憧憬/降谷零


知りたがり屋にご注意を


あ、お線香買ってくるの忘れた。けどまあいっか。こっちの方が好きだもんね。なんて勝手に理由をつけて、いつもの煙草を取り出した。火をつけたそれを咥えることなく墓前に置く。じわじわと燃えていくそれを眺めて、ちょっとだけ蹲ってみる。あーあ。やっぱり泣けないんだ、わたし。目を瞑っても涙のひとつも出て来やしない。ほんっと可愛くないなあ。泣いても可愛くなるわけじゃないけどさ。

「紗希乃さん?」

急に呼ばれた方を見たら、なぜかそこには知った顔。

「……え。なんでコナンくんがここにいるの?」
「そっちこそ!いつ退院したの?怪我はもう大丈夫?仕事は?あと安室さんがまだポアロで見ないんだけど、」
「待った待った質問が多いよ!」

あれ、ここ大阪だったよね?そんなことを思ってたら質問攻めにしてくるコナンくんの後ろから色黒の男の子がやって来た。

「なんや工藤、急に走り出しよって。その姉ちゃん知り合いかー?」
「ああ、この人は……」

どう説明するか悩んでるのか、コナンくんの顔は目に見えて焦ってる。ていうか工藤って。わたしを何て説明してくれるのか待っていると、色黒の男の子の表情がすこし固くなった。

「なあ、姉ちゃん。…その墓で眠っとる人とどんな関係か聞いてもええか?」
「聞いてもいいか尋ねるなんて面白いね」

まるで聞いちゃいけないってわかってるみたいな質問だった。それもそうか、と一人納得して立ち上がる。墓前に置いた煙草はかなり短くなっていた。気を付けて拾って、携帯灰皿に擦りつける。

「ただの知り合いだよ。ちなみにコナンくんの質問の答えは、先週末に退院しまして、怪我の経過は良好で安室さんのポアロ復帰は未定でーす」
「紗希乃さんはお墓参りしに大阪へ来たの?」
「はは。君は本当に知りたがり屋さんだねえ。そうだよ。お墓参りに来たの。前にも大阪来ようとしてた時あったでしょ?あの時は君と沖矢さんとのお茶会に変わったけど」
「お墓参りだとは思わなかったんだ。ごめんなさい…」
「いいよいいよ」
「オレももうひとつええか。知りたがりのボウズに乗じて質問や」
「はい、どうぞー」
「オレとアンタ、会った事あるよなあ?」
「んー、どうだろう。これといった覚えはないんだけどな」

人違いじゃない?と首を傾げたのが気に障ったのか、少年は面白くなさそうな顔をしてる。腕時計を見たらだいぶ時間が経っていた。そろそろ大滝さん戻ってくるかな。椅子を返して向こうで待つことにしようか。ゆっくり立ち上がって、まだこっちを見据えている少年に向き直った。

「……君は、ここへよく来るの?」
「しょちゅう来とるわけやないで。月命日に顔出したり出さんかったりや。よく来てるのは旦那の方」
「そっか。だからここだけ綺麗なんだ」
「アンタはここ来たの初めてやろ」
「よく知ってるねえ」
「ここの住職のジイさんもその姉ちゃんの旦那からも他の誰かがが来たって聞いた事あらへんしな」
「えっ来たら情報流れるシステムにでもなってるのここ」

下手な情報流されたら困るなあ。住職に口止めしておく必要あるかな。いやでも流石にそこまで必要ないか。そんなことを考えていたら、遠くからおーいおーいと声が聞こえた。

「吉川さーん!遅くなってすいまへん」

うっわあ、なんてタイミング。しかも普通に苗字を呼んだ。そして答えは出たとばかりにコナンくんがニヤリと笑ってる。

「大滝はん?なんでここに……つーか、今その姉ちゃんのこと呼んだか?」
「へ、平ちゃんこそ何でここに…!今日用事ある言うてたのはええんか」
「ボケ和葉のせいで順番変更や。で?仕事中のはずの大滝はんがこないな所で何しとるんや?」
「仕事や仕事!」
「ほー、仕事か。じゃあこの姉ちゃん誰なんか知っとるわけやな?」
「それは……」
「前に事件でお世話になったの」
「事件て何のや」
「とても小さな事件だよ。お墓参りに来ようと思ったけど、わたしは大阪の地理に明るくないからここに案内してもらっただけ」
「そんなんその辺の交番で道聞けばわかるんと違うか?」
「大滝さんにお礼がしたくって。そうですよね、大滝さん?」
「え、ええ……」
「ねーねー、それじゃあ紗希乃さんは完全にプライベートで来たってこと?」
「そうなるね」
「なーんだ。てっきり仕事で大阪に来たんだと思ってたよボク」

わざとらしい子供の声を出すコナンくんの今すぐ口をふさいでポイしちゃいたくなるくらい!ニヤニヤ笑っているコナンくんは大滝さんたちに向かって、高い声で話かけている。

「仕事ぉ?そーいや、くど……コナンくんはこの姉ちゃんと知り合いやったな」
「うん。紗希乃お姉さんは事件を追っかける雑誌記者なんだ!ボク、名刺ももらったよ。確かリュックの中の財布に……ほら、あった!」
「……篠原紗希乃?」
「あれれーおかしいなあ。そういえば、さっき大滝警部は紗希乃姉ちゃんのこと『吉川』さんって呼んでなかった?」

しまった、という色にみるみる染まっていく大滝さんと、足元でどうしてどうしてとチョロチョロしてるコナンくん。さっき口ふさいでポイしちゃえばよかった!!

「ねえ、紗希乃さん。本当にプライベートで来たの?」
「ほんっとに君は知りたがりがすぎるよ」




知りたがり屋にご注意を

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