憧憬/降谷零


一つ二つ、混ざって三つ


「おい工藤。今から吉川の姉ちゃんの居る場所へ行くんやったら外から回り込むんが得策やで」
「外ォ?パーティーの前に下見で回ったのは建物の中だけじゃねーか」
「喫煙者向けのアナウンスが最初にあったやろドアホ。会場の正面向かって左の出口から控室へ向かう途中に外へ出る通用口があるってな」
「っつーことは駐車場から回ってフェンスを乗り越えれば直接その通用口にいけるってことか!」
「せや。公安が中に何人残してるんか知らんけど、あの計画とやらを遂行するんに邪魔な存在は部外者とおそらく大阪府警の連中…」
「それの侵入を防ぐために爆弾騒ぎを起こし、建物の正面入り口を守ってるわけだな」
「爆弾があるっちゅー建物にわざわざ脇から忍び込むアホも普通おらんやろうしな?」
「ハハ…、ここにいるけどな」



*

男に言われるまま手をあげてまっすぐ進む。突き当りの控室に着くと、男は扉を勢いよく蹴り上げた。

「オイ!オレだ!早く開けろ!」
「静かにせぇ!誰かに嗅ぎつけられたらどないするつもりや!」
「大丈夫ですよ。人払いは済んでますから」
「……お前、一体なに者や?」
「いいから中に入れ!」

肩を後ろから強く押されて、躓くように部屋の中に転がり込んだ。ぴりっとした痛みが左大腿の銃創から響いて踏みとどまれずに床に倒れ込む。相変わらず銃口はわたしの方を向いてる。ゆっくりとバッグを身体の後ろに隠すようにしながら上体を起こしたけれど、男たちは気付く様子はないみたい。

「おい、女。人払いが済んでるってどういうことだ?」
「知らないんですか?この建物、爆弾があるって避難指示が出ていたようですけど」
「なんやて?爆弾?!お前、そないなもんまで使いよったんか!」
「オレは用意してない!組織からもらったのだってこの拳銃だけだ!」
「大体なァ、金を用意する言うとったあの男はどこにおるんや!」
「建物内で取引きするのは危険だからな、一番近いホテルの地下駐車場で待ってるはずさ……。くそ、爆弾を用意できるとしたら奴しかいないがさっきから電話に出ねぇ」

銃口をわたしに向けたまま、スマホで誰かに何度も電話をかけているようだけど相手は一向に出ない。

「ねえ。どうして連絡も無しに爆弾なんて用意したんだと思う?」

わたしの問いかけに、スマホへ集中していた視線がゆっくりとこっちを向いた。

「……あ?」
「仲間がどうしてそんなことするの?爆弾なんて、あなたも巻き込まれるかもしれないのに」
「お前、オレたちのことどこまで知ってるんだ?」
「あれっ。聞いてないんだわたしのこと」

てっきり聞いてるんだと思ってた。わざと煽るようにそう言えば、銃口がわたしの顔へさらに近づいてくる。煽った甲斐はあったようで男の表情はいびつに歪んでいた。あと、もうひと押し。

「あなた、情報渡すとバラしそうだもんね」
「この女ァァァ!」


*

いつものようにトイレにいきたい!と駄々をこねて、近くのコンビニに向かうふりをしてその場から服部と共に離れる。建物の入り口に立っていた警備員がじっとこちらを見ていたのが気がかりだが、二人で急いで走った。予想通り、駐車場のフェンス越しに通用口を見つけた。駐車場とフェンスの間には植木が立ち並んでいて、登っている姿は駐車場から見えなさそうだ。服部が最初にフェンスに登り、向こう側に降り立った。

「あらよっと。何や簡単に入れそうやな。ホレ、工藤手ェ貸してみぃ」
「一人で登れるよバーロー」
「何や手助けしたろ思たのに」
「あのなあ、お前いーかげん……シッ!誰か来るぞ!」
「工藤、お前は一度植木に隠れとけ」
「お前は?!」
「ちょお鬼ごっこでもして体温めんとアカンようやな」

後でな、と建物沿いに走り抜けていく服部をウェイターの恰好をした男とスーツを着た男が追っていくのが見える。それぞれ手にインカムのような機械を手にしているからおそらく公安の人間かもしれない。植木に隠れて、足音が遠くなるのを待つ。大阪府警の親父さんのこともあるし悪いようにはされないだろーが、無事でいろよ服部……。

なるべく音をたてないようにフェンスに登って、建物の敷地内に飛び降りる。通用口は喫煙所への通り道としてアナウンスされていただけあって鍵はかかってないようだった。扉を開けて誰もいないことを確認すると少しホッとした。オレまで鬼ごっこする羽目になったら嫌だ。


