憧憬/降谷零


忘れるなんてできないね


「……了解しました。こちらでも調べてみます」
『降谷にはこっちから一報いれておくから』
「よろしくお願いします」

結局こうなるわけね。好き好んでワーカホリックになりたいわけじゃないってのに周りはずるずると引きずり込もうとしてるらしい。なんて言ってもしょうがないんだけどさ。電話で気になることが増えたため退院してすぐに登庁することにした。久しぶりの職場に顔をだせば、まるでお化けを見る様な目でみんなにみられる。わたし死んでないんですけど!お見舞いだって来てたくせにどうしてそんな目で見るの。

「しばらく休みだって聞いてたんだ」
「どこの情報ですかそれ。確かに明日までは休みですけど」

勤務日と違って比較的ラフな格好で現れたから尚更おかしく見えるのかもしれない。まだコルセットをしているからゆったりした服を着てるし、降谷さんに念のためにと杖も持たされてる。急に踏みとどまったりしゃがまなくちゃいけない時にはとても助かってるけど目立つよね。わたしのデスク周りの人たちは会議にでも出てるのかがらんとしていた。

「山中さんて会議中ですか」
「そうだよ。風見も出てる」
「あ、いや。風見さんには用なくって」
「珍しいこともあるもんだな。風見じゃなくて山中になんて」
「あはは。これっきりにしてもらいたいですねぇ。なんちゃって」
「お前、それ本人に言えるのかよー」
「言えますよー。あの人わたしの教育係だったじゃないですか」
「そうだっけ。お前最初から降谷じゃなかったか?」
「ちがいますよ。最初は村上さんです。次に山中さんで、その後が降谷さん」

村上さんはほぼ1週間くらいしか下につかなかったからある意味ノーカンだけども一応言っておく。ですよねー?と少し離れたデスクにいる村上さんに声をかけたら、おう、とだけ手をあげてくれた。さて。会議が何時に終わるかわからないんじゃここにいても意味ないな。

「第三資料室にいるので、会議が終わったら誰か内線鳴らしてもらえると助かりまーす」

手がいくつかあがったからたぶん大丈夫かな。いつもより低いヒールで廊下を歩く。資料室のドアにわたしの証明カードをかざして開錠する。埃っぽいそこで目的の書類が綴じてあるファイルを取り、内線の電話機のそばに置いてある踏み台に腰かけた。最初の数ページは軽く流し読むだけ。読まなくても大体の内容を覚えているのはわたしが書いた報告書だから。うわ、これよく通ったな。なんて思うような文がところどころに散っていて当時のわたしの知識不足が垣間見れた。この事件は忘れられるはずがない。わたしが警備課に配属されて最初の事件。そして、この時わたしの……

「……あ、」

とても呼吸が浅くなってたことに気付いて深呼吸をした。埃臭くって、気持ち悪い。長居するのはやめとこ。そう思った時、壁に掛けられた内線が騒がしく鳴りはじめた。

「はい。第三資料室、吉川です」
『降谷だ』
「……降谷さん?今日は登庁しないんじゃ?」
『例の件のことで来たんだ。局長室に来れるか』
「すぐに向かいます」


*

局長室に入ると、なんだかつい先日似たような顔ぶれで集まったような気がしてならなかった。まあ、今回は山中さんと他数名もいるけど。

「休養中すまないな、吉川」
「いえ。わたしも気になっていたもので」

局長室内にある応接ソファには局長と降谷さん、向かいに山中さんと風見さんが座っていた。それからソファに面していないテーブルを囲むようにそれぞれの部下がパイプ椅子に座っていた。風見さんがわたしに席を空けてくれようとしたけど、そっち行く前に降谷さんにパイプ椅子を宛がわれた。「こっちの方が立ちやすいだろ」たしかにふかふかのソファは立つのがまだ辛いかもしれない。けど、過保護だよなあ。風見さんと山中さんの表情がそう物語っている。大人しく降谷さんの隣りに座ると、局長が改めるように咳払いした。

「山中から話を聞いただろうが、改めて。この件は強制的に巻き込まれた形だったが、今回はちゃんとした形で君の手を借りたい」

降谷さんが何か言ったのかもしれない。ちらりと横目で降谷さんへ視線を送るけど、交わることはなかった。もちろん言ってない可能性もあるけれど、それでもこんなこと局長が気にすることなんかじゃない。いつまでも悲劇の渦中にいるように見えているのなら、それは誤解だから見えないようにしなくちゃいけない。引きずっているとわかったらきっと、この先も大きな案件に携わるのは難しくなる。

「命令してください。わたしにはそれで充分です」

全然なんてことありませんよ、そういうつもりで笑って見せたけど、うまく笑えていなかったのかな。降谷さんの表情はすこし冷めた表情をしていた。

「わかった。それでは吉川、明後日より大阪で例の件を再び調査して来い」
「了解いたしました」
「出発は午前の新幹線で席を取ろう。それでいいな降谷」
「はい。それまでに手筈を整えます」
「……えっ、降谷さんも行くんですか?山中さんじゃないの?」
「俺は別件で立て込んでる。じゃなかったらお前に降ろさずにこっちで処理してたよ」
「それに組織も関わってきていることが判明した。俺は組織の側から探ろうと思う」

じゃあなんだ、もしかしなくとも降谷さんと二人で大阪行くってこと?思ってもみなかった展開に驚いた。じっとりした視線を感じて辿ってみたらそれは風見さんからで、「旅行に行くんじゃないんだぞ」と言わんばかりだった。残念でしたね、風見さんは仲間はずれですよ。

「声に出てるぞ吉川」
「うわ」
「旅行じゃないんだぞ阿呆が!」




忘れるなんてできないね

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