憧憬/降谷零


最期の舞台を組み立てる


タイミングを計るんだ。

「戦いの最後の鍵を握るのはまぎれもなく彼だろうね」

わたしの放つ弾丸が相手を捕えられるように、……この人を守り切れるように。


*

降谷さんは準備を怠らないタイプ。綿密な計画に確認。情報を駆使してそれを短いスパンでやり遂げる。懸念材料があれば代案も用意するし、それへの変更も厭わない。その降谷さんが苦い顔をしてこの案に乗っているということは、やっぱり避けては通れない道だった。

「予定の時刻まで1時間も早いだろう!」
「放っておこうとしたんですけど風見さんが押し負けてるそうなので……!」
「違法捜査しまくりな上に、約束も守らないなんてこれだからFBIは!」

会議室へと忙しなく足を運ぶわたしたちをすれ違う同僚たちが訝し気に視線を送って来た。え?わたし?違う違うわたし何にもやらかしてませんって!別件で外に出ていたわたしに風見さんから連絡があったのは十数分前。どうやら招いていた客人たちは予定時刻よりも早く来た上に降谷さんをさっさと出すように要求してるらしい。なにしてんだFBI。心の中で文句を言いながら急いで警察庁に戻れば、同様に駆け付けた降谷さんと鉢合わせた。互いに顔を見合わせた直後にハアアと深い深い溜息をつく。思ってることは同じみたい。ふざけんなFBI!

会議室に入ると、ずらりと並ぶFBIとコナンくんの向かい側に座ってひとり溜息をついている風見さんがいた。

「おそいぞ吉川!」
「いやいや早く来たのあっちじゃないですかー!それにわたし車とばしてきたんですよこれでも!しかもわたしだけ?!」
「安室さん!紗希乃さん!」
「やあ、よく来たねコナンくん」
「ごめんなさい、予定よりかなり早かったんだけど早く動いた方がよさそうだと思ったんだ」
「なにか動きがあったんだね。……まあ、ひとまず始めるとしようか」

コナンくんに手を振ってから、降谷さんを中心にして左右を風見さんとわたしで埋める。ふたつのテーブルを挟んだ向こうに並んでいるのは見知った顔と、初めて目にする人物たちだった。

「まずはコナンくんに同行する許可を頂けた事へ感謝を。私は連邦捜査局捜査官のジェイムズ・ブラック。ご存知だろうが、彼は赤井秀一。隣りがジョディ・スターリングにアンドレ・キャメルだ。」
「警察庁警備局警備企画課の降谷零です。潜入時は安室透と名乗っています。外では安室透で呼んで頂きたい。そして、となりは部下の風見裕也と吉川紗希乃。今後あなた方との連絡はこの2人を通す予定になっているのでよろしく」

降谷さんによる紹介に合わせて軽く会釈すると、赤井がふっと笑ったような気がした。絶対に馬鹿にしてる。睨みつけてやったら、訝し気にジョディ・スターリングがわたしを見ているのに気付いた。そういえば杯戸小で降谷さんはFBIの二人に喧嘩売ってたっけ。それの部下だと思ったら面白くないのかも。

「えーっと、僕も挨拶した方がいい……?」
「その心配はいらないよ。今回はもともと君だけを呼んでたんだしもっとリラックスしていいんだ」
「僕が一緒に来てって言ったんだ。だから、FBIの人たちは悪くないよ」
「大丈夫だよコナンくん。どうせそこの人が無理を言ったんでしょ」
「心外だな。まるで俺がいつも無理難題をボウヤに与えてるかのような言い分だ」
「わたしの中じゃ押しの強いイメージしかないんですけど自覚ないんですか?」
「吉川」
「はーい、すみません」

やっぱり笑ってる。そして相変わらずジョディ・スターリングはこっちを見てる。

「君をここへ呼んだのは他でもない。例の組織の壊滅に向けてこっちから動こうと思っていてね。それに協力を要請したい」
「……僕に?公安から?」
「その通り。君のこれまでの功績を考えるとおかしくないだろう?それにね、」

