憧憬/降谷零


ドレープの間に夢を見る


降谷さんからの連絡により、ホテルへ帰るんじゃなくて別な場所で待ち合わせをすることになった。タクシーで向かうと、スーツを着た降谷さんが指定の場所に立っていた。

「あれ?朝はもっとラフな格好じゃありませんでした?」
「さっき着替えたんだ」
「はあ」
「呆けてないで行くぞ」
「行くってどこに?」
「明日のパーティで着るドレスを買いにだよ」
「わたしちゃんと持ってきてますよ」
「あれじゃダメだ」
「なっ…、ダメってどういうことですか!あれ結構値が張るんですけど!」
「値段の問題じゃない。布の面積の問題だ」
「面積ぃ?!」

肩を出し過ぎだ、だの、この前の潜入のドレスも背中が開きすぎだっただの、顔を顰めながら話す降谷さんの隣りで頭を抱えるしかない。言うほど露出してないし、たまたまそういうデザインだっただけの話なのにこの人は何を言ってるの。

「そんなのショール羽織ればかわんないですよ」
「脱げたらどうする」
「脱・ぎ・ま・せ・ん!」

わたしの必死の抵抗もむなしく、手を簡単に握られて引っ張られる。プレゼントだと思えばいい、と耳元で囁かれて頷かないでいれるわけがない。しぶしぶ頷くと、よくできましたとばかりに微笑まれた。

*

「これはどうですか?」
「丈が短い」
「じゃあこっち」
「これじゃ幼くないか」
「じゃあ、それ」
「腕が太く見える」
「あーもう!文句ばっかり!」
「似合うやつを着た方がいいんだから、文句もでるさ」
「仕事なんだから似合わなくったっていいんですよっ。はじめまして、それ腕が太く見えますね!なんて声かけられることなんかないんですからっ!」

ドレスを買いに店を回り始めて数店目。着替える度に文句を言われて疲れた。わたしは着せ替え人形でもなんでもないのに。具体的な文句ならまだいい方で、しっくりこないとかそういうアバウトな理由もあったりして飛び出して逃げてやろうかと思った。

「次のお店で最後ですからね!」

外はすっかり暗くなり始めている。次が最後とは言ったけど、本当に終わらせてくれるのかなあ降谷さん。うーん、とあれでもないこれでもないと呟いている降谷さんの隣りを歩く。ショーウインドウはライトアップが始まっていて、どれもこれもちかちかと輝いていた。

「……あ、」

降谷さんが立ち止まる。降谷さんの視線の先にはショーウインドウの中で青いドレスがふんわりと佇んでいた。

「ここ入るぞ」


*

フィッティングルームでさっきのドレスを身に纏う。背中のジッパーを上げようとあくせく動いていると、店員さんがそっと上げてくれた。

「着る時は彼氏さんに上げて貰えますね!」
「えっ、いや、彼氏じゃな、」

否定している途中でフィッティングルームのカーテンを開けられてしまい、否定しきれないままニコニコ笑う店員さんを見送るはめになった。

「ど、どうでしょうか……」
「……」
「…え、なんか言ってくれませんか?」
「後ろ向いてみて」

今までの中で一番真剣に眺められている気がする。なんだかとっても恥ずかしい……。フィッティングルームの中でくるり、と後ろ向きになる。鏡越しに真剣な眼差しの降谷さんの姿が見えた。

「あっこの色、降谷さんの目とお揃いですね!」

きれいなふたつの青とわたしが身に纏う青。どちらも似ていて澄んでいる。真剣にこっちを見ていた降谷さんの表情が、ゆるんでおかしそうに笑った。

「お揃いってお前なあ……」
「いーじゃないですか。決めました、これにしましょう!文句は?」
「ないよ。よく似合ってる」
「ふふ、よかったです」

プレゼントだという言葉に甘んじて、ドレスを買ってもらうことにした。値段は見てない。たぶん、見たらとんでもなく申し訳なくなっちゃうし。

「あと、これに合う靴とアクセサリーと……」
「そんなにいいですってば!」
「揃えた方がいいだろ」
「そうですけど……!」

店員さんが靴を見繕って持って来る間に他の服を見ていると、ついついタグを目にしてしまった。おおーっといけないぞ。これは普段の買い物じゃ滅多に買わない世界だこれ。それでも値段に見合うだけあって、素敵な服がいっぱいそこにはあった。そういや、最近買い物してないな、と新作コーナーに並ぶ服を見て思う。いまはこういうデザインが多いのかしら。結構好きな感じだ。東京に帰ってから休みの日に買い物しにいこうか。

「あとその服もください」
「えっ、」
「ご試着はよろしいですか?」
「着て帰るので」
「かしこまりました」
「え、ちょお、待ってください降谷さん?」
「その色で良いか」
「いやべつにこれまで買わなくても!」
「欲しいんだろ?」
「……ま、まあ……」

あれよあれよと店員さんに引っ張られお勧めの靴を試着したけども、ヒールが高すぎて足が良くなりつつあるわたしには厳しかった。仕方なく似たデザインのローヒールにして、シンプルなパールのネックレスを選んだ。それから新作コーナーに置いてあった白い服に着替える。ふむ、と納得している降谷さんの手には買ったばかりのドレスの袋や靴の箱。完全な荷物持ちになってしまってる。奪い取ろうとしても高いところへ持ち上げられて手が届きそうもない。店を後にして、どこかで食事をしてから帰ることにした。

「やっぱり白が似合うな」
「そうですか?」
「ああ。吉川は白が似合うよ」
「うーん。そうですかね。あ、でも青も似合ってたんですよね?」
「うん」
「じゃあ、新たな発見ですね。わたし、青を着ることってあまりなかったので」
「これから着るといいさ」
「そうですねえ。そうしたらいつでも降谷さんとお揃いになれますね」




ドレープの間に夢を見る

←backnext→





- ナノ -