憧憬/降谷零


終わりが繋ぐ僕らの未来


震えないわけがなかった。弾が本物じゃなかろうが、相手が防弾対策していようが関係ない。だってわたしが銃口を向けているのは自分の上司で、たった一人の──……

*

「俺は、お前に安室透を終わらせてほしい」

今後の方針を決めていた会議の後のことだった。呼び止められて、会議室で2人きり。複雑そうに歪む表情を隠しもしないあの人は、何も面白い事じゃないのにフッと笑った。

「我儘だとはわかってるさ。だけど、」
「いいですよ。どんな方法にします?銃が無難かと思いますけど……」

わたしの問いかけに答えが返ってこない。きょとん、と目を丸くしている降谷さんがそこにいて、口は間抜けにも開いていた。

「えっ、それ驚くところですか?」
「いや……そうか、そうだよな。お前は安室透はあまり好きじゃなかったから」
「そんなことないですよ」

本当にそんなことはない。だけど、安室透をちゃんと線引きしなくちゃ降谷さんを見失ってしまうような気がしてならなかった。本人が見失っていないことはわかってる。これはわたしの一方的な思い込み。……ああ、でも。わたしに終わらせてほしいってことは、少なからずその考えは本人の中にもあったのかもしれない。

「うまいこと紛れたまま最後までやり通して、安室透はもういませんって言ったって実感は湧きませんよね」

実は偽名でそんな人は存在しないのだと宣言しても、降谷さんが演じていた間は安室透という人間は確かに存在していた。もうお終い、そう思ったって区切りなんか簡単につけられない。

「バーボンも、安室透も、わたしが殺してみせます」

そしてこの先ずっと、貴方は降谷零なんですよって、安室透を終わらせたわたしが証明し続けていくの。

「ああ……頼んだよ、吉川」


*

呆気なく倒れこんだ安室透。わたしが終わらせた安室透。長く彼を演じてきた降谷さんは、こんな数発の銃弾でもう一人の自分を終わらせられるのだろうか。……なんて思ってた自分がバカみたいなくらい、起き上がった降谷さんは吹っ切れたような表情をしていた。血糊がべったりついて、見た目はなかなかに過酷な状況だけどね。

「ベルモットは3番に向かってますね?」
「ああ。そして、ジンもそこへやってくるだろう。そして、さっき逃がした男が安室透の死を奴らに語ってくれるだろうさ。それで、コナンくんと赤井は?」
「計画通り3番でベルモットを待ち伏せています」

1番倉庫を後にして走る。3番でベルモットを出迎えるのはコナンくん。そう、彼女は彼を殺せない。手を出せずにいるベルモットを無力化させる役目が赤井。そして、これから3番へ向かうわたし達。崩壊寸前の組織と誰彼構わず殺すことに戸惑いのないジン、コナンくんを守ることのできるわたし達。どちらを選ぶべきかなんて嫌でも理解できるはず。ベルモットにわたし達を選ばせるんだ。

もう少しで3番倉庫の裏手に回れそうな時だった。銃声と、突然の痛みがわたしの左足を襲った。バランスが崩れて、地面に倒れこむ。どこかから狙撃されたみたいだ。建物の陰に隠れて傷を確認する。大丈夫、深くない。まだまだ走れるよ。

「吉川!!」
「大丈夫です。だから、降谷さん」
「っ……ああ。約束だったな……」
「はい。約束、守ってくださいね」

座り込んだわたしの肩を手を置いていた降谷さんが、ぎゅっと抱きしめてきた。抱きしめる強さも、名残惜しさも、観覧車の時と変わらない。それでも、あの時と今では確実に違う。今のわたしにはちゃんとあるんだ。覚悟も、この先の未来への執着心も。前みたいにただ置いて行かれるだけで終わってたまるかってね。

「絶対に迎えにいく。だから、後で必ず会おう」
「はい!また後で会いましょう!」

もう後ろ姿は見送らない。互いに背を向けて走り出した。わたしが走り抜けた後を追うように弾丸が飛んでくる。よかった、降谷さんの方にいかなかったみたい。3番に近づいて、ベルモットたちの援護に入られても面倒だ。建物の陰に隠れて、スマホで部下に指示を出す。狙撃をしやすいポイントはFBIが抑えていたはずだから、そこを突破されたか、はたまた別のポイントを割り出されたか……。まあ、赤井じゃないしすぐ仕留められない程度の腕前ならなんとかいける。近隣の交通規制に当たっている人員を割いたところで突如大きな爆発音が鳴り響いた。

「!!」

今日の取引では爆薬は積んでなかったはずなのに。再び起きた爆発音。巻き起こる風に押し負けそうになって、地面に膝をついた。

「この爆発、3番の、」

気づいたら走らずにはいられなかった。この煙の中じゃ狙撃なんてできっこない。降谷さんが走っていった方向を追うように進んでいくけれど、爆発で崩れてきた建物が行く手を阻む。回り込んで3番倉庫に近づくと、瓦礫の隙間にしゃがみこむ女を見つけた。

「……ベルモット」

互いにボロボロになって煤けた顔で睨みあう。彼女の足元には瓦礫が覆いかぶさっていて、うまく引き出せないでいるようだった。ベルモットの足元に近づいて、瓦礫を持ち上げた。複雑に重なり合っていてうまく外せない。

「さっさと殺しなさい」
「殺しませんよ。貴女にはまだまだやってもらうことが山積みなんですから」
「……そうね。アナタたちは殺さないわ、シルバーブレッドもエンジェルも」
「それが改めてわかった所で反抗するつもりですか?もっと賢いと思ってたんですけどね。崩壊するとわかりきってる組織に縋りつくよりも、彼らを確実に守れるならそれを選べばいい」
「これだけ人を騙しておきながら、よく言うこと……。あの男、絶対許してなんかやらないわ。死んだって聞いて、まさかと驚いてみれば飄々と現れるなんて、」
「味方じゃない、って言ってませんしね。それに"安室透"はもういませんから……」

「貴女の大事な人たちを手にかけるどころか、身を挺して守ろうとしてるんですよあの人は。だったら、貴女の取るべき選択は決まってますよね?」

足を浮かせられるだけの隙間ができ、素早く抜き出したベルモットはわたしに体当たりをするように懐に潜り込んできた。それからホルスターに差し込んでいた拳銃を奪い取り、わたしの額に銃口を突き立てる。

「甘いのよ。公安も、バーボンも、シルバーブレッドもエンジェルも……」

今もどこかで聞こえる崩壊する音と、何かが飛び込んだような大きな水の音。激しさが増していくそれらを切り裂くように、一発の銃声が鳴り響いていった。




終わりが繋ぐ僕らの未来

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