憧憬/降谷零


冷えてく視界に映るのは


居心地?そりゃもう最悪ですよね。しかも、ライブ会場の係員の通報によって慌ただしく駆け付けた目暮警部と高木刑事をわたしが出迎える形になってしまって余計に空気がよくない。中にいてもしょうがないからとホールから出てしまったのは失敗だった。

「また君かね!」
「お言葉ですが、それを言う相手は彼らの方がもっと相応しいと思いますよー」
「彼らもまた居るのか……」

お疲れ様です、と会釈する。ここで敬礼なんてしてしまったらベルモットに怪しまれてしまう。彼女からしてみたら、安室透と面識がある時点で十分に怪しい対象になってしまってるんだろうけど。こそこそと高木刑事がわたしの耳へ顔を寄せてきた。

「仕事ですか?」
「いえ。完全にプライベートだったんですけどね。まさかこんなことになるとは」
「……お休みの時もスーツで?」
「直前まで休日出勤してたんですよ。ライブのリハーサルを見せてくれるって言うので切り上げて直行しただけです」

だから何も怪しいことはしていません。両手をひらひら振ってみても高木刑事はまだまだ疑っているみたい。流石に今回の容疑者だと疑ってるわけではないんだろうけど、信頼ないなあと笑いそうになった。ま、元から信頼されるほど関わりはないからそんなもんか。

「現場、案内しますよ。そこのドアを―……って、安室さん?」

高木刑事を案内しようと振り向くと、目の前には黒ジャケットと白いシャツ。上に目線を辿れば、やっぱりどこか怒ってるように冷えた青がふたつ並んでいた。それからわざとらしさ最上級の笑顔が形作られていく。

「高木刑事の到着が遅れているようだったので」
「迎えに来てくださったんですか!すみませんすぐ行きます!」
「目暮警部は先についてますよ。そこのドアから入って、まっすぐステージに進んでください」
「わかりました!ありがとうございます安室さん。それでは篠原さんもまた後ほど!」

バタバタとホール内へ入って行く高木刑事を横目で流し見ている降谷さん。行かないのかな。いつもなら真っ先に推理しに現場に張り付いてるというのに。

「……この前の連絡はこの件だったのか?」
「ええ、まあ。わたしより貴方が来た方がスムーズかと思いまして」
「何で奴がいるって言わないんだ」
「だって先約があると聞いてましたし」

先約があるのであれば沖矢昴がいようがいまいが来れないだろうと思って伝えてなかった。怒ってるのはそのことか。

「……連絡が不十分で申し訳ありません。次からは気を付けます」
「そういうことじゃ、いや、そういうことでもあるけど」
「それより早く戻らないと!」

怪しまれますよ、と極力小さく声をかければ降谷さんは小さくため息をついた。さっきまでの瞳の冷たさは少し和らいだようにみえる。

「分かってるようでよかったよ」
「ぜんっぜんよくないです」
「は?」
「は、じゃないですよっ。中身が何であれあんなに……」
「あんなに?」

わたし、降谷さんに何言おうとしてた?慌てて口を自分の手で塞ぐ。降谷さんの腕にすり寄るようにして身を寄せる中身がベルモットの梓さん。見てはいけないものを見てしまった気しかしないのに、わたしの出来の悪い両目も脳もしっかりと見て記憶してる。確かに面白くなかった。けれど、降谷さん相手にこんなこと言うつもりなんてなかったのに。思わず言いかけたそれを途中で止めても無意味だった。

「お前いま、」

瞬きを忘れたように開かれた目がじっとこちらを見下ろしている。

「安室さーん!どうしたんですかー?」

梓さんの声がホールの方から聞こえる。

「呼んでますよ安室さん」
「ああ、そうだけど、」
「行ってください」

すこし渋る降谷さんの背中をぐいぐい押して、ホールの入り口へと向かわせる。顔を合わせなくて済むように下を向きながらだったから降谷さんがどんな顔をしているのかなんてわからない。「安室さん!いなくなったと思って吃驚しちゃいましたよ」と梓さんの声が聞こえる。あー、むり。だめ。ホールの入り口から離れて、壁にもたれるようにしてしゃがみこむ。両手で顔を覆うようにすれば目の前が真っ暗になった。

「うぅ……」

そりゃあ、あの人は見た目が良いから女の人に言い寄られるところを全く目にしたことがないわけじゃない。むしろいっぱい見てきた。内心面白くなくって嫌な気分になることももちろんたくさんあったけど、

「なんで言おうとしてんだわたし……」

顔に出ちゃったりとかしてたときはあっただろうけど、こんなに思いっきり嫉妬してますって本人に見せつけるようなことしたことなかったのに。恥ずかしすぎる。隠せてないし。絶対にあれは気付いた。わたしが嫉妬全開だって気付いてた。わかってしまったかもしれない。部下としての嫉妬なんかじゃないってことも、これまで何となく気付いてて流し続けてきたことも、わざとふざけて写真を集めてみたりなんかしてただの憧れだと逃げてたことも。

「大丈夫ですか?」

すうっと、背筋が冷えていく。さっきまで恥ずかしさで火照っていた熱も一気にひいた。この声は、足は、洋服は、

「梓、さん……」

ベルモットが目の前に立っていた。梓さんの顔で心配そうな顔を作って、わたしを見下ろしている。

「体調悪いんですか?無理もないですよ、何せ人が亡くなってるんですもん」
「え、ええ。そうですね、あんまり得意ではなくて……」
「もしかして安室さんに介抱してもらってたり?それじゃあわたし、悪いことしちゃったな」

探ろうとしている。安室透と何らかの関係を持つわたしをベルモットは気にかけている。そうだ、わたしはこんなことしてる場合じゃないんだ。わたしたちの仕事は日本を守ること。この女のいる組織を壊滅させなくてはいけない。そのためにはあんな感情持ってちゃいけない。降谷さんの邪魔をするだけだ。

「……悪くなんてないですよ。安室さんはただ少し、気にかけてくれただけですから」

あの人の邪魔になんてなりたくない。




冷えてく視界に映るのは

←backnext→





- ナノ -