかバーボン顔した降谷さんです。なんでそんな怖い顔してるんだこの人は。ヤカンで沸かすのはめんどくさいから電気ケトルに水を入れてスイッチオン。お湯が沸くまでの間に、隣で黙って腕を組んで立っている上司兼恋人をそろりと見上げた。

「わたしから言いましょーか?」
「俺から言う」
「少なくともその顔で言うのはいかがかと」
「……どんな顔してる?」
「すこし髭の伸びたバーボンですかね」

ピー!と騒ぐケトルの音を合図に、ちょっと髭剃ってくると顎をさすりながら降谷さんが給湯室から出て行こうとする。いやあの、髭が一番の問題ではない。ちくちくするのは確かにイヤだけど、風見さんは降谷さんのちくちくを体験することはないだろうから問題ない。ねえ、待って!行かないで降谷さん!話を聞いて!

「証人になって下さいって思いつめた顔で言ったら誤解されちゃいますって話です!」
「……証人?」

腕を引っ張るわたしの方に振り向いた降谷さんと、その奥に立っている風見さんの姿が同時に見えた。あっ、しまったやらかした。

「……借金、ですか?」
「なんでそうなる!」
「もっとハッピーなやつです!!」

ハッピーとは。あきらかに動揺している風見さんのフォローに入るか、どうやって風見さんに伝えようかと悩んでいる上司兼恋人のフォローに入るか実に悩ましいところ。

「……風見、一生の頼みがある」
「ハッピーな……頼みでしょうか……?」
「そうですハッピー!」

お前は黙ってろ、と降谷さん渾身のデコピンを額に頂いてしまった。うう、痛い……。降谷さんに連れられて行く風見さんを見送りつつ、ケトルのお湯をティーポットに注ぎ込んでいるところで、デスクの方から「はあ?!」と風見さんの大きな声が聞こえた。ドタバタと歩く音も聞こえてくる。

「おい吉川!馬鹿かお前は!」
「うえっ、どうして?!」
「なんでさっさと言わない!」
「だってあの人自分が風見さんに言いたいって言うんですもん」
「だからってわざわざ帰国を待つ必要は………言いたいって、降谷さんがそう言ったのか?」
「ええ。婚姻届けの証人、一人目はうちの母ですけど、二人目どうしようってなった時に風見さんがいいって言ったの降谷さんなんですよ」

自分から風見さんにお願いしたいと言っていたのもそう。もちろん反対するつもりもないし、とってもいい人選だったと思う。本人が渡米しているのもあってすぐには動けなかったわけだけど。給湯室に戻って来てしまった風見さんを追って、降谷さんも戻って来た。その手には、少し前に記入を済ませた婚姻届けを持っている。

「嫌なら他を当たるが……」

かき氷を食べた後みたいに頭を押さえている風見さんに降谷さんがそう声をかけると、風見さんはもげそうなくらい左右に何度も首を振った。

「嫌なわけないでしょう!そうではなくて、自分が帰国するのを待つよりもっといい策があったはずです。自分なんて待たずにすぐ書ける相手にしてさっさと結婚しとけばよかったんです!」
「……だって、なあ?」
「うーん。風見さんがいいって思っちゃったんですし、ねえ?」
「っ〜〜あんた達は……!吉川!他の必要書類は揃ってるんだろうな!」
「ハイ!ばっちりです!」

降谷さんの手からひったくるように婚姻届けを奪った風見さんは自分のデスクへとズンズン進んでいく。

「はは、人でも殺せそうな勢いだな、風見」
「さっきまで降谷さんの方が人を殺めた顔してましたけどね」

いつもより大ぶりな仕種なのに、風見さんの名前はいつも以上に丁寧に記されていた。なんだかんだ言いつつも、きちんとやってくれるあたり風見さんは大真面目だと思う。ようやく埋まった婚姻届け。出しに行けるのはいつになるだろうと思っていたところ、これまた丁寧に押印してくれた風見さんがなぜか届け出日に今日の日付を記入していた。

「えっ、風見さんなんでそこ埋めるんです?!」
「どうせ行ける時に出しに行こうぐらいの気分だっただろう。吉川も、降谷さんも!」
「……」
「……」

ちらりと横に居る降谷さんを盗み見れば、案の定おんなじように視線を寄越す蒼と目が合う。

「ほらみろ!もう、今すぐ出しに行ってきてください」
「いや今仕事中だろ」
「仕事してないじゃないですか!」
「そーですけど!」
「……もういい加減、自分のことを後回しにするのはやめてください降谷さん。吉川、お前もだ。ベルモットに自分を売った事、俺は今でも怒ってる」

「一刻でも早く幸せになって下さいよ、二人とも」

ああ、その目。よく知ってる。怒ってるって言いながらも、しょうがないなあって顔をしてる時の目。

「そんな風に言ってくれる人がいる時点で、俺達はとっくに幸せだよ」

なんだかとってもいい話みたいだなあ。とまるで他人事のように思いながらもグイグイ後ろから押してくる風見さんの物理的な圧に負けて、降谷さんと二人揃ってお見送りされてしまった。

「……ここまで言われちゃ、今しかなさそうだけど、覚悟は良いか?」
「ええ、もちろん!」

警備企画課の皆が喜び騒ぎ狂ってることはこの時のわたし達は知る由もなかった。帰ってきたら仕事そっちのけで盛大なパーティーが繰り広げられて、「これが公安警察の中枢だなんてな……」と言いつつも降谷さんが一番喜んでいたことは言うまでもない。わたしたちは結婚式なんて挙げられない。だから、みんながこうしてお祝いしてくれるのが嬉しくてしょうがなかった。誰かに連れられて行った降谷さんはうっすら生えていた髭がきれいに無くなっていた。二人で並ぶように言われて従えば、大きな花束を風見さんがプレゼントしてくれた。ブルースターの入った素敵な花束は届を出しに行ってる間に買ってきてくれたみたい。ちょっぴり涙目だったのは忘れないですよ、風見さん。明日からのログインボーナス、もうちょっと奮発しちゃおうかなあ。




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