憧憬/降谷零


きっと君は誤解してるね


「な、何の事かなあ」

この人、オレが薬で小さくなったこと知ってんのか?!組織の人間だから知っている可能性は少なからずあるけど、まさか全て知って……

「……遅いな。建物の立地的に捕まってもおかしくないが……ああ、そういえば彼は剣道の実力者だったね。ということはやられたか」

何か連絡でも来てないかい?と、安室さんがさっきまで浮かべていたオレを試すような表情はどこかに消えていた。言われるままにポケットからスマホを取り出すと、服部からの着信が3件来ていた。服部にかけ直してみても今度はあいつが出ないってことは逃げ切ったのか、それとも捕まったのか。安室さんの方にも何か連絡が入ったらしく、耳に当てたインカムに指を添えていた。

「わかった。配置に戻れ。……君の友達はうまく逃げ切ったみたいだよコナンくん。それで、彼からの連絡は?」
「電話がきてたけど、気付かなくて不在着信になってたんだ。ほら、」
「本当だ。それに、電話が繋がらないようだね」
「うん。安室さんの仲間からの連絡でどこへ逃げたか言ってなかった?」
「建物沿いに走っていたから曲がり角で見失った時にフェンスを乗り越えたようだって言ってたよ」
「ということは敷地外……」
「まあ、折り返しに反応が無いところをみるとすぐにこの建物へ戻って来ていそうだけどね」
「……だったら、もう一度追わなくてもいいの?」
「言っただろう?先に進ませないのは"目の届く範囲"だってね」
「ねえそれってさ、」

再び銃声が続けて二発聞こえてきた。いよいよまずいんじゃないのか?例え紗希乃さんが拳銃を持っていたとしても、今撃ったのが彼女だとは断定できないはずだ。

「時間だね。僕は行くけど、コナンくんはどうする?」
「どうするって、助けに行くなら早く行かなきゃ!」
「助けに?」
「紗希乃さんを助けに行くんでしょ?」
「僕は仕事をしに行くだけさ。それにやりたいこともあるしね。入るなら今しかないけど」
「さっきまで進ませないって言ってたのに」
「良い機会だと思ったんだ。君はまだ誤解しているようだからね」

誤解しているようだと前に言われたのは坏戸小で事件のとき。しかしあれはベルモットが盗聴器をしかけていたからで、公安としてここにいる安室さんに誤解していることはないはず。何だ?何を誤解しているっていうんだ。

「僕らにとっての悪い奴が何なのか、君はもう少し考えた方がいい」


*


乾いた銃声が部屋に響き渡る。弾がめり込んだ先は男の後ろにある壁。弾の出どころはわたしの手の中にある拳銃。

「なっ、なな、なんで!」

尻餅をついている男は手にした拳銃の引き金を何度も何度も引いては、カチカチ鳴るオモチャみたいな音に絶望している。よっこいしょ、とわたしが立ち上がれば男の隣りにいた府議会議員が男から離れようと退いて椅子に躓いて転んでいる。

「銃に詳しかったら話は変わってただろうけど、そこそこちゃんとできてるからわかんないよね」
「お前、これが偽物だって知ってたのか!」
「用意したのわたしだからね。あそこまで近距離に銃口向けられたら、ハッタリかまそうとしてたってもっと切羽詰まると思うなあ」

用意と言ってもこの前の楠田の件で押収したオモチャみたいな銃を降谷さんにあげただけ。こんなとこで役に立つなんて思ってもみなかったけど有効活用できてよかったよかった。銃口を男に向けながら一歩ずつ近づく。姿勢的にはさっきと真逆だった。男は冷や汗を流して震えている。そうそう、銃口向けられたら普通そうなるでしょ。わたしだってオモチャだとわかって無かったら多少大人しくするよ。

