憧憬/降谷零


沈黙が欲しいあれやこれ


わたしが降谷さんに赤井とのことを隠しているように、降谷さんもわたしに隠し事があるはず。風見さんは知ってるかもしれないし、局長にしか話してないかも。むしろ誰にも話さずにいるかもしれない。疑っているわけじゃなくて、黙っているのが必要だから口にしていないだけだとは思う。そう、例えば……

『だめよ、エンジェル……貴女は入って来てはダメ』

ベルモットについて、とかね。

*

コーヒーの香り。久しぶりに嗅いだ美味しそうな香りに胸が高鳴る。カランカラン、と入店の報せに作った降谷さんの笑顔がピタリ、と止まった。あはは、絶対怒ってる〜。いらっしゃいませも言ってくれず、ぎこちなく笑い続ける降谷さんの後ろから現れたのは梓さんだった。

「わあ!紗希乃さんお久しぶりです〜!」
「お久しぶりです、梓さん」
「最近全然来てくれないから心配してたんです」
「仕事が忙しかったの。体はなにも問題ないですよ」
「ちがうちがう!そうじゃなくって〜」

ちょいちょい、と手招きされて身を寄せれば耳元でこそこそと梓さんが話し始めた。

「蘭ちゃんたちに聞いたんです!なんでもわたしの偽物がでたとか!」
「偽物?」
「あーやっぱり!紗希乃さんにちゃんと説明してくださいって安室さんに言ったのに!してない!」
「いえ。聞いたような、聞いてないような」
「わたしの偽物が安室さんにベタベタしてたって蘭ちゃんたちが言ってたんです。だから、それを見てお二人が喧嘩でもしたんじゃないかと……」
「喧嘩なんてしてないよー」

仕事が忙しかっただけだから、と伝えても、本当に違うんですよ!と何度も念を押された。それからカウンター席へ案内されて、もう上がりらしい梓さんは裏へと消えていく。

「引きこもっていてもきりがないなあと思いまして」
「……何も言ってないけど?」
「目が言ってますよー。なんで来たんだって」
「そうか。それじゃあ、なんで来たんだい」
「だから、引きこもってもきりがないと」
「その続きは?」

何か策がなければ動いたりなんてしないだろう?と言外に聞こえる。あれ、思ったより怒ってないのかしら。それなら言ってしまいたい。けれど今度こそ怒らせてしまいそうだし、何よりも成功させるためにはここで踏みとどまらなければ。ごめんなさい、降谷さん。頑張るのでそれまで報告待ってください!腕時計を見て、助けをねだりそうになるのを飲み込んだ。もうすぐだ。あと、もう少し、……降谷さんの視線がドアへと移る。今だ。カランカランと鳴るドアと共に息を吸い込んだ。それから、口角を持ち上げる。

「安室さん、来週わたしとデートしてくれませんか?」
「……は?」

目を見開いたまま呆気にとられている降谷さんとわたしを見比べて、ポアロの入り口で黄色い声を張り上げているのは蘭ちゃんと園子ちゃんだった。

「安室さん!当然返事はイエスでしょ!」
「そうですよ安室さん!仲直りのチャンス!」
「だから喧嘩してないんだってばー」
「蘭さん、園子さん、落ち着いてください!」
「こーれが落ち着いてられるもんですか!紗希乃さん、この鈴木園子全力で応援するわよーーっ!!東都水族館が再リニューアルするからそこで、」
「水族館はいい思い出ないからやめておこうっかなあ」
「ええー!だったらベルツリーの……」

勝手にわたしと降谷さんのデートプランに花を咲かせる女子高生二人をなだめつつ、テーブル席へと誘導する。

「それで、お返事はいかがです?」
「いいけど、」
「けど?」
「あのな、そういうのは……」
「いつも安室さんから誘ってくださるので、たまにはと思ったんです」

裏で荷物をまとめていた梓さんまで加わって、デートプランを練ることになった。ジャケットのポケットの中でスマホが短く振動した。話がヒートアップしている三人に耳を貸しつつ画面を覗く。

『後で説明してくれ』

カウンターの中でグラスを拭いている降谷さんからのメッセージだった。説明しろ、と命令しないあたり予想外の行動だったらしい。『本当にデートに行きたかっただけですよ』と返すと、カウンターからじっとりと睨まれる。ふふ、なんか悔しそう。初めて見る降谷さんに少し楽しくなってしまった。だめだめ踏みとどまれわたし。

『普段のわたしたちじゃ行かなさそうなところに行きたいですね』

それと、入るのに条件がある場所とそれがあまりないところ。そこまで言ってしまったら降谷さんは気付くだろう。もう勘づいてはいるんだろうけども。さーて、どこに行こうかなあ。普段出かけないと選択肢が少なくて困っちゃう。蘭ちゃんたちをポアロに呼んどいてよかった。事前にポアロでお茶をしませんかと連絡したら『15分くらいでつきます!』と返事が来た。二人は時間を守る子たちだし、何なら久しぶりに会うからと急いで駆けて来たら少し早く到着するだろうと踏んでいた。まさにその通りで上手く進んでくれて嬉しいよありがとう!胸の内で二人に向かってお礼を言っていると、蘭ちゃんがスマホの画面をわたしの目の前に差し出した。

「ねえ紗希乃さん、こことかどうですか?」
「へー!行ったことないなあ。三人ともあるの?」
「前に駅前にできたとこに蘭とガキンチョと行ったよ!駅前だから狭かったけど、安室さんが車出せるんだから、少し外れの方に行けばもうちょっと規模が大きいとこあるかも」
「とってもかわいかったですよ!おすすめです!どうです?試しに行っても面白いかもしれませんよ」
「うん。ちょっと興味ある」
「だってさー安室さん!」
「ホォー……僕も行ったことはないですね」
「だったら決まりね!」




沈黙が欲しいあれやこれ

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