憧憬/降谷零


災いの火種を消し忘れた


パーティーに潜入するのは公安側のみ。その他は会場の外で待機している。その配置に異議を唱えていたのはわたしに不信感を抱いていたあの警部補だった。それじゃあそちらから警備に数名出していただけますか?と伝えたのに、当の本人は警備につくつもりなんてなかったみたい。警備員に混ざってパーティー会場の警備をしているのは巡査たちだった。今回公安で内々に片づけなかったのは少し事を大きくする予定だったから。後で無駄な取り調べに時間を割くくらいなら初めから手の内を見せておけばいい。つまり合同調査とは名ばかりで、調査自体はわたしたち公安だけで執り行うことになる。なのにこうなるとは思いもよらなかった。

「よー、偶然やな姉ちゃん」
「すっごく綺麗なカッコしてるね、紗希乃姉ちゃん!」
「二人ともどうしているの?!」

なぜか正装をした本部長の息子とコナンくんがパーティー会場の中にいる。なんで!大滝さんが口を滑らせた?いや、大阪府警の連中は本部長の息子と懇意にしてる人は結構いる。なら彼だと断定はできないけど……

「なに考えてるか当てたろか?おそらく大滝はんが口滑らせたんやないか考えとるやろ」
「ってことは違うみたいね」
「この前の本名漏らしてしもたこと相当反省しとったからなあ。本人も大滝はんの部下に聞いても口堅いのなんのって」

大滝さんの部下。あの時召集した中にいた中で警部は大滝さんだけ。大滝さんの部下もいたけれど、急な合同調査ってこともあって別の係の人もいた。本部長と長い付き合いで彼の息子とも関りのある人物かつ別な係といえば該当者は一人しかいない。……失敗した。はじめから外しておくんだったな。

「本気で降格したいのかなあの人」
「オイオイ」
「で?アンタは一体どこの誰で、何しにわざわざこんなとこに来たんや」
「はあ」
「はあ、て何や。人をマヌケ野郎みたいに見よって!」
「コナンくんに聞いた上でここに来たんじゃないの?」
「そこの使えんボーズは何も話してへんで」

ちょっとちょっと、とコナンくんを手招きして本部長の息子から距離をとる。蝶ネクタイをしているコナンくんの耳元に顔を寄せた。

「どういうつもりか教えてくれる?」
「どーもこーもないよ。オレも大滝警部も紗希乃さんの本名知ってんのに隠す必要がない場面でわざわざペンネームだなんだって隠すのって服部に知られたらマズイからでしょ」
「……」
「え?話してよかったの?」
「よくはないけど。まさか黙ったままでいてくれるとは思わなかった」
「ハハ。オレ、信用ないわけね」
「そうじゃなくて。きっと彼からいろいろ質問攻めにあったんじゃないかと思ったの」
「そりゃあったよ。だけど、服部の様子も変だったし、むやみに紗希乃さんの情報を教えない方がいいと思ったんだ。そうしたら本人に聞きにいくってきかねーんだあいつ」
「ふうん。で、どうやって招待状手に入れたの?」
「知り合いのツテで…っていうか、紗希乃姉ちゃん知ってるよね。鈴木園子って言うんだけど」
「あー、鈴木財閥ね。親戚か何か大阪にでもいるの?」
「縁者が大阪でお店やっててそれの物件を手掛けたのがここの会社ってわけ」
「ふんふん。それで?学校はどうしたの?今日は週初めですが?」
「ええーっと……!」
「君もだよ服部平次くん」
「うおっ、何や急に!もう話終わったんか」
「学校いきなさい」
「もう昼すぎやで姉ちゃん。それに、オレが学校言ったらそこのボウズが暇んなるやろ」
「そもそもどうしてまだ大阪にいるのよ」
「そっくりそのままアンタに返したるわ」
「わたしは、」
「寺のジイさんに聞いたで。いつ東京に帰るかわからへんからライター見つけたら取っといて欲しいって頼まれたってなあ。おかしないか?普通、旅行に来るんやったら戻り日くらい決めるやろ。長期の休みもろてゆったり過ごすつもりか、はたまた いつ終わるかわからん何かに縛られとるんか……」

なあ、どっちや?とこちらを見据えてくる鋭い目のせいで居心地が悪い。あーもう、どこが悪かったんだ。どこかで間違えたからここで面倒なことになってるのに違いないけど、一体どこだ。

「(……一番はじめからか)」

出会った時が悪かったんだ。そして相手も悪かった。よりによってこの賢い子に遭遇してしまった。視界の端で、目標の人物を発見する。定刻通りならパーティーが始まる時間だ。

「わたしは君に答えをあげられないよ」

探偵なんだから、後は自分で答えを見つけ出してよね。わたしが何も教える気がないことを理解したのか、おもしろくなさそうに口を尖らせている。

「上等や。何が何でも答えに辿り着いてやるからな」



*

答えに辿り着いやる、と意気込む服部をすこし寂しげな眼で見た紗希乃さんはお手洗いに行ってくるから、と会場を後にした。パーティーが始まろうという間際に出て行く彼女は人の流れに逆らうように廊下へと進んでいった。

