憧憬/降谷零


光をさがして見つけたい


空に打ちあがる花火は、いつかの観覧車で目にした花火と変わらなかった。

「全く……本当にイヤになるわ」

引き金が引かれるその瞬間、額に押し当てられていた無機質な銃口はわたしの顔の横に逸らされた。後ろに広がるのは赤黒い液体。そう、ベルモットが抜き取ったのは実弾のこめられた拳銃ではなくて、阿笠博士による改造を施された拳銃の方だった。ベルモットは面白くなさそうに改造拳銃を投げ捨て、瓦礫の上に足を組んで腰かけた。足を負傷しているのはお互い様だけど、明らかに重症なのは彼女の方。走って逃げきれるはずもないのが十分理解できているらしい。抜き取られることのなかった方の拳銃をベルモットの顔に照準を合わせて構える。 

「どうしてそのまま撃たなかったんです?」
「前にも言ったじゃない。演技ぐらいしてみなさいって。微塵もする気のないアナタのその態度、そのまま撃っていたらどうなるかと逸らしてみたらこれだもの」
「ふうん、なるほど」
「結局甘かったのはアナタたちだけじゃなかったってわけ……」

崩壊している3番倉庫の向こうから増援がやってくるのが見えた。きっと、風見さんたちが上手くやったんだろうな。念のために構えていた拳銃をホルスターにしまう。

「あら、しまっちゃっていいの」
「甘かろうと何だろうと、捕まる前に罪を重くするほど馬鹿な人じゃないことは知ってますからね」

フン、と鼻をならすベルモットの両手首に手錠を通す。しっかり施錠していると、ベルモットは口を開きかけてすぐ噤んだ。

「なにか?」
「いいえ。これは、アナタに言う事じゃないからやめておくわ」
「取調室で嫌でも話してもらいますよ。日本に渡ってきてない残党狩りにも貴女を活用しなくちゃならないんでね」
「そんな大層な話じゃないのよ。バーボン、安室透に……本名を知らないあの男に、言いたい文句のひとつだから」

言いたいことは山ほどあるけれど、アナタには言ってあげない。煤けた口元の赤を吊り上げて、ベルモットは大きくニヤリと笑う。到着した部下の車両に押し込まれるように乗せられていく後姿は想像してきたことのひとつだったのに、実際に目の前で起きてみたら絵空事のように思えてきた。

「……さん、……吉川さん!」
「え、あぁ。はい」
「3番倉庫に爆弾を持ち込んだのはやはりジンのようです」
「……負傷者は、」
「公安部数名が爆風により転倒、瓦礫の下敷きになっています」
「すぐに救助と安否確認行って」

ヴヴヴ、と振動するジャケットを探って出てきたのは画面にヒビの入ったスマートフォン。風見さんから、6番倉庫の制圧が完了したと連絡が入っていた。そして、他の部下たちからも各々の持ち場での任務を遂行したと連絡が立て続けに入ってくる。なのに3番倉庫にもとから配置されている人たちとの連絡が途絶えていた。瓦礫の山はすぐそこにあるのに、どこにいるのかわからない。狙撃を受けていたポイントも制圧したと報告が上がっているのに、当の降谷さんたちからの情報が全くない。爆発に巻き込まれて、最悪瓦礫の下にいることも考えられる……。

「爆発による二次被害の有無もすぐに調べてください。近隣道路の通行止めによる交通整理がうまくいってないようです。刑事課が出て来てるそうなのでそちらとも連携をとること」
「承知いたしました」

ベルモットなんて放っておけばよかった、なんて馬鹿らしい思いが浮かんでくる。あの足じゃ遠くまで行けないし、本当に放っておけばよかったかもしれない。とは言ってもあそこで駆け付けていたとしても爆発に巻き込まれて、わたしもここには………そういえば、あの時耳へ飛び込んで来た音は、爆発音だけじゃなかったはずだ。爆発音に、建物の崩れる音、それから……