「君は組織壊滅への切り札だから」


*

「そのまま続行でお願いします。ええ……、また定時連絡で」

喫煙所のパイプ椅子に座って、スマホの画面をタップした。ひとり座って紫煙を長く長く吐きだす。どちらかというと探る仕事の方が多いわたしはじろじろと見続けられることにあまり慣れていない。隠しもしない視線を真っ向から浴びて疲れないわけがなかった。
コナンくんを組織壊滅の切り札として協力体制に持ち込もうと思いついたのはそう最近の話じゃない。きっと降谷さんの中では大分前からその考えはあったんだと思う。わたしはこの前のベルモットの件があって思いついただけだったけど。

「クールキッドを切り札にしないと挑めないなんて日本警察はよっぽど人材不足なようね」

一人だけだった空間に香水の香りが立ち込める。相変わらず視線は縫い留められたようにわたしから外れない。香りをかき消すように甘い煙を吐き出した。

「FBIもよそのこと言えなさそうですけど」

というのも顔合わせのような会合を一旦きりの良いところで終えて、降谷さんとコナンくん、そして赤井の三人だけ別室で話し合うことになった。なぜこの三人のみなのか?答えは簡単。組織壊滅にあたっての核になるのがこの三人だから。この三人でどう組織を攻めていくのかを話してる。彼らの上司のジェイムズ・ブラックは別件で帰ったのに、残りの二人は手持無沙汰だろうに帰らなかったみたい。早くに呼ばれてほっぽって来た仕事の確認をしつつ喫煙所に篭っていたら彼女が現れた。

「シュウがアナタの事を協力者だと言っているけど本当なの?」
「個人的にはコナンくんに手を貸してるだけですよ」
「……シュウ自体に貸したくないってことかしら」
「ええ、まあ。わたしの上司とそりが合わないようですし?ああ、それに人のこと馬鹿にしますし。さっき見ました?貴女はなぜかわたしを見るのに一生懸命だったので気付かなかったかもしれませんけど、結構笑われてたんですよあの人に」

小さくため息をついた彼女が近くにあったパイプ椅子に腰かけた。なんで座るの。煙草を差し出してみればジェスチャーでいらないと伝えられた。だったらなんで居座る。

「信用のおけるルートだっていうからてっきりシュウが手でも出して利用してるんじゃないかって思ってたけど、どうやら違うみたい」
「っごほっ!はあ?!なんでそんな話に……!?」
「クールキッドがどうやら二人は二人だけで情報交換してることもあるみたいだって言ってたのよ。公安で手を貸してくれる人間なんてそういない。だったら何かあるんじゃないかって疑っても変じゃないわ」
「いやいや変ですって。ありえない。コナンくんが常に仲介しなかったら成り立ちませんよ」
「よく考えたらそうなのよね。だから、気になってたワケだけど……あのバーボンが公安だなんて今でも信じられないけど、妄信してる様子見て安心したわ」
「妄信なんてしてない。普通に尊敬してるだけ!」
「あら。リードを握ってるのは彼。完全に飼い犬だったわよアナタ」
「犬!自分で思うのならまだしも人に言われるのは不愉快ですねぇ……!犬じゃなくてちゃんと人として隣りに立ってますよ」
「……ねえ、もしかしてだけどアナタたち、」
「皆まで言わないでください」
「二人とも何やってるの?」

喫煙所の入り口に苦笑いしたコナンくんが立っていた。未成年が入っちゃダメだぞ〜と煙草の火を消して外に出ると、「赤井さんと安室さんが口喧嘩して止まらないから助けてほしいんだ」とコナンくんは呆れたように頭をかいていた。いい大人がしょうがないね、と言いながらもわたしも参戦しかねないということは黙っておいた。……仲介頑張ろ。ジョディ・スターリングも一緒にコナンくんと会議室へ向かう。

「コナンくん、降谷さんからわたし達の今後の動き聞いた?」
「うん、聞いたけど……紗希乃さんはいいの?」
「大丈夫だよ。だって仕事だから」
「仕事だって言ってもさ、」
「優しいねコナンくん。わたし達は君を最前線に押し出そうとしてるってのにこっちの気を使ってくれるんだもん」

大丈夫だよ。そう笑いかけてみせれば、困ったようにコナンくんは笑い返してくれた。

「心配しないで。わたしがちゃんと、安室透を殺してみせるから」




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