憧憬/降谷零


変貌遂げた最後のピース


裏切りは女のアクセサリーだって。まさか小学1年生の女の子からそんな言葉がでるなんて思いもよらなかった。本人は人からの受け売りだと言うけど、まるで裏切った事のある経験談のように語る彼女の貫禄といったら……。ふと、すこし前に楠田陸道を追っている時に見た資料に添付されてた写真が脳裏をよぎる。あの写真の子もそこそこ若かったけど、哀ちゃんが大きくなったらあの子みたいに……

「紗希乃さん、スマホ鳴ってるよ」
「あ、ごめんありがと。……はい、吉川です。……はい。了解しました。問題ありません」

聞き耳をたててるコナンくんの表情は真剣そのもの。ほんとに抜かりないなこの子。精神年齢と身体がミスマッチな二人を眺めつつ、通話先の声を漏らさぬよう聞き続ける。通話を終えてスマホをベッドの枕元へと投げた。

「盗み聞きしようとしても無駄だよ少年」
「何かあったの?」
「何も。というか今から仕事だから申し訳ないけど二人は帰ってもらうことになるからね」
「バームクーヘン切ったばかりなんだけど」
「持って帰っていいよ。あとあれとそれもあげる。そっちはわたし食べたいからよけといて〜」
「今から仕事って……?」

バタバタと忙しない音が廊下から聞こえる。ノック音に返事すると、ぞろぞろとアタッシュケースを持った部下たちが入って来た。簡単な折り畳みデスクや椅子まで運ばれてくる。うわ、これ本格的にここに籠るやつ。組み立てたデスク上に置かれたアタッシュケースの中身を想像するだけで眠たくなってきた。

「お疲れ様です。ありがとうございました、PCはどれに?」
「三番目のケースの中に入ってます」
「わかりました。それとそこの二人を送ってください。二人とも米花町まででいいかな?」
「う、うん」
「それじゃあ、二人とも来てくれてありがとう!気を付けて帰るんだよ」

それと、何か聞いてもこの人たちは何も知らないからね。車の中で行われるだろうコナンくんからの質問攻めを想定して早めに釘をさすと、「何も聞かないよ!」とコナンくん焦っていた。絶対聞く気だったなこれ。

「あ、そうだコナンくんにもうひとつお礼言わなくちゃ」
「なに、紗希乃さん」
「わたしの足の止血してくれたのコナンくんでしょう?あんな危ない中やってくれてありがとう」
「僕やってないよ?」
「え?」
「僕が紗希乃さんを見つけた時はもう止血してあったよ」
「……そっか。わたしの勘違いだったみたい!」
「うん。たぶんあのもう一人の公安の人がやったんじゃない?あれネクタイだったみたいだし」
「そうかもしれないね」
「それじゃあ、紗希乃さんお大事に!元気になったら顔見せに探偵事務所においでよ」
「うん元気になったらぜひ行ってみたいなあ。それと、阿笠博士にも会ってみたいなあ」
「いいわよ。ただ、発明が忙しくない時ね」
「そうだね、行く前にはちゃんとアポとるから」

ばいばい、と手をふる二人に振り返して見送った。バタンと扉が閉じたら、沈黙が部屋の中へ嫌でも広がっていく。少しだけ量の減ったお見舞い品に安心した。最近貰ってばかりで何となく落ち着かない。お返し考えておかなくちゃな……そういえば事情聴取だと言っていたのに手土産を持参してくるやつなんて思いもしなかった。心配そうに紙袋をぶら提げた千葉くんを思い返してため息が出る。形ばかりの事情聴取だなんて向こうもわかってたんだろう。じゃなくちゃ上司がこんなの普通認めない。互いに形だけだとわかってるならもっと簡略化できただろうに。

『僕が紗希乃さんを見つけた時はもう止血してあったよ』

聞かなきゃよかった。聞いたせいでそんなわけないって済ませられなくなってしまった。仮にも殺したいほど憎んでいた相手だから、それこそいい人だったのよって言われても信じられないし信じたくない。何よりも彼女は我々の敵。枕元にあるスマホを手繰り寄せて、風見さんにメッセージを送る。