「水の、音?」

風見さんとFBIの二人。それから水無怜奈がこちらへ駆けてくる。そうだ、水だ。水があるのはどこだっけ。この倉庫周辺に海はもちろんプールや池なんかなかった。水に飛び込む音、もしくは瓦礫が落ちる音。離れているわたしの耳と届く範囲にそんな大量の水なんか……

「吉川、降谷さんたちはどうなった?!」
「……風見さん、申請漏れで3番だけは現在も工場で登録されてるんでしたよね」
「ああ、他の倉庫はここ10年から5年の間に倉庫化しているが、3番だけは工場の最終稼働が今年で登録上は今も工場扱いだ」
「はあ〜〜、もう……あの人はほんとにどこまで考えてるかわかったもんじゃないですね」

スマホに、この倉庫一帯の見取り図の入ったファイルを呼び出す。主に使っていた全体図と各倉庫内の見取り図をとばし、一番最後にある側面図を拡大して風見さんたちに見えるようにして手渡した。

「先行きます!」
「おい、吉川!一体どこに……地下貯水槽?!」
「ええ!きっと降谷さんたちはそこにいます!」

ここを組織の取引き場所に指定するよう動いていたのは降谷さんだった。立地的に都心から外れているからかと思っていたけどそれだけじゃなかったみたい。工場の閉鎖申請が漏れていることは知ってた。組織を捕獲後にそっちも取り締まるよう掛け合う予定ではもちろんいたけれど、閉鎖の申請だけじゃなく諸手続きも未処理だったってわけだ。崩壊した3番倉庫は今も工場で登録されている。そしてきっと、貯水槽も廃止せずに今日までずっと水が溜まったままだった。それは古いタイプの建物だったから現在では設置できない古いもの。経営が立ち行かず、修復をくり返して来た工場の老朽化にも耐えかねて、数年後には倉庫使用も終了する見通しのここを、あえて選んだのだとしたら……

瓦礫の上を駆けていく。瓦礫に足をとられそうになる度に、撃たれた傷が引き裂かれるように痛む。けれど、そんなこと構ってられないんだ。わたしの予想が外れたら、また考え直さなくちゃならない。あの人を、見つけるまで。

「降谷さーん!降谷、さんっ!ふる、」

瓦礫につまずいて思いっきり転んだ。膝も、頬も痛い。焦った顔をした風見さんが駆けつけてくれて、ぱっかり開いた頬の傷にハンカチを当ててくれた。

「落ち着け吉川。一人で動くんじゃない、」
「……焦ってすみません。焦ってたら、助けられるものも助けられないですよね」

わかってるはずなのに。焦って失って来たものはひとつじゃないっていうのに。

「そうじゃない。誰だって一人じゃ限界がある。だったら周りをうまく使えってことだ。それで?どうして貯水槽なんだ」
「……最後の爆発とコナンくんの大きな花火の直前に水の音がしました。何かが水に落ちる音。小さなものじゃおきないくらい大きな音。瓦礫かもしれないし、降谷さんたちかもしれない」
「降谷さんたちだという可能性は?」
「コナンくんの花火が爆発と共に空に上がったと言うことは、きっと降谷さんたちが対処した結果。3番倉庫の崩壊直後にそれができる時間とスペースを考えたら、結局は近場になります。3番の崩壊は建物の構造上、地下貯水槽のある場所と正反対の方へ崩れています。動きやすいのは崩れていなかった方。瓦礫が落ちた水音だったとしても、降谷さんたちがそこにいた可能性は高いです。わたしの希望的観測でしかありませんが、この瓦礫の山から一刻でも早く見つけるとしたら……」

「周りを上手く使う、やっぱりこの一言に尽きるだろうな」

幻聴が聞こえたかと思った。声のする方を辿れば、すぐそこに、まさに今探していたあの人がびしょ濡れで立っている。「降谷さん!!」あっ、ちょっと風見さん待って、わたしすぐ動けないのに先行くなんてひどい!

