憧憬/降谷零


履き違えたのはどちら様


巻き込まないとは言った手前、具体的にこの子たちを巻き込まない方法は今のところない。すでに任務はスタートしている今、流れを崩すようなことは避けたいけどどうしたものか。

「飲み物もらって来よっと。二人も何かもらいに行く?」
「うん!平次兄ちゃんも行くよね!」
「おー」

そういえば、コナンくんはさっき本部長の息子のことを服部って呼び捨てにしてたなあ。ふと思い出して思わず笑ってしまう。さっき呼び捨てなのに今は平次兄ちゃんか。子供らしく振舞うコナンくんが面白い。一番近くにいたウェイターを呼び止めたその時、ウェイターの肩越しに鋭く尖った視線とぶつかった。けれど、それは一瞬だったそれに見られていたことはわかっても誰からの視線か判別つかない。視線の主は人ごみに紛れたみたいだった。

「紗希乃姉ちゃんどうかした?」
「…ううん。なんでもないよ」
「なんでそんなに嬉しそうなの?」
「ちょうど飲みたいものウェイターさんが持ってて嬉しくてさ〜」

例の府議会議員は少し離れたところで今日の主役と大声で盛り上がっている。ようやくかあ。きっと、さっきの視線は……。もう一度さっきの視線の元を辿っていたその時だった。男性のもがき苦しむ声が突如響き渡る。声の主はついさっきまであの府議会議員と談笑していた主役の会長だった。

「ぐああっ!」

呼吸ができないのか、喉を掻きむしるようにもがいて、会長はバタリと倒れ込んだ。突然のことに皆声を失うように固まっていた。まさか誰かに毒でも盛られた?いや、でも首から顔にかけてじわじわと現れる蕁麻疹の様子からみるとそうじゃなさそうだな。

「何や、何かの発作か!?」
「最後にこの人が食べていたのはそれみたいだな。食べかけの洋菓子が床に落ちてる」
「まだ脈はあるみたいね。見たところアナフィラキシーショックだけど……」

救急車を呼んでくれ!とコナンくんが叫ぶのに反応して、客の何人かがスマホで救急車を呼んでいる。大滝さんたちを呼ばないと。会場の廊下で警備にあたっている巡査に声をかけに行くか。

「わたし、大滝さんたちを呼びに……」
「お前が会長を殺したんやな!」
「はい?」
「だから!お前が会長を!」
「まだ亡くなっていませんし、わたしには殺す動機がそもそもありませんよ」
「俺を殺すつもりで毒を盛ったんやろ!」
「まだ毒てわかってへんやんけ。それとも何や、毒盛られとるってわかっとったんかオッサン」
「な…!ちがう!私がやったんじゃない!この女が!」
「誤魔化せば誤魔化すほど怪しいで。会長が倒れる間際そばにいて、かつ毒だなんだと騒ぎよるアンタの方が十分犯人に見えるわ」

言い返せなくなったのか、唇をかむようにして勢いよく顔を逸らした府議会議員はそのままズンズンと歩き始めた。

「気分が悪い!控室に戻らせてもらう!」
「おい、待てやオッサン。これから全員取り調べや!」
「毒やないんやろ!なら何もしてへんのに取り調べも何もあるかボケ」
「もしも本当にアナフィラキシーショックだったとしても故意に発症させた可能性もあるんだよおじさん。その場合、立派な殺人事件になる」
「なら私の控室にでも来い言うとけ!逃げも隠れもせんからな!」

ひとり出て行った男以外の人はパーティーホールに集められた。ぐるりと見渡すと、皆不安そうに会場の中心部に集まっている。

「大滝さんたち呼んでくるわ」
「オレが大滝はんにかける」
「いや、無線の方が早いよ。ホール外の警備に警察を紛れ込ませてあるからそこから呼んでくる。このホールから誰も出さないでね、コナンくん服部くん」
「アンタはどうするんや」
「どうって、できることをするだけだよ」

