憧憬/降谷零


答えはいつも決まってる


「窓際座れ」
「えっ、わたし通路側でもいいですよ」

いいから、と押し込められるように座ったのは大阪行きの新幹線のグリーン席。よくわからないけれど降谷さんは通路側がいいみたい。降谷さんと新幹線に乗るのはこれが初めてじゃなくて前に一度だけ一緒に乗ったことがある。そうだ、あの時も窓際に座らせてくれたんだっけ。

『何も考えなくていいよ、俺が隠すから』

大阪から東京へ向かう新幹線。うすく笑う、あの日の降谷さん。えりあしが今よりちょっとだけ長くて、わたしをどう扱うか困ってた頃の降谷さん。まさかあの時はとなりにいるこの人の下で働くことになるとは思いもよらなかった。素直に泣ける女だったなら、あの時にわんわん声に出して泣いてたんだろう。それで降谷さんともさよならしてたに違いない。そういえば降谷さんの前で泣いたのはこの前の病院の時だけだ。それでも、今わたしが泣くんじゃないかって疑ってるのかな。

「わたしは平気ですから、安室さんは安室さんのことを一番に考えていてください」
「そっくりそのまま君に返すよ」

外だから安室さんと呼んだけど、あの時は安室さんとも降谷さんとも呼ぶことはなかったっけ。人間なにがあるかわかんないなあ。


*

「チェックインしておくから大きい荷物貸してくれ。ホテルに置いておくものがあればそれも預かるけど」
「キャリーバッグだけで大丈夫ですよ。やっぱり、わたしがチェックインしに行きますか?"そちらの用"の方が急ぎかと思いますけど」
「待ち合わせにはまだ余裕があるから平気だ。そっちこそあまり遅くなったらいけないだろう」
「……そうですね」

気を付けて行ってくるんだぞ、と頭をポンポンと撫でられる。まるで犬みたい。そんなことを思いながらタクシーに乗る降谷さんに手を振って見送る。降谷さんとはここから別行動をとることになってる。バーボンとして大阪にやってきたこの人とは部屋をとったホテルこそ同じだけど行動は全く別になる。さびしいなんて思うのはおかしいな、これは仕事だし。降谷さんは今日からもう組織の仕事に手を付けるみたいだけど、わたしは明日からだった。大阪府警の公安部に明日顔を出すことになってるから、今日はフリー。……なんだけど、行き先はもう決まってるも同然だった。行かなくちゃせっかく機会をくれた降谷さんに申し訳ない。それに何よりわたしが後悔するってことは決まりきっていた。


*

お花を買おう。小ぶりな花より、大きな花の方がいい。駅にある花屋で花を見繕ってもらって購入する。プレゼントですか?と営業スマイルを輝かせる店員さんにニッコリと笑い返す。

「友人に会いに行くんです」

スマホに届いた連絡に記してある場所へ向かうと一人の男性が立っていた。

「待ってましたよ、ささ、どうぞ。あっちに車まわしてますんで」
「ありがとうございます、今日はよろしくお願いします」

用意してくれた車の助手席に乗ってシートベルトを装着すると、運転席に座った男の人がコホンと咳払いをした。

「改めまして、大滝と申します。例の件では大変お世話になりました」
「こちらこそ我儘を聞いて頂いてすみません」
「いやいやそんな礼言われるほどやないですわ」
「ライター、大事に使っていると彼女のご主人に伝えてもらえますか」
「ご自分で伝えてみたらどうやろか。せっかく来てはるんやし」
「そうですねえ……」

車中はとても賑やかだった。とはいってもしゃべり続ける大滝さんにわたしはひたすら相槌を打つだけだったけど。

「えらい派手な花集めましたなあ」
「こういうの好きだったんですよー」
「人は見かけによりまへんなあ」
「そうですねえ」

目当てのお寺に到着すると大滝さんに待つように言われる。寺の方へ進んでいく彼を横目に、車にもたれかかるようにして立った。駐車場が上にあってよかったな、と長い長い石の階段を見下ろして思う。そこから見える大阪の街並みは数年前とどこが変わったのかなんてわたしにはさっぱりだった。風が強くて、持っていた花の包みが大袈裟にガサガサ音を鳴らす。乱れる髪を手櫛で直していると、おーい、おーいと声がした。大滝さんが何やら折り畳みイスを手にして立っている。

「借りてきたんで使こうてください」
「いいんですか?」
「ええ。その足じゃしゃがめへんやろ思て」
「ありがとうございます、ぜひ使わせてもらいます」

やっぱり念のためにと杖を持たされたせいか道行く人の視線をなんとなく集めてきたが、ここでも気を使われるとは。なんだかちょっぴり申し訳ない

「あー、吉川さん」
「はい?」
「実は府警にすぐ戻らんとアカンようなんですわ。せやから、ゆっくりしとって下さい」

いつ連絡が来たんですか、なんて質問は野暮か。気を利かせてくれたらしい大滝警部に心の中でお礼を言って、お墓へと向き直る。

「……こんにちは」

返事なんてあるわけがない。他人行儀な挨拶に彼女は大笑いしてるかもしれないけれど、こんな石の塊とわたしの親友はどう頑張っても結びつかない。この中に入っているなんてわかってるつもりでも理解できずにいた。

「ずっと来れなくてごめんね。忙しいって言い訳して来てなかった。忙しいのは確かだけど、新幹線使えば難なく来れるもんね。今日乗ってきてよく分かったよ」

そうだ、プレゼントありがとう。大事に使ってるよ。自分で煙草買うようになったって言ってないのにしっかりライターを用意してるなんて流石だわー。アンタが買ってくれた時より傷はついて煤けてたんだろうけど、それもありかなって思ってる。よく行く喫茶店の店員さんにね、こないだ使い込まれてますね、って褒められたの。え?褒めてないって?そうだなあ、わたしは褒めてるととったからいいんだ。ねー、聞いてよ、上司がさあ……あ、上司って今の上司ね。ほら最初にイケメンがいるって言ったでしょ?あの人が今わたしの上司なんだけど。たしかに上司なんだけど、上司という枠に収まりきらないと言うか。あー、もうわたしどうしたらいいかなあ。いまものすっごく曖昧なの。いろいろと。たぶん、一から説明したらアンタぶちぎれるよハッキリしなさいよって。わかってはいるんだけどさあ。やっぱり上司と部下だし、そこのところ忘れられないし。ねえ、どうしたらいいかなあ。

「予防線としてのポーズじゃなくて、本当に好きなんだよね。これから先、拒めないし拒みたくない。全てが終わったら…なんてフラグのようなの立たせるのも何だかなあって思うし。でも実際、全てが終わらないと大きく進めやしないんだけど」

いいのかなあ。わたし、先に進んでも大丈夫なのかなあ。

「こうグダグダと悩んでるの知ったら怒るよねえ。ごめんごめん。でも、もうちょっと悩ませて。悩めるだけ贅沢なのはわかってる。それに、」

答えがもう決まりきってることだってわかってるんだよ。




答えはいつも決まってる

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