憧憬/降谷零


敵を欺くには手順がある


「おい工藤、あの姉ちゃんホンマに公安警察なんか?」
「ああそーだよ。前に事件で一緒になったから確実だ。紗希乃さんの上司も知ってるし、実際の所属先も知ってる」
「はよ言わんかいボケ」
「バーローんなもんすぐバラせるわけねーだろ」
「ホー、工藤はオレの口が軽いて思とるわけやな」
「ちげーよ!紗希乃さんがどこまでもお前に隠そうとするから何かあるって普通思うだろ。お前も気付いてたんじゃねーのか、紗希乃さんが何か隠してるって」
「当たり前や。あれだけ誤魔化され続けたら何かあるに決まっとる」
「で、どう思う?さっきのウェイターはおそらく紗希乃さんの部下に間違いない」
「なんやあの姉ちゃん警察庁の人間かいな。ちゅうことは大滝はんに待機令出しとったんがあの人になるわけやな」
「ああ。何らかの合同調査で彼女が指揮をとっているってところが妥当だが…」
「おかしないか。フツー司令塔が先陣きって最前線へ飛び込まへんやろ」
「それなんだよな。そもそも計画って何だと思う?」
「あの府議会議員な、えらい事業に手ェ出しとるっちゅう噂が最近あってなァ。それが目的なんやったら簡単や。けど、あのウェイターの口振りやとあくまでも保護しとるだけみたいやしなあ」
「紗希乃さんが他の誰かと接触してる様子あったか?」
「オレよりも工藤の方があの姉ちゃんとおったやろーが」
「つってもお前が離れたのなんて、冷やす物もらいに行ってた時くらいだろ。…いや、待てよ。そういえばトイレに行くって言ってあの人一度パーティー会場を出たよな?」
「その間に誰かと接触した可能性アリやな。しかもその後、オレらをスルーしてあの府議会議員のところへ行きよった。あの時、府議会議員が姉ちゃんに怒鳴り散らしてたんは姉ちゃんが記者だと名乗ったからやと思てたけど実際はわからへんぞ。オレらが近づく前に姉ちゃんの方から府議会議員に何か吹き込んだかもしれん」
「あのやりとりが計画の一部だった可能性があるってことか」
「せや。偶然の接触やのうて、あそこで衝突するよう仕組んで挑んでいったっちゅうワケや」
「っつーことは、公安の追ってる人物と府議会議員には何らかの繋がりがあり」
「このパーティーに参加しとるところを確保するんが目的っちゅうわけやな」
「ああ。府議会議員はあくまでおまけで、本命は別にいる。その本命を釣るために府議会議員に接触し騒ぎを起こした」
「そしてその騒ぎを見た本命からの接触をあの姉ちゃんは待っている、もしくは、」
「本命を見つけて追っている、ってところか?」
「府議会議員と繋がりがあるんなら、人々が建物の外へはける騒ぎに乗じて府議会議員の控室へ向かうことも可能や」
「タイミングの話で言うなら会長が倒れた時に会場を出ることも可能だな。もがき苦しんでる会長に視線が集まってるタイミングなら人目をぬって外へ出れる」
「ここで引っかかるんが爆弾やな」
「お前もやっぱり気になるか?確かにおかしいんだよな」
「爆弾見つけて、すでに解除要員もおって爆発物処理班いらんて用意良すぎやろ」
「公安の人間に爆弾解除できるほどの高スペックな人材がいたとしても、後処理や解除後の爆弾の回収で処理班が必要になるのは明らか。それをわざわざ呼ばないように指示を出すってことは……」

「爆弾なんて初めから無いんちゃうか」

爆弾が発見されたから避難してください。人払いにはちょうどいい理由だ。爆発物処理班を呼ばなければ、爆弾の処理を行っている公安側からの許可がなければ外から人は入れない。それは合同調査を行っている府警側の人間も同じ。迂闊に入って爆発に巻き込まれる恐れがあるところへ無闇に突撃したりできるわけがない。紗希乃さんは、公安は、これを狙ってたのか?

『"篠原"ですけど!もうどこまで行ってんの?こっちは大変だったんだからっ』

初めて出会った公園で再会したあの日、黒いスマートフォンを片手に部下へと電話をしている紗希乃さんを思い出した。あの時も出版社の部下へ電話しているフリをしておそらく公安の部下に連絡を取っていた。一見なんてことのない行動や言葉のすべてに裏がある。その笑顔の裏に潜む信念ははたしてどれほどのものなんだろう。ふと、同じように全てを隠す、彼女の上司が頭をよぎった。やっぱりアンタの部下だよ安室さん。できればあんまり似ていないことを祈りたいくらいだ。バーボンとして暗躍する彼の後姿を思い浮かべながらそんなことを思う。

*

倒れた会長のすぐそばにあったのは食べかけの洋菓子。材料にアーモンドは入ってるけど、アーモンドアレルギー持ちの人がまさかそれをわざわざ選んで用意するわけないよなあ。あれの前に何かを食べたか、あの食べかけのお菓子に何か紛れ込んでいたか……。慣れない推理をしながら出たホールの目の前には東京から連れてきたわたしの部下が警備員の姿で立っている。

「どうですか?」
「予測通りに進んでいます」
「わかりました。それと、ひとつ予定外のことが起きてます。主催者が発作を起こし倒れていると大滝警部へ報告してください。じきに救急車が到着すると思いますが、現時点では事故かどうか判断できていないと」

探偵が二人もいるし、この件に事件性があるかどうかは彼らに任せることにしよう。どのみちあの食べかけのお菓子を鑑識に回さないとわかんないし、現時点で動ける範囲は狭いしね。推理とか得意なわけじゃないわたしが前に出るよりもっといい。あー、でも。避難してしまったら現場検証もなにもできないか。

「会長の搬送が終了した段階で計画を実行してください。避難の時、色黒の少年と眼鏡をかけた小さな少年から特に目を離さないように。彼らが関わると計画が頓挫しかねません」
「承知いたしました」
「降谷さんはすでに待機してます。緊急の連絡があるまで手筈通りに進めてください」

一度敬礼をしてから走り去っていく部下を見送って、ゆっくりと歩き始める。向かうはパーティー会場の奥、控室が立ち並ぶ通りの突き当り。あの府議会議員の控室に行けばすべてが丸く収まる予定。……あくまで予定だけど。歩きつつ持っていたクラッチバッグから拳銃を一丁取り出した。弾が入っているのを確認してたら、さっき掴みあげられた左手首にまだ赤い痕が残っているのが目にはいった。ものすごい力で掴まれたからね、そりゃ残るよね。見た目ほど痛みはないけど、痺れているような気がしてしまって手をぷらぷら振って誤魔化してみる。その時、背後で何か動いたのがわかった。歩きを止めずに、クラッチバッグの中へしずかに拳銃をしまう。バッグのチェーンに手を通すと、バッグはゆらゆらと手首のところで揺れていた。

「止まれ」

すぐ後ろから、ガチャリと音が聞こえる。

「止まらないと撃つぞ」

両手を上げ、立ち止まって顔だけ振り向く。男が嘲笑うようにわたしへ銃口を向けて立っていた。並べた写真の一番最後、4枚目の写真の顔が喜びに浸った顔でそこに立っている。

「流石バーボン…奴の言った通りにしたらこんなに上手くいくなんてな」
「……はは、」
「…なにがおかしい?」
「いえ。ほんとに、その通りだなあと思って」





敵を欺くには手順がある

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