憧憬/降谷零


取り零さずに掴めた物は


「先日はご協力ありがとう。ちゃんとしたお礼は後ほどさせてもらうけど、ひとまずこれどうぞ」
「ありがとう紗希乃さん。……大分疲れてるね?」
「そりゃあね〜あれほどの大きさの犯罪組織しょっ引いたら処理も大変だよねえ」

いつかの公園の自販機前。アイスコーヒーの缶をふたつ取り出して、片方をコナンくんへと差し出した。差し出した缶を見てから受け取るのをコナンくんはちょっとだけ躊躇したけど、半ば無理やりその手に握らせる。うんうん、君はコーヒーでいいんだもんね。

「安室さん……じゃなくて、降谷さんはどうしてる?」
「大忙し。逮捕した主要幹部の取り調べに、報告書に、会議に。トリプルフェイスじゃなくなった今の方が身体足りないかもしれない」
「ポアロは今休職ってことにしてるんだよね。まさかと思うけど戻る予定とか……」
「ないない。きっちり挨拶しに行ってから辞めるってさ」

本当は連絡だけで辞めるつもりだったそう。でもそれじゃあ味気ないね、ポアロのマスターがそう言って、次に来れる時まで休職扱いにしてくれてるんだって。めちゃくちゃいい上司じゃないですか〜〜と感動していたら「当てつけか?」と降谷さんにちょっぴり凄まれた。別にそんな意味で言ってないのに!互いに仕事詰めで据わってる目を光らせ睨み合う。そんな時、ため息が止まらない風見さんからおつかいを頼まれてこうしてコナンくんと公園デートをしてる。

「今日来るの紗希乃さんじゃないと思ってたから吃驚したよ」
「風見さんにあれからのことを教えろってせっついてたんでしょー?」
「だって捕まえた後にどうなってるのかさっぱり教えてくれないんだもん」
「協力してもらったのはとても助かってるけど、逐一報告するのは難しいんだよね」

進展があることもないことも色々ある。国外にいる残りの幹部の逮捕にはすでにFBIが動いているし、組織の親玉の居場所は絶賛割り出し中だった。公安から向こうに少し派遣しているけれど、日本で動くのとはやっぱり話が違う。

「赤井さんがアメリカに戻る時に降谷さんも行くと思ってたけど、行かなかったね」
「あの人は日本から出ないよ。それに今回は幹部の多くをうちで逮捕したからね、それの対処もある。代わりに風見さんが週末から渡米するけど」
「えっ、そうなの?!」
「うん。だからねえ、これからは風見さんつっついてもこっちの状況は何にもわかんないよ〜」
「あ、あはは〜!ボク、そんなことしないよ〜」
「そうかなあ」

ジャケットの内ポケットに手を入れる。にっこりコナンくんに笑いかけてみたら、なぜかちょっとたじろがせてしまった。

「何か疑ってる……?!」
「逆に疑われるようなことあるのかな、コナンくん」
「ないない!」
「ほんと〜?」
「ほんとだってば!」
「はは、ごめんごめん。ついね、面白くて」

ポケットから目当ての物を取り出してコナンくんへと差し出した。レンズの向こうの大きな目がパチパチと不思議そうに瞬きをくり返してる。

「USB?」
「いらない?君たちが探し求めていた情報の一部だよ」
「ど、どういう意味?」
「そのまんま。君と、哀ちゃんの秘密に関すること」
「……ベルモットから聞いたんだね」
「いや。あの女は核心は吐いてないよ。あくまでわたしたちの推測と、これまで調べてきた情報と、今回手に入れた情報から割り出した答えかな」

やられた、と頭を抱えるばかりでコナンくんはわたしが差し出すUSBを受け取ろうとしない。だから、ぽいっと彼の方へ放り投げてみれば面白いくらいに慌てだす。コナンくんは小さな手でUSBを掴み取った後、笑い続けるわたしをじっとりと見上げた。

「さっき、一部って言ったよね」
「うん。だって、君たちがどこまでを欲しがってるかなんてわたしにはわかんないもの」
「もし、足りなかったとしたらもっとくれるの?」
「代わりに何か情報くれるなら〜。あ、今ケチって思った?」

苦笑いしてるコナンくんに、ケチじゃないよ!と念のために否定しておく。うん、ほんとにケチじゃないし。これは正当な交渉のひとつ。

「身体の変化とか、そういうものだととっても助かるけど別にそれ絡みじゃなくてもいいよ。まあ、戻るも戻らないも君たちの自由だけど、こんなこと公にできるはずもない。責任もってこちらでもみ消させてもらうし、君たちの選択によってはこれからもフォローしていこうと思ってる」
「って言うのが降谷さんの判断?」
「その通り!」

戻りたいわけじゃないのなら、組織を追ったりなんてしていなかったでしょう?と念を押すように訊ねれば、コナンくんは深い深い溜息をついた。なんだか風見さんみたいだ。ちなみにコナンくんとあまり関わりのなかった風見さんはこのことを知らない。勘付いてるかもしれないけれど、あくまで降谷さんとわたしで決めたこと。……まあ本当に上の方にには報告させてもらうけどね。

「どーせ、中身はちょっとしかないんでしょ」
「あっははーバレた?君たちがどこまで掴んでるのかはわかんないから、本当に少ししか入れてないの」
「てーことは、色々吐かなきゃ必要な情報は手に入れられないってワケかよ」
「だから何でもいいんだよ。帝丹小に入った日付とか、少年探偵団とつるむようになったきっかけとかさ」
「そんなの公安が調べればすぐ出てくるじゃんか。そんなの今さら聞いたって……は、そーいうことか!」