「キュラソーの、死因は、何ですか、っと」

身体をずっと起こしていたから疲れた。少しだけ横になろ。それからPCを立ち上げて、メールチェックして…、と瞼を閉じたところである顔がぼんやりと浮かんできた。悲しそうな表情。辛そうな、何かを葛藤しているような表情。ねえ、どうしてそんな顔でわたしの首を絞めてたの。どうして銃を捨てなければ撃つなんて、成立したところで何の得もない取引をしようとしたの。わたしと風見さんをさっさと撃ち殺してしまえばよかったのに。わたしを息が止まるまで絞めあげればよかったのに。風見さんからすぐに返信がきた。一番の死因は失血性ショック死。そして、

「クレーンと観覧車の間に挟まり、大半の臓器を損傷していたため……?」

クレーンって確か……。ゆっくりと起き上がって、ベッド横に立てかけていた松葉杖を使って立ち上がった。痛い。けど、気になることがある。持ち込まれた椅子に座って、組み立てられているデスクの上にPCを広げた。風見さんが報告書はもうすでに上にだしたと言っていたからおそらく見れるはず。閲覧許可の下りている報告書のファイル一覧から今回の件を探してファイルを開く。コナンくんの件は協力者として名前を挙げていたのは知っていた。回転していく観覧車を止めたのは最終的に彼になっているが、止まるきっかけのひとつに、クレーン車が観覧車へと向かっていく様子の目撃情報が数件あると記載してある。

「これだ」

『子供達がゴンドラにいることを知って崩壊する観覧車を止めようとしたの』って哀ちゃんが言っていた。観覧車へと向かっていくクレーン車。間に挟まって損傷のひどい遺体。止血されてたわたしの足。ああ、もう。本当に馬鹿じゃないの。奴らのあの銃撃から逃れることができる力を持ってたのに、向かっていくだなんて本当に馬鹿だ。

「ほんとに、ばか」

どうせならちゃんと憎み通せるように悪者でいてほしかったよ、キュラソー。伝えるあてのない気持ちがやるせない。降谷さんにでもぶちまけてしまおうか。スマホに手を伸ばした時だった。知らない番号から着信がきた。プライベート用のスマホを今は使用しているからここに登録している番号は少ない。けれど、仕事用の時に目にしたことがある番号でもない。いたずら電話かな。ぴたり、止まったかと思えば再度振動と共に現れる。間違いかもしれないし、出てみるか。

「……もしもし」
「あぁ、お休み中すみません。篠原さんのお電話でしょうか」
「あなたは、」
「沖矢昴です」
「……」
「そんな露骨に嫌がらなくても」
「何も言っていませんが」

裏切りだと一度思ってしまったら胃がきりきりとしてくる。やめてここ病院だから。他の病気発症させる場所じゃないから!

「コナンくんから、この前の件で貴女が相当参っているようだと聞きまして」
「そこでしれっと電話をかけようと思う神経が全くもって理解不能ですね」
「いえ、参っているなら尚のこと連絡しなくてはと思ったんです」
「はあ?」
「今度お見舞いに行こうと思っているので、その時にお話でも」
「いや、どう考えてもあなたは警備ではじかれますけど」
「警備もすぐに要らなくなるかと。きっと、そちら側も情報を掴んで持ち帰っているところだと思います」
「……あなた方の身内で潜っているのはもういないはずでは?」
「そうですね。正確には身内ではありませんよ。ただ、身内に近いポジションとだけ言っておきましょうか。そうまさに、貴女みたいに」
「……」
「それでお見舞いは行ってもよろしいですか?」
「わたしの質問にちゃんと答えると約束してくれるなら、応じます」
「いいでしょう。ただしこちらにも交換条件があります」
「条件?」
「ええ。いたって単純です。今のやりとりと次のお見舞いのことは他言無用で」
「……その言い方だとコナンくんにも黙っておけと言っているようですが」
「その通りです。彼にも知らせてはなりません」

「貴女が上司を裏切っているかどうかの悩みは、僕の話を聞いてから判断してもらいましょうか」





変貌遂げた最後のピース

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