よろしくね、と念を押したのにコナンくんから返事が返ってこない。

「コナンくん?」
「ねえ、まさかと思うけど紗希乃さんは関係ないよね?」

巻き込まないって、言ってたのは……と真剣な眼差しのコナンくんと目が合う。

「うん。関係ないよ。全くもって想定外」

*

大きな唸り声を上げて倒れた男の側に落ちていたのは食べかけの洋菓子。名称は確かダックワーズとか言うお菓子だった気がする。蘭が前に作ってるのを見たことがあった。

『マカロンと材料が似てるのに作るのはこっちが簡単なんだって!』

マカロンと同じと言うことは材料にアーモンドプードルが含まれてる。蕁麻疹も出てきているし、アーモンドアレルギーの可能性も十分にある。救急隊が到着して搬送されていく会長を見送って、現場検証が行われることになった。

「大滝はん、外で待機しとったんか」
「車の中におったんや。待機令が出ててなあ」
「待機令?誰からのや?」
「まあ、それはこっちの話や。それで、会長はもがきくるしんでそこへ倒れたんやな?」
「そうだよ。呼吸が苦しそうにもがいて、倒れて、蕁麻疹が顔や手に出てたんだ」
「アナフィラキシーショックか?」
「吉川の姉ちゃんもそう言うとったな」
「そういや紗希乃姉ちゃんは?大滝さんに連絡をしに行くって言ったきり姿を見ないんだけど」
「あー、吉川さんは用があってちょっと席を外しとるんや」
「用事ってなに?」
「詳しくは話せへんのや。堪忍してな、二人とも」

困ったように笑う大滝警部に服部と二人でそれ以上聞くことはできなかった。関係ないよとは言っていたけど、本当に?偶然に起きた事件なのか?まさか公安が仕組んで会長に……。

「大滝警部!」

警備員の恰好をした若い男が大滝警部のもとへ走って来た。警備に警察を紛れ込ませてると言っていたけど、この人のことなんだろうか。大滝警部は部下から何か耳打ちされた途端に表情がみるみる青ざめていく。

「何やて、それで吉川さんは?」
「対象を追う、と連絡があったのを最後に通信が……」
「ひとまず客の避難が最優先や!」
「大滝はん、どないしたんや」
「この建物に爆弾が仕掛けられているらしい」
「なんやて?!」
「ねえ、その情報源は紗希乃さんなんでしょ?!紗希乃さんが爆弾を見つけたの?!」
「情報源が吉川さんなのは確実やけど、詳細がわからへん。避難指示だけ出して連絡が途絶えとる」

建物の外へと客を避難させることになり、爆弾があると知られれば会場がパニックになることから外で取り調べを行うと説明して全員外へ出すことになった。爆弾があるのなら解体しないと間に合わないかもしれない。服部と二人で、外へ避難する客の流れに逆らおうとすると大滝警部に首根っこを掴まれた。

「平ちゃんとコナンくんも避難するんや」
「僕たちも手伝うよ!」
「子供がなに言うてる。だめや」
「爆弾のありかも犯人もわかっとらんでようそないなこと言えるわ。オレも手伝うで」
「手伝う言うてもな、平ちゃん、」

困ったように険しい表情をしている大滝警部の後ろから、失礼します、とウェイターがひとり現れた。

「報告に参りました」
「吉川さんと連絡ついたんか!」
「はい。現在、計画通りに遂行中です。爆弾の件は我々公安で引き受けますので爆発物処理班は不要とのこと。すでに解除要員は手配されています。対象は現時点で建物内に確認、および追跡中。また、例の府議会議員は諸事情によりこちらで保護しています。」
「ちょお待てアンタ、公安って言ったか?」
「服部、その話は後だ。追跡って、紗希乃さんは誰を追ってるの?」
「詳細は話せへん。その府議会議員の避難はどうなっとる?」
「吉川より受けた報告は以上のみですのでお答えできません」

対象って誰の事だ?それは爆弾を設置した実行犯のことか?紗希乃さんは府議会議員以外の誰かを追うためにこのパーティーに潜入していたとなると、もっと客の顔を眺めたり歩き回ったりして調べ、接触を図るはずだ。それなのに実際の所ちゃんと接触していたのは府議会議員のみ。逆上したあの男と何の会話をしていたのかわからないけど、それでも捜査には見えなかった。それじゃあやっぱり、会長の一件は計画されたものなのか?

『全くもって想定外』

あの時オレの質問に答えた紗希乃さんは驚いているようにも、焦っているようにも見えなかった。




履き違えたのはどちら様

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