「さっき撃ったからわかるよね。これは本物、それオモチャ。投げつけるとか物理攻撃には使えるけど、得策じゃないね。これでも一応射撃訓練は上位だったんだ」

大分前の話だけど。わざと音をたてるように銃を構え直せば、男はまた後ろに下がっていく。

「そ、組織の人間か……?!」
「ちがいます。奴らと一緒にしないで」
「じゃあなぜ、バーボンの持つ銃をお前が用意できるんだ!」
「知りたいならそれ相応の情報くれる?普通に連行してもいいんだけど、府警に渡すと厄介なんだよね」
「警察かよ……!オレは何もやってない!」
「何も?」
「オレは何も、」
「十分やったと思うけどなあ」
「何のことだかさっぱり……」
「耳の形には個人差があるってよく言うけど、そっくりだよね。お兄さんに」
「ハ、ハハ……そーいうことかよ…全部知ってるってわけか!」
「さあ、言って。あの時の爆発の時、あなたがどこで何をしていたか」
「……」
「急にだんまり?はやく吐いた方がいいと思うけど。あの日、どこに爆弾を仕掛けて、どこから逃げて、誰を裏切ったのか」
「言わないと殺すって?」
「……立場とかそういうの全部なかったことにできるなら、わたしはあなたに迷わず手を下すし、のうのうと刑務所で生き延びているあなたの兄の息の根を止めに乗り込んでやるわ」

もともとそんなに気は長くない。焦らないように、落ち着くように自分に言い聞かせながら日々の仕事に打ち込んでる。

「調べがついてんなら知ってんだろ。オレが仕掛けたところは爆発してないし、あの騒ぎが起きた頃、オレは大阪から出てる。誰を裏切ったって?そんなモン簡単だ。オレを騒ぎに巻き込んだ自分のオニイサマからだよ」
「爆発事件が起きたのは自分のせいじゃないって言いたいの?」
「ああ。不発に終わったのはオレがスイッチを押さなかったからだ。あの事件だけで事が済んだのは、オレが兄貴を裏切って迎えに行かなかったおかげで主犯が捕まったからだ!」

「誰のおかげで被害があれだけで済んだと思ってんだ?」

男の後ろの壁にある窓ガラスに一発、それから男の顔スレスレのところへもう一発拳銃を打ち込んだ。ガラスが割れる音に驚いて身動きもとれない男の頬と耳の端を銃弾が掠めて行った。完全に腰を抜かした男は力なく気絶していた。こんな奴のせいで……。気絶した男を見下ろしていると、腰を抜かした府議会議員がわなわなと震えて、倒れた椅子にしがみついていた。

「私は何もしとらんぞ!その男とも、きょ、今日会ったばかりで……!」
「みっともないですね。まあ、確かにしてないかも。いいカモだったくらい」
「なっ……」
「近づいて来た女とひと悶着起こせって言われたんでしょう?危なかったですね、わたしの前に挨拶に行った後援会の女性にも食って掛かりそうな勢いでしたもんね」
「お前はバーボンとどういう繋がりだ?」
「そっくりそのまま返しますよ。彼はただの府議会議員の方が繋がれるような人じゃないと思うんですけど」
「じゃあお前は!お前は何なんだ!」
「知らなくて結構。あなたを捕まえるのはわたしたちの目的じゃないので」

この男は大阪府警へのお土産だった。数年前の爆発事件とは何の関係もなく、ただただお金に魅せられて手を出してはいけない領域に手を伸ばした愚かな人。現行犯逮捕は叶わないけど、事情聴取で連れて行った後に吐かせるだけの情報はすでに揃ってる。この議員はここを整理してから府警に手渡すだけ。後ろに転がっているクラッチバッグから手錠を取り出して、床で気絶している男の手を拘束する。二発連続の発砲は威嚇目的もあったけど、この計画を練った降谷さんとの取り決めのひとつだった。続けて二発鳴れば降谷さんがこの部屋へとやって来ることになっている。拘束した男を引きずって控室の入り口へと運んでいると、さっき割った窓ガラスの向こうから人の気配がした。銃を構えて窓へ近づく。

「誰?」

降谷さんじゃない。そこにいるのは……

「オレや。吉川さん」




きっと君は誤解してるね

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