憧憬/降谷零


上手くはいかない報連相


組織壊滅に踏み込もうとしている日がすぐそこへとやってきたその日、神妙な面持ちの風見さんが珍しく外で昼食をとろうと誘ってくれた。別に断る理由もないからついてきたわけだけど、なんだかソワソワして落ち着きがなく見える。瞬きの回数は多いし、腕をくんで指をトントン動かしてる。ランチがおいしいと評判のカフェにやってきたのがまずかったかなあ。風見さんこういうとこ来なさそうだし似合わないもんね!

「お前は俺に何か報告すべきことがあるはずじゃないか?」
「はい?」

報告すべきこと?胸に手をあてて考えてみた。……めちゃくちゃあるけどどれも到底言えないわ。この前のベルモットに挑んだ時にいろいろと報告できないようなことをやっていたわけだし。あれ?もしやそればれた?ばれるとしたら降谷さん経由?なんでばらしたのあの人!

「許すまじ降谷さん……!」
「やっぱりか」
「……怒らないんです?」
「怒ってどうする。むしろホッとしたくらいだよ」
「なぜ?!」

怒らないはずない。いつもの風見さんなら危険だと絶対怒るに決まってる。てことは何か思い違いしてるのかもしれないな。いったい風見さんは何を報告してないと思って……あ。

「どうした、突然顔隠したりなんかして」
「いえ。そうですよね、報告。確かにそうですよね報告。というかこれは最早報告するようなものなのか、というかなんていうか報告……!」
「とりあえず混乱してるのはわかったから落ち着け」

そうだ。風見さんをはじめ警備企画課の先輩方は降谷さんとわたしをどうにかしようとちょっかいをかけてたっけ。つまりはお前らやっとうまく行ったんだろオイ報告しろよなーってことなわけだ。

「ちゃんとくっついたんだろう?」
「まあ、一応」
「一応ってなんだそれは」
「思えば明確な言葉でのやりとりはしてなかったなあ、と」
「は?」
「互いに大切な人だとわかってますし、向き合いはしたので言葉にわざわざしなくてもいいかなって思うんですけど、だったら今の関係は何と呼ぶのだろうって感じはありますね」
「お前らは本当に……!」

風見さんが頭を抱えて唸り始めた。この様子だと他の先輩方から調査してこいと指令が下ってるのかも。ぶつぶつと何か呟いてる風見さんがちょっとこわいのは黙っておいて、届いたオムライスを頬張ることにした。

「俺はな、降谷さんは当然幸せになるべきだと思っている」
「右に同じです!」
「並ぶな馬鹿か。お前はこっち側じゃないだろうが!」
「はあ」
「降谷さんは幸せになるべきだし、降谷さんが幸せにするべきだ」
「……わたしを?」
「それ以外いるかよ」


「だから、お前があの人を幸せにさせて、幸せにしてもらわなくちゃ俺も他の奴らも安心できないんだよ」


*

「言葉がないのってそんなに不安にさせるものなのかなあ」
「驚いた。進展あったのね、あなたと彼」
「まあ一応ね」
「待って。紗希乃さん、それここで話していい話?」
「ここには哀ちゃんとコナンくんしかいないじゃない。それともなに?阿笠邸は盗聴器でも仕込んでるの?」
「そ、そんなことあるわけないじゃん!そうじゃなくってさ、僕が混ざっていい話なのかなあって思って……!」
「あら、今更ね」

コナンくんに協力要請をしてから、さらに協力者として阿笠博士と灰原哀ちゃんの協力も取り付けた。それで博士に用がありやって来たのはいいけれど、別件で外に出てるんだそう。すぐ戻ってくるからと、哀ちゃんとコナンくんとお茶をしている。

「言葉が足りないことを気にする人はいつまでも気にするわよ」
「や、違うんだ。あの人じゃなくてね、周りがね」
「そんなの当人同士が良ければどうでもいいじゃない」
「うん。けど、きっと曖昧に見えるんだろうね。好きとか愛してるとか言葉にしてないからさ」
「今の仕事の状況でちゃんと言葉にされたら逆に心配になりそう」
「そうなんだよ。ただの死亡フラグが立つだけなの。曖昧で十分。それじゃ足りなくなる時が来るんだろうけど、それが来るまえにカタをつけなきゃ足りないとか言ってられないしね〜」

ただでさえ降谷さんの立ち位置はすべてが死亡フラグになりかねない。愛の言葉は魅力的だけど、だったら今は欲しくない。そう思うのは我儘なのかしら。さっきからだんまりしているコナンくんはずっと苦笑いしてる。それからスマホを取り出して、画面を覗きはじめた。

「阿笠博士から?」
「……ううん。蘭姉ちゃんから……!」
「へえ。もう部活おわったのかな」
「う、うん。ところで紗希乃さんってさ、安室さんと最終的にどうなりたいのかなーとか僕気になっちゃったりするんだけど、」
「どうなりたいか、かぁ」
「ほら、結婚したいとかさ?」
「結婚……」
「もちろん組織のこととか仕事が落ち着いたらだろうけど、結婚したくないわけじゃないでしょ?」
「うん、そりゃあね」

単純に想像つかないだけなのだけど、結婚という形式がわたしたちに必要なのか、とか降谷さんがしたいのか、とか色々浮かんでは消えていく。この現代社会、結婚しないと幸せになれないわけじゃない。

「でも、ずっと傍にいていいよって約束してくれるだけでも十分かもしれない」

その約束が結婚という形だったら最高だな、なんて思っている。もちろんここではそんなこと言わないけどね。だって、わたしが結婚したいくらい大好きな人は目の前の二人じゃなくって、降谷さんただひとりだもん。




上手くはいかない報連相

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