「えーと、控室は確か、」
「あっちだよ」
「ああそっか。あっちか。どうもありが…と……?」
「礼には及ばないよコナンくん」
「安室さん?!」

あっち、と指をさしながらオレの背後に立っていたのは安室さんだった。警備員の服を着てニッコリを笑いながら立っていた。驚いているオレをよそに、インカムのマイクに向かって、「怪我だけはさせるなよ。本部長のご子息だからな」と表情はそのままに呟いた。

「君のことだからきっと来ると思ったよ」
「なんで安室さんが?」
「何でって?どういう意味だい」
「それは……」

そういえば紗希乃さんに『安室さんがポアロに来ていない』ことは訊ねたけど、今どうしているかを聞きそびれていた。安室さんがここにいる理由。それが公安絡みだってことは明白だけど、断定しきれないのはこの人の持つ別な顔のせいだった。
きっと来ると思った、ってことはオレが大阪に来ていることを知っている。蘭かおっちゃんに連絡をすればわかることではあるが、おそらくきっと紗希乃さんから報告を受けている。ということはやっぱり……

「安室さん。安室さんがここにいるのはもちろん本職として、だよね……?」

安室さんの笑みが濃くなったその時、控室の方から銃声が聞こえた。拳銃だと?!パーティーの受付で持ち物検査をしていたはずだ。それなのに銃声が聞こえたってことは……。行かないと、紗希乃さんが!走り始めたはずなのに、グン、と後ろに引き戻される。

「少し待って欲しいな、コナンくん」
「どうして?!今の音聞こえたでしょ安室さん!紗希乃さん、拳銃なんて持ってる様子なかったよ!」
「本当に?」
「え?」
「本当に持っている様子はなかった?」

紗希乃さんが受付を通ってまっすぐパーティー会場に入って来たのを服部と一緒に見た。受付では数人手荷物検査の検査員が立っていて、ランダムにチェックされる。事前に拳銃の持ち込みを伝えていたら話は別だが、複数人に情報を渡してしまうと漏れる可能性がある。それに警備に警察関係者を潜りこませることは簡単だが、検査員をやっていたのはおそらくパーティーの主催である建設会社の社員だ。一般人に情報を渡すことは……。待てよ、安室さんの『きっと来ると思ったよ』ってそもそもおかしいぞ。大阪にオレが来ていたことを紗希乃さんが報告したのは墓参りの後で、オレたちが大阪府警と公安の合同調査を嗅ぎつけたことは紗希乃さんはパーティーの開始直前に知ったはずだ。つまり報告できるタイミングは……

「ねえ、安室さん。もしかしてパーティーの開始直前に紗希乃さんが会場から抜けた時、ふたり会ってたんじゃない?」
「ホォー……、それで?」
「その時に、僕と服部平次がパーティー会場にいることを紗希乃さんに聞いた。そして、彼女に渡したんだ。あのクラッチバッグに入るサイズの拳銃をね……」
「ほぼほぼ正解かな名探偵くん」
「へ?」
「君たちがパーティーに来たことを知ったあたりは正解。確かにクラッチバッグに入るサイズの拳銃は渡したが、剥き身で渡せるわけがない。本当の正解は拳銃の入った"クラッチバッグごと"彼女に手渡した、ってところだね」
「なるほど丸ごとか……でもよく交換なんてバレずに渡せたね」
「簡単さ。警備員の恰好で『クロークで貴女のバッグと別の女性のバッグを取り違えて渡してしまったみたいです』と周りに聞こえるように言えば一般人なら気にしないよ」
「僕たちに聞こえたらどうするつもりだったの?」
「あの子がうまく撒いて来てるだろうと思ってたから考えもしてないな」

安室さんは廊下の壁に背を預けて腕組みをしている。少し待ってほしいって一体どのくらいだよ。紗希乃さんが危ないかもしれないのに。観覧車の時、赤井さんに食ってかかるほど心配してたじゃねーか。

「ねえ、安室さんは紗希乃さんのこと心配じゃないの」
「心配だけど?」
「へっ?じゃあ、すぐ助けに……」
「それとこれとは違うよコナンくん。今はあの子の仕事だから踏み込まない。踏み込まざるを得ないと判断する時はもちろんあるし、心配でどうしようもなくなったら行くよ。でも、今回は特に準備をしておいたんだ。だからよっぽどのことがなければ時が来るまで僕はここから動かないし、目の届く範囲では誰もこの先に進ませないつもりさ」

もちろん君もね、と安室さんはウインクをした。いつものポアロで見せる笑顔とは違ってどこかピリピリとしている。バーボンというには柔らかくて、安室透というには怖いその笑顔。ああ、そうか。これは……

「紗希乃さんをちゃんと部下として信頼してるんだね」
「もちろん。それに、」
「それに?」
「自分で解決しなくちゃ気のすまないことは誰にだってあるものだろう?」


「君にも、僕にも、ね……」




一つ二つ、混ざって三つ

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