憧憬/降谷零


落としものは事実か嘘か


気になる依頼があると服部に呼び出され、ひとりで大阪へとやってきたとある週末。依頼は拍子抜けするほどスムーズに進んですぐに解決できた。その後、寄り道したいという服部に連れられてやって来たのは事件現場からそう遠くない場所にある寺だった。長い石の階段を登り切った先で風に揺られて届いた香りは墓地に不釣合いなほど甘ったるい匂いをしていた。そこにまさかこの人がいるなんて。

「ごめんねー、それペンネームなのよ」

言いそびれちゃったね。とわざとらしくくすくす笑って隠し通すつもりでいるらしい。細めた目の奥が笑ってなかった。

「なーんだそっか〜!ごめんね紗希乃姉ちゃん、疑ったりして」
「探偵ごっこはほどほどにするんだよコナンくん」

正体を知ってるオレと、おそらく知っているだろう大滝警部。それなのに頑なに隠し通そうとするのはなぜだ?服部に知られちゃマズい何かがあるってことか?

「ちゃんと自己紹介してなかったね。わたしは吉川紗希乃と言います。東京で雑誌記者やってるの。コナンくんが持ってる名刺はわたしのペンネームだけど、最近は専らそっちで呼ばれる方が多いからそっちで呼んでもらえると嬉しいな。君は?」
「……服部平次や。西の高校生探偵って呼ばれとる」
「へえ!西の高校生探偵か〜。西がいるってことは東がいるんだよね」
「せやな。今は忙しらしくて全然姿見せへんけど」
「ふうん。それって、工藤新一くん……とかかなあ、コナンくん」
「えっ、ぼ、ボクに聞くの紗希乃姉ちゃん!」
「だって、ここで東の人間はコナンくんしかいないし?答えにくい質問だったかな。彼以外で東の高校生探偵が思い当たらないだけなんだけど、他に候補を知ってるんだったらぜひ教えてほしいなあ」
「ボク、よくわかんない〜」

高校生じゃないし!と無理やり理由をとってつけてみるけど、紗希乃さんには通用してない。オレが工藤新一だってバレてるわけないよな?母さんや灰原と仲良くしてるのは知ってるけど、まさかそれをバラした上での付き合いでもないだろうし……。

「まあいいや。あんまり遅くなっても困るからお話はここまで!大滝さん、帰りもお願いしますね」
「ええ、それはかまへんけど……」
「やだなあ。そんな落ち込まないでくださいよー。たかがペンネーム使ってるのがばれただけじゃないですか」
「ねえねえ、大滝警部は紗希乃姉ちゃんの本名知ってたの?」
「事情聴取の時はちゃんと本名名乗るもんでしょ?」
「へえ〜」

ウソつけ。この前は警視庁で思いっきり偽名名乗ってたくせに。それじゃあ、と大滝警部の車に乗っていく紗希乃さんを見送りながら、ふと気づく。コイツなにを真剣な顔して考えてんだ?隣りに立つ服部の顔を見上げると、まるで難事件に合っているかのような表情をしている。

「……で?なんで紗希乃さんにあんな突っかかってたんだよ服部」
「別に突っかかっとらんわボケ」
「いやどー見ても突っかかってただろ。それに会った事あるってどこで会ったんだ?」
「オレらが中坊だった頃に大阪で起きた爆発事件は知っとるか」
「ああ、どっかの宗教団体の末端が過激化してテロを起こしたんだっけか」
「そう、それや。爆発自体は小規模でも火災の規模がそこそこデカくてなぁ……。今日みたいに空気が乾いて、風が強い日で、あっちゅう間に火ィがついていったんや」

数年前に起きたその事件は全国ニュースで連日報道されていた。けれども、事件の詳細らしい詳細は語られず、とある宗教団体の末端が過激化して起こした事件だったこと、それらの沈静化は済んだことしか報じられなかった気がする。

「そこの墓ん中で眠ってる姉ちゃんにオレと和葉は助けてもらったんや。だから時々手ェ合わせにこうやって来る。線香とか花は和葉がいつも用意しとるからいつもオレは手ぶらやけどな」
「つーことはその人と知り合いの紗希乃さんとは葬式で会ったってわけか」
「いや、会うたのはその事件の時や。あの人は通夜も葬式も来てへん」
「は?それじゃあ、その日紗希乃さんが大阪にいたのかよ」
「おう。姉ちゃんがオレと和葉を守ってくれた時、その場にいた。それやのに……」
「それなのに?」
「……いや、何でもあらへん。さーて、ちゃっちゃと姉ちゃんに挨拶して遊び行くで!ウマいたこ焼き食わしたる!」

オレはなんの面識もない人だけど、来たからには手を合わせてから帰るか。しゃがむ服部の隣りに並ぶと、墓石のすぐそばに何かが落ちているのが見えた。

「なんだこれ」
「なんや工藤なんか見つけたんか」
「これって……」




落としものは事実か嘘か

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