パチン、閃いた。真ん丸の瞳がきらきらと輝きだす。さっきまで溜息を垂れ流してた口元は勢いよくあがっている。変わりようが面白い。そしてやっぱり、眩しくってしょうがないや。

「君には番号を振らないよ。君はあくまで降谷さんとわたしに借りを返す必要のある少年ってだけ」

君はこれからも色んな所で自分の正義を掲げて貫いていくんだろうね。きっとそれはわたしたちからしたらとっても眩しくて、ずっと繋ぎ止めていられない。だから、君の正義とわたしたちの正義が重なる時にだけ協力してもらう。もちろん、借りを返すって名目でね。そんな名目無くたって手伝ってくれるのかもしれないけどさ。……あ、そろそろ時間だ。

「どんな選択をするか決めたら教えてね。なるべく早く動けたらと思ってるから」
「もう時間?」
「うん。警察庁に缶詰のあの人を労りに帰らなきゃいけないからね」
「ねえ、最後にいくつか質問していい?」
「なーに?」
「僕たちがこの公園で初めて会った時、捜査中だったんでしょ?」
「んー。あの日はほんとに休みだったよ。ただ、捜査範囲をチェックしてから帰ろうと思って立ち入ったら偶然君たちに会った」
「ずっとおかしいと思ってたんだ。公安なのに写真ってさ。あれ、わざとだよね?」
「あははは!わざとといえばわざとだけど、あの時は事故だね。半分趣味だったのほんとだし、あれで色々線引きしようと思うくらい考えすぎてたし。ただ、君らの前に出すつもりはなかった。どっちかっていうと、組織の下っぱを釣りたくてさ〜」
「は?下っ端釣るつもりだったの?」
「そうそう。あの時、組織関係はほとんど触らせてもらえてないし、自分で追ってたのも大きな動きないしで何とか打開策をだね、」
「はあ?!それやけくそ過ぎない?!」

わたしの浅はかさが招いた事故であることには変わりない。けれど、まあ、結果的には悪くなかったかも。なんて無理やり正当化しておく。そうじゃなかったらわたしはコナンくんと知り合えなかっただろうし。たぶん、わたしがたまたまコナンくんに会わなかったら降谷さんはわたしを引き合わせようとはしなかったと思う。

「もうそんな無茶はしないよ。ちゃんと考えて、動いて見せるからさ」

*

「吉川戻りました〜」
「おそいぞ吉川!」
「風見さん、なんだかこの前から急かし過ぎじゃないですか?!」

帰庁したところで鬼の形相をした風見さんが待っていた。わたし、頼まれたからコナンくんのとこ行ってただけなのに!

「報告書は今夜中で良いって言ってたじゃないですか〜!」
「ちがう。報告書はもう明日でいい」
「本当に?!」
「代わりに別な仕事だ」
「えっ……」

くいっと親指で後ろを指さす風見さんの後ろには、負のオーラを何重にも背負った降谷さんがデスクに向かってひたすら仕事をしていた。……おかしい。わたしがコナンくんに会いに行く前に仮眠室で休むように風見さんと一緒に引きずって行ったのに元に戻ってる。

「もしかしてすぐに戻った感じです?」
「不機嫌増量でな」
「えー……もしや宥めろって言うんですか?」
「寝かしつけてくれないか」
「わたし母親じゃないんですけど?!」

風見さんも疲れてるじゃん……。とりあえず外出たお土産に買って来たお菓子の袋を風見さんに押し付けた。

「中身は何だ?」
「お餅です」
「この疲労が溜まりに溜まった連中になんて殺傷能力の高いもの買ってくるんだお前……」
「降谷さんのお茶っ葉買いに行ったら期間限定でお餅つきしてたんですもん、買っちゃいますよ」
「期間限定って言葉に騙されすぎだろ」

とりあえず自分のデスクに荷物を置きに行く。降谷さんはこっちに気付いてない。もしくは、気付いているけど特に反応してない。後者だったらやだなあ。

「降谷さん、吉川ただいま戻りました」
「お疲れ。コナンくんはどうだった?」
「今の所は予定通りに。返事はなるべく早くもらえるようお願いしてきました」
「そうか、わかった」

……後者だったな、これ。PCを睨みつける目と忙しなく動く手はそのままに、口だけわたしの声に反応してる。疲れが溜まり過ぎて変なスイッチ入ってるみたいだ。

「降谷さん、ちゃんと休んでください」
「……」
「降谷さん」
「……」
「ふーるーやーさーんー」
「……」
「……"これからはちゃんと聞く"って言ったのに」

パチン。キーボードを叩く指が止まった。つい口から漏れたわたしの言葉を拾ったらしく、降谷さんの蒼い目がこっちを見てまるく見開かれている。言うつもりなかったのに。なんかこの前からわたし心の声だだ漏れじゃない?降谷さんのことになるとどうしてこうも上手くいかないの。

「吉川、」
「いえいえ何でもないです、ほんとに!ほんっとーに!お茶!お茶淹れてきます!風見さん、さっきの袋とお餅貸してください、早くー!」
「降谷さんの淹れたお茶の方が好みなので一緒に行ってきてください」
「そういう気遣いいらないー!!」




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