憧憬/降谷零


誤魔化す事は慣れている


杯戸駅からの見慣れた道を一人歩く。いつまで経っても変わらない。そう言いたいところだけれど、よく見てみると色んな所が変わっていた。すぐそこに電話ボックスがあったのに今じゃ何も置いてない。郵便ポストだって無くなってた。ああ、そういやもう少し先にできたコンビニに移動したんだっけ。

「あらぁ、紗希乃ちゃんじゃない〜!」
「こんにちは。お久しぶりですね。お元気されてました〜?」
「もう年にはなかなかねぇ。お母さん元気?」
「とっても。もう少し静かになってくれてもいいくらいですよー」
「あらまあ。やっぱり吉川さん一家にはこっちにいてほしかったわ。最近は住宅街の再開発だとかで新築ばかりになっちゃってねえ」
「そういやうちの隣りも工事してましたね」
「そんなのとっくに終わったわよっ。そんなことより、ここで会うなんてどうしたの?」
「家に物を取りに行こうかなと」
「家って言ったって売っちゃったでしょう?」
「いえ。借家にしてるんですよ。家賃安くする代わりに倉庫と納戸はうちの荷物をそのまま置かせてもらってて」
「へーえ。そうだったの」
「ま、あんまり寄ることはないので特に周りに言ってないんですけれどね」
「そうよねぇ。知らなかったから、この前来た美人さんにもうこの街には来ないんじゃない?って言っちゃったわ」
「へえ。美人さんって?」
「吉川さんたちの知り合いだって言ってたけど」
「あ。あー……そういえば。その人外国人でした?」
「そう!とっても綺麗でね、女優さんか何かかしら?!」
「大学時代の友人かもしれません。国に帰ってから連絡あまり取れなかったのでー」

それじゃあ。と話したりなそうな近所のおばさんに別れを告げて歩き出す。人の口に戸は立てられないとはよく言う。計画通りに進んでいると思えば足取りが軽くなった。数軒先にある青い屋根の家を目指して進んでいく。そこにある見た目は普通の一軒家。『篠原』と書かれた表札のすぐ下に付いているインターホンを鳴らしてから、返事を待たずに鍵を開けた。

「お疲れ様です。これ、差し入れですー」
「お気遣いどうも。首尾はどうですか先生」
「いや、あの、だからその先生というのは……」
「こうでも呼ばないとどこかでボロが出ましょう」
「まあそうですが」
「なに。よい大学を出た、頭のいい人として先生と呼んでいるとでも思ってくださいな」
「……譲らないってわけですね。仕方がない。それでご主人は?」
「上に。連絡中だそうですよ」
「なるほど。それでは1時間後くらいに出ます」
「迎えを呼びますか?」
「いえ、必要ありません。それと……明朝までわたしから連絡がなかった場合は本部へ一報入れて頂けますー?」
「動きが御有りで?」
「もしも、のためですよ」

2階の角部屋に入る。段ボールだらけのそこで、無造作に本の積まれたソファに近づいた。掃除はしてくれているらしい。らしい、というのはここに来たのが本当に久しぶりだったから。この一軒家は実際にわたしが住んでいた家だった。大学進学と共に一人暮らしをしたから高校生までこの家に住んでいた。
わたしの実家として存在していたのは昨年の頭まで。姉が結婚して家を出るのを機に、一人じゃ広すぎるでしょ〜なんて言い包めて母を説得しマンションへ引っ越しを勧めた。姉の家の近くならばいずれできる孫とも会いやすい、と姉も巻き込めば簡単に事は決まってくれた。それでは実家の家はどうするのか?答えは簡単。わたしの知人に売ったことにして、警察庁で買い取った。つまりこの家は警察庁の保有物件。そこへ住むのは協力者。彼らは出版社として保有している情報屋を介して仕事を行ってる。ソファに身体を預けて積んである本に手を伸ばし、懐かしいなあ、なんて頁をめくり続ける。あっという間に過ぎた時間を知らせるアラームを止めて、身体をうんと伸ばした。さて、と……

「行ってみますかー」


*

近くのコンビニの前にある喫煙所。今日降谷さんから返してもらったライターを探してバッグに手を入れたところだった。目の前へ白い手が静かに現れる。真っ赤なネイルが輝く指先に握られたライターから元を辿れば「どうぞ?」と楽し気に笑うあの女がいた。

「……どうも」
「随分甘ったるいのが好きなのねアナタ」
「貴女は好きそうじゃありませんね、こういうの」
「そう?案外、何でもいけるクチよ」
「へえ、そうなんですか」
「興味ないのね、ふふ。アナタの立場からすれば私の情報はどんなものでも欲しいんじゃないの?」
「……どうせ本当の事は教えないクセして良く言うわ」

面白い物を見たと大笑いしているベルモットを流し見ながら長く息を吐いた。笑うの長すぎだって。吸いかけの煙草を灰皿に押し付ける。

「ちょっと顔貸してくれません?今日一日ずっと付けてたんだから、それくらいしてくれたっていいでしょう?」
「気付いてたのね。だからわざわざ偽の家に帰ってこんな面倒なことしてたのかしら。ああ、それか彼を警戒していつもこうしてるの?ご苦労様。でもね、つけてたのはずっとってわけじゃないのよ」
「どうせ安室さん通して聞いてたでしょうに」

それじゃあ、行きましょっか。わざと笑ってみせればベルモットは不快そうに眉を顰めた。




誤魔化す事は慣れている

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