憧憬/降谷零


そう簡単には変わらない


「それでは風見さん。吉川はしばらく出版社の方に籠りますので〜」
「……は?」
「局長の許可は得てますし、降谷さんにもさっき連絡しました」
「何かあったのか?」
「念のためですよー」
「ちゃんと説明しろ」
「ベルモットと接触しました。今後何かしら探りが入るんじゃないかと思いまして」

冷えた頭で捻りだした答えはいたってシンプルだった。世の中へ本業だと公言している出版業に勤しめばいいだけ。もちろんフリなんだけども。

「安室透と知り合いってだけで十分胡散臭いですよねえ」

ただのクライアントというには安室透の周辺と仲がいい。白だ黒だと向こうが判断するまでの時間稼ぎにしかならないけれど、向こうの出方がわかるまでは引きこもるしかない。

「いつもの写真持って降谷さんにつきまとってればただのストーカーになれるぞ」
「わーい普通に捕まる奴ですそれ〜。しかもわりと今笑えないという……」
「お前どうしたんだそんな神妙な顔して」
「そんな顔してます?」
「変な顔だ」
「風見さんてば酷いなあ」
「何か馬鹿らしいこと考えてる時の顔だな」
「馬鹿らしい?」

ムッとしてしまったのが自分でもわかって、慌てて取り繕っても時はすでに遅かった。風見さんの決して大きくはない目が見開かれてる。昨日の降谷さんと同じだ。ふたりとも驚いたような顔をしてわたしを見下ろしていた。お前は馬鹿だなあと、半ばあきれる様な表情をされることはあっても驚かれることなんてほとんどない。それが連日に渡って驚かれるとは相当おかしい。

「すみません。ええっと、何というか、その」
「本当にどうしたんだ?降谷さんと何かあったのか?」
「なんでそこで降谷さんが出てくるんですか……!」

瞼を閉じるとちらつく、親し気に寄り添う姿。本物じゃないんだってば、と自分に言い聞かせるように念じても都合の良いように事は進んでくれない。よく聞いて頂戴よわたしの頭。そんなことで意識を掻き乱してどうするの。

「何があったか知らないが、普段あまり顔に出ないお前がそんなあからさまにしているのは普通に気になるだろうが」
「……顔、そんなにでてました?」
「思いっきりな」
「うわぁ。ほんとすみません。いやでも普段からあえて隠そうとしてるわけでは……」
「それでも、本心は顔に出さないだろう」

全てが顔に出るようではこの仕事は務まらない、と思ってはいる。確かに思ってはいるんだけど意識して出さないようにしてるわけでもない。コナンくんにも先日、嘘か本当かわかりにくいって言われたなあ。わたしはそんなにわかり難いのかしら。いや、そうじゃないか。本心を見られるのが、恥ずかしいだけだ。

「大丈夫です。頭を整理する意味も兼ねて、あっちに籠ります」
「……無理はするんじゃないぞ。報告はちゃんとあげろよ」
「はい。ありがとうございます」

コツコツとわたしの歩く音だけが廊下に響いていく。荷物をたくさん詰めたバッグがとても重たい。誰もいないエレベーターに一人入って、隅の方にもたれかかって目を瞑った。

そりゃあ降谷さんのことは好きで間違いない。愛してるって言ったら大袈裟かもしれないけれど、遠くもない。その好きや愛してるって感情が一筋縄ではいかなくてわたしの頭の中で延々と絡み合って回転し続ける。ただの甘えを愛と履き違えてるんじゃないのか、現実逃避してるだけなんじゃないのか、なんて思考が頭を占領していく。羨望だ憧れだと思い込んで蓋をできている気がしていただけだ。半端だと気付いた時に軌道修正していればよかったの?でも、どうやってするんだそんなこと。ここ最近に起きた出来事が頭の中でフラッシュバックしていく。

「あー……だめだ、好きだ。根本的にどう転んでもそれは変えらんないわ」

この気持ちが降谷さんの邪魔をする可能性があるってわかってるけど、やっぱり好きだ。





そう簡単には変わらない

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