「……で?いいのかよ。お前がライター返したいって言うからわざわざこんなパーティーまで付いて来てやったけど」
「しょうがあらへん。あの姉ちゃんの足取り掴めたんがこのパーティーへの参加だけやったやろ」
「だからオレが東京帰ってから渡せるって言ったじゃねーか。結局あの人なんも答えなかったし、無駄骨だろ」
「あの人がこの後も口を割らへんってようわかっとるような口ぶりやなあ工藤」

墓参りをした時、墓石の横に落ちていたのは1本のライター。紗希乃さんが使っているのを見たことが何度かあった。それは使い古された感じが強い見た目をしていた。傷がつき、角は丸くて表面の凸凹した模様は……

「なあ、ずっと気になってたんだけどよ。あのライターの表面って熱で溶けた感じがしないか?」
「実際に溶けたんやろ。あのライターは数年前の火事で焼ける所やったしな」
「は?お前、あのライターのこと知ってんの?」
「オレらを守ってくれた姉ちゃんが持ってた包みの中身があのライターなんや」
「それってその人の遺品を紗希乃さんが持ってるってことか?」
「いや、贈り物らしいわ。姉ちゃんの旦那は見た事ない言うてたしな。どっちがどっちに贈ったもんかは知らん」

司会者がマイクを使ってパーティーの開始を告げる。逆流していった青い後ろ姿はまだ戻ってこない。後ろをずっと気にしていたせいで、一斉に鳴らされたクラッカーに思わず驚いた。重なった破裂音の勢いのまま、人々はがやがやと食事をし始める。

「それにしても結構な顔ぶれやな」
「わかるのか服部」
「おー。あっちにおるのは大阪じゃ有名なアナウンサーで、その隣りにおるのはラジオ局の幹部やな。局のHPに名前つきで載っとるはず。それでその奥にいるオッサンが府議会議員の……って、待て工藤、あそこ居るん吉川の姉ちゃんやないか?」
「は?トイレ行くって出てっただろ」
「見てみい、ほれ。府議会議員と話してる青いドレスの姉ちゃんどうみてもあの人やろ」

人ごみに紛れてしまうと子供の身長じゃ見える範囲が極端に狭まっちまう。服部に抱えられて視線が高くなると、確かに初老の男性の横でさっき出て行ったままだったはずの紗希乃さんが立って談笑しているのが見えた。近くに寄るぞ、という服部に着いていこうとしたその時。目指していた場所から怒鳴り声が聞こえた。驚き固まる人々をかき分けて前に進むと、服部が府議会議員だと言った男が紗希乃さんの手首を掴んで真っ赤な顔で怒鳴り散らしていた。

「記者が居るなんて聞いてへんぞ!」
「記者と言っても、小さな会社の小さな雑誌編集部ですよ」
「大きいも小さいもあらへん!俺はマスコミを一切呼ばんことを条件に来たんや」
「今日は仕事で来たわけではありませんので、条件には沿ってると思いますが……」
「じゃあ何のために話しかけてきた!」
「まあ。職業が記者ならご挨拶もしてはいけないと?」

はじめて聞きました。と驚いている紗希乃さんは目をわざとらしくパチパチ瞬かせている。それから、自分の手首を掴みあげている大きな手の上に反対の自由な手を重ねて、目を伏せた。

「勉強不足で申し訳ありません。……でも、まるで知られたくないことがあるみたいですね」
「そんなものはない!」

首を傾げる紗希乃さんの手首を勢いよく放すと、男はズンズンと歩いて去っていく。司会者が騒然とする会場をマイクでおさめようと必死に盛り上げている。注目の的から逃れるように壁の方へ進んでいった紗希乃さんを追いかけた。

「紗希乃姉ちゃん大丈夫?!手首真っ赤だけど……」
「大丈夫だよー」
「冷やすもんもろてくる。くど、コナンくんもここに残って吉川の姉ちゃん守っとくんやで」
「はーい!」

そばにあった椅子に二人で並んで座る。オレが見てるのに気づいたのか、紗希乃さんがニコーっと笑いかけてきた。

「いつ戻って来たの?」
「クラッカーなってた時。みんな前向いてたし、混ざっても気付かれなかっただろうね」
「たぶん仕事なんだろうけどさ、少し気を付けた方がいいんじゃない?安室さん心配するよ」
「そうだねえ」
「本気にしてないでしょ?」
「んーまあね。心配はしてくれるよね」
「服部にも煽るようなこと言ってるしさー。もうちょっと大人しくした方がいいよ」
「大人しくってコナンくんも人のこと言えないじゃない」
「そうだけどさあ〜」
「まあ、安心してよ。君らは巻き込まないよ」
「……何か起こすの?」
「何か起きたら、のたられば話だよ」




災いの火種を消し忘れた

←backnext→





- ナノ -