優しさで塗り固めていく
また降谷さんに会うことのない日々にため息ばかり。昨日の定時連絡の日は別件で外に出てたせいで、登庁した降谷さんと行き違いになった。連絡会で降谷さんの残していった報告書を読みながら、必要事項を頭に叩き込む。
「吉川、うるさいぞ」
「なにも言ってませーん」
「呼吸がうるさい」
「えっ、息とめたら死ぬんですが」
風見さんったらひどいなあ。あー、印鑑印鑑っと……あれ?わたしのデスク上の書類の山に見知らぬメモが挟まってる。なんだこれ。それをこっそり開くと、中には「右のデスクの4番目」と書いてあった。右のデスクといえばほとんど使われてない降谷さんの場所だけど。降谷さんのデスクの四番目の引き出しをゆっくり引いてみた。中には小さくてうすい箱とメモが入ってる。わ、これ隣町の有名なチョコレート店のチョコだ!
「風見さん!!見てくださいよー降谷さんが!」
「もう昨日見たから知ってんだよこっちは」
「じゃーなんですぐ教えてくれなかったんですか〜」
「自分で気づかせろって降谷さんが言ってたんだよ。メモは見たのか?」
「あ、」
メモを開くと、見慣れた字で『家に帰って寝ろ』と書いてある。あー、全てお見通しってわけですか。足元の段ボールに入ってるブランケットを見られたに違いない。ちゃんと寝てますよって言っても家に帰れって言われるんだろうな。
「まだ完全に治ってないんだから無理はするなよ」
「風見さんだってそうですよ」
互いに顔を見合って溜息をつく。早いところ終わらせて帰ろう。どのみち明日は休みだ。
*
職場に配ったものはあまり日持ちを考えずに買った菓子折りだったけれど、他はそうもいかない。配りに行けるのだっていつになるかわからないしね。この前買ったお店は臨時休業でやっていなくて、仕方なく米花デパートにやってきた。必要分を購入した後ついでに日用品も揃えておこうと階をあがったところだった。何やらフロアがざわついてる。デパートの騒がしさとはすこし雰囲気の違うざわつき方が気になるな。
「……」
デパートの正面はガラス張りになっている。そのガラスから正面入り口を見下ろすと、入り口にパトカーが一台停まっている。これはもしや……。ざわつく声を拾うと、「人が刺されて」「逃げた」という言葉を拾うことができた。パトカーをそのまま見ていると、鑑識と一緒に高木刑事がどこかからデパートへ向かってくるのが見える。客の入場制限をかけてないところをみると容疑者は捕まったのか絞れているのか……。
勤務時間内だろうけど、まあいっか。捜査一課に郵送で贈ろうかとも考えたけれど、へたに怪しまれても困るし。千葉くんの連絡先知らないし。おそらくデパートの事務所にいるだろう捜査一課の人にお礼の品を渡せればオッケーだ。事務所への入り口が見える位置でベンチに座って待つこと数十分。鑑識の出入りも収まって、そろそろかなと思った矢先に出てきたのはまさかの人物。
「……コナンくん?」
「紗希乃さん!!」
しかも、後ろには少年探偵団がずらりと並んでいる。あー……、そういや警察病院でこの子たちと会ったのが最後だったっけ。みんな、あっという間にわたしの元へ走ってやってくる。その後ろから静かに歩いてくる哀ちゃんと、状況が掴めていなさそうな男性もついてくる。この人が阿笠博士かな。
「なあ姉ちゃん、警察官だったんだろー?なんで黙ってたんだよ」
「ダメですよ元太くん!警察って言っても秘密組織だって灰原さんが言ってたじゃないですか!」
「ねえねえ、紗希乃お姉さん。歩美たちと一緒に遊んでくれた、あのお姉さんはどこへ行ったの?」
歩美たち良い子にしてたから教えて、と歩美ちゃんがわたしの目の前で寂しそうに呟いた。
「吉田さん、あの人は遠くに行ったって言ったでしょ」
「だけど哀ちゃん、紗希乃お姉さんのところに行くって言ってたから、歩美、紗希乃お姉さんはもっと詳しく知ってるんだと思ったの」
子供たちと遊んでいるキュラソーを思い浮かべる。わたしの中じゃ彼女がこの子たちと遊んでいる姿を想像するのは難しいけれど、一緒に遊んだこの子たちはきっと鮮明に覚えていて、また遊びたいって思ってる。……よかったね、なんて心の中で呟いてみる。いなくなった後に思い出してもらえる存在に貴女はなれていたみたい。
「ごめんね。遠くに行ったってことしかわからないの」
「そうなんだ……」
「それは外国ですか?日本だったら、いつか会えるかもしれませんよ歩美ちゃん」
「なあ、遠くってどんくらいだよ姉ちゃん!」
「日本ではないね。ずっとずーっと遠いところだよ」
「お姉さん、一人ぼっちで遠くに行って寂しくないのかな」
「そうだね。でも、良いところかもしれないよ」
「紗希乃お姉さんは行ったことがあるんですか?!」
「ううん。だけど、わたしの知り合いもそっちに行ってるからね。良いところであってほしいなあ、って思ってる」
また会いたいなあ、と呟いた子供たちの頭を撫でる。その後、阿笠博士に挨拶していると、コナンくんがわたしの手を引いて集団から離れるように連れて行った。
「紗希乃さん、ライター受け取った?」
「ううん。そういえば取りに行くって言って行ってなかったね」
「僕、安室さんに渡したんだ。その後、紗希乃さんに電話してもつながらなかったからさ」
「ごめんね、慌ただしかったもんで。あの人とは大阪以来しばらく会って無いんだ」
「そうなの?安室さんよくポアロに出てるけど」
「こっちも忙しくてね。まー、その内行こうかなって思ってるよ」
「そういえばどうしてここに?お休みなの?」
「うん。たまたま買い物に来たんだけど、ちょうど捜査一課のひと見つけたからお見舞いのお礼を伝えてから帰ろうかなって思ってさ。はい、コナンくんにもあげる。みんなで分けて食べてね」
「お見舞いの時、僕たち何も持って行ってないよ?」
「気持ちだよ気持ち」
「しかもこれめちゃくちゃ高いやつじゃん……」
「お金は使える時に使わないと、ね」
ついでに赤井さんの分も渡そうと、紙袋から包みをとりだしたところではたと気付く。そういえば、お見舞いで二人で会った時のことはコナンくんにも秘密だったな。うわーめんどくさい。ここで渡して代わりに持って行ってもらえたら何てことなかったのにな。包みを持って、悩んでいるわたしを見て、「なんだコナンばっかずりーぞ!」と元太くんが声をあげた。まあ、いっか。子供たちに上げちゃえ。赤井さんへはまた今度別口で用意すればいい。
「それじゃあ、君たちにもあげよう。コナンくん、それはお家に持って帰って食べなね」
「ありがとう紗希乃さん!」
捜査一課の人たちが出てくるのが見えた。今渡して挨拶しないとまたいつ会えるかわからない。
「ねえ、紗希乃さん」
「うん?」
「今度ゆっくり話す時間って作れる?」
「あー……そうね。どこか近いうちに空けれそうだったら、ね」
「電話してね!」
「はーい」
優しさで塗り固めていく