「ジンを捕えたが生憎手持ちの手錠がない。向こうで赤井とコナンくんが見張ってるから捕えろ」
「はい!」

風見さんが走っていくのと入れ違いに、降谷さんがわたしの目の前にしゃがみこんだ。

「ちゃんと来たぞ。最後に、お前を迎えにね」
「……っはいっ」
「よくやったよ」

濡れた降谷さんの手がわたしの頭をゆっくり滑っていく。それから瓦礫の上に大の字になって転がった。

「地下貯水槽、最初から使う予定だったんですね」
「いや?念のために調べていた時に見つけただけさ。ジンが持ち込んだ爆薬さえなければ崩壊もせず、こんな濡れ鼠になることもなかったよ」
「えっ偶然ってことです?」
「最後の爆弾は解体する時間もなかったし、コナンくんのキック力増強シューズも最初の爆発で故障して最大出力が出せない。空中へ放り出したとしても高さが足りない。衝撃が一番近いのは真下にいる俺達のいるところ。数回の爆発で水が漏れ出るくらいには崩れていて、落ちるかもしれないと思ったら案の定だ。ただ、底があまり深くなくて、横長だったせいか無駄に濡れただけだったけど」

後で徹底的に取り締まってやる、と空を見上げながら唸る降谷さん。あはは、濡れた前髪が跳ね上がって、あんまり目にすることのない額が見えてて珍しいなあ。降谷さんと会えた安堵感に、すべてが終わったとじわじわ実感が湧いてくきた。そうだ、この人はこんな真昼間にこんな風に身体を投げ出して空を眺めることさえできなかった。これからは今までよりしがらみの少ない生き方ができるようになっていくんだろう。

「……泣くなって」
「泣いてません」
「それだけ頬を濡らしておいてよく言うよ」

がばりと起き上がった降谷さんは、わしわしと頭を撫でてくる。それから、ハア〜と長い長い溜息をついてからわたしを抱き寄せた。

「うぅ〜面倒くさいやつでずみばぜん〜」
「ちがう、そうじゃない。どうせこうなるなら最初からやっとけばよかった」
「なにが?」
「誰が見てるかわからないこんなところでお前のこと抱きしめたりなんてしてみろ、後から悪く言われるのは絶対そっちだ」
「……それで我慢してたんですか?」
「……」
「あはは、沈黙は肯定とみなしますよ。……そうですねえ、こんな時に何してんだって言う人はいるかも。皆が皆おなじじゃないですからね」

だけどね、降谷さん。わたしたちの周りの人たちは、わたしたちの幸せを願っていてくれているそうですよ。この前の風見さんの言葉を思い出して、降谷さんの耳元に囁いてみた。

「フッ、本当にバカな奴らだよ」

降谷さんが前を向いて笑う。抱きしめられたまま、視線を辿る様に振り向けば、騒がしい一行がこっちへ向かってきていた。ジンを引きずりながらこちらへ向かってくる赤井と、それを引き止めようと肩を掴んでいる風見さんに、足に掴まるコナンくん。「邪魔するな!」とか「待ってよ赤井さん!」とか聞こえてくる。

「赤井ぶちのめす」
「いやちょっと待ってください!」

立ち上がる降谷さんに支えられて、わたしもその場に立ち上がった。今になって足が非常に痛い。この前から足を怪我してばかりで散々だ。痛まないようにと、抱えるように支えてくれる降谷さんに寄り添う。二人の制止も虚しく辿り着いてしまった赤井はポケットから濡れた煙草を取り出して、舌打ちを落とした。

「降谷君。君は暖を取って温かそうだが、俺は濡れたままで寒いからさっさと帰還したいんだがどうだろう?」

やっぱりこの人に一発かましておきたい。





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