憧憬/降谷零


屁理屈を盾にウソをつく


ひとしきり泣いて力が抜けた体は痛みで悲鳴をあげていた。泣いたせいで余計に浅くなった呼吸を痛みに耐えながらできる限り深くしていく。

「今後の事は聞いたか」
「……はい、先ほど風見さんから」
「事情聴取は回復を待ってからの予定だったが、上からの判断で近日中に行うようにとのことだ。いけそうか?」
「はい。いつでも大丈夫です」
「なら明日の午後にセッティングさせよう。場所はこの病室で」
「了解しました。あくまで被害者を装うようにとのことでしたがどこまで話しますか?」
「そうだ。それと組織の事は出さないように」
「はい」

病室で使用するPCや資料たちは事情聴取が終わった後に運び込まれるらしい。今回の件の後始末は風見さんたちが引き受けたそうだから、降谷さんは組織の方へ顔を出すのだそう。

「降谷さんがここにいるということはノックリストは組織の手に渡っていないんですね?」
「……半分正解半分不正解だ」
「はい?」
「陰の功労者のおかげさ。キュラソーが組織に送ったノックリストが途中から書き換えられて、俺と本堂瑛美……キールはノックではないと組織に情報が流された」
「では一先ずの信用は得られたと」
「しかし一度捕まったところから逃げたんだ。だからある程度誠意とやらを見せないといけなくなった」

組織の中での誠意。つまりはしばらくの間、裏の仕事を中心にしていかなくてはいけなくなったということだった。

「その陰の功労者って、」
「誰だと思う?」

あの観覧車内で見た人物の中で思い当たるのは二人。コナンくんと赤井秀一だった。どっちだ?いや、でもコナンくんは子供だし…。順当に考えるのならば赤井秀一だけれど、FBIのあの人を降谷さんが功労者だなんて評価を仮にでもするわけがない。

「江戸川コナンくん、ですね?」
「……ああ、その通り」

よかった当たった。と胸をなでおろしたのもつかの間。降谷さんがどす黒い笑顔を浮かべていた。なぜ……?!

「答えを出すまでに随分間があったが、誰か別な人物でも思い浮かべていたんじゃないか?」
「え、」

「例えば、FBIの赤井秀一とか?」

急に声に出されたその人物の名前に一人焦って、降谷さんの顔と病室の入り口を交互に見る。大丈夫、人払いしてるから誰にも聞かれない。という言葉に安心できなかったのは降谷さんの顔が最上級に恐ろしかったからだった。

「奴とどこで会った?」
「あ、会っていません!」
「冗談はよせ。会ってもいない男の名前を聞いて『赤井さん』なんて呼ぶ奴があるか」
「わたし赤井秀一のことそんな風に呼んだことありませんけど」
「観覧車で呼んでいた」

呼んだっけ?いや、そんな覚えないんだよな。というか、本当にこれまで赤井の事を知人のように呼んだことなどないし、呼ぶ必要がそもそもない。まあ、会ったことがないというのは、沖矢昴の姿では会ったことはあるけれど赤井秀一として会ったことはない、という屁理屈を盾に会っていないことにする。しかもそれだって1回きりだ。

「会ってたって言うなら、降谷さんこそ赤井に会ってたじゃないですか。首都高オービスのカメラにばっちり映ってましたよ。貴方と赤井のカーチェイス!」
「あれは奴が後から追いかけてきただけだ」
「ちなみに誰にも報告はあげてませんし該当の映像は消しときました」
「……」

それに観覧車で降谷さんと再会した時だって、コナンくんと赤井の二人と合流するって言ってたってことはあそこで降谷さんが単独行動をとってる前は赤井に遭遇していたわけだ。ほら、わたしよりも赤井と会ってる!

「強いていうなら赤井と繋がりのあるコナンくんと接触した、というのがベストアンサーかと思います。誤解を生むような発言をしてしまったようで申し訳ありません」

コナンくんが赤井と繋がっていることは来葉峠での一件でほぼ確定していて、かつ今回の観覧車で確実なものとなった。わたしが降谷さんの言うように赤井を呼んだのだとしても偶然でしかない。だって、わたしは赤井に協力もしたくなければ関わりたくなんてないんだもの。

「本当に会ってないんだな?」
「……はい」
「コナンくんを通して意図的に赤井とコンタクトを取ろうとしたわけではない、と」
「その通りです。何ならコナンくん本人にも確認をとりましょうか?」
「……いや、いい。悪かったよ。赤井の奴が意味深なことを言っていたから少し勘繰ってしまった申し訳ない」
「意味深?」
「忘れてくれ」

降谷さんは腕を組んで、深くため息をついた。相当忘れてほしいらしく、険しい表情で目を瞑っていた。

「ああ、それと。捜査一課にお前の同期がいたな?」
「はい」
「向こうはお前の所属を知ってるのか」
「警察病院で会ったときに知ったようです。驚いてましたが時間もなかったので深い話はしていません。というか降谷さん知ってたんですねわたしの同期のこと」
「まあ、安室透として会ったことがあるからな。観覧車を止めた後に搬送されるお前をとても心配して駆け寄っていたから誰かと思って」
「調べたんですか?」
「そんなところだ」
「貴方はそこまで暇じゃないでしょうに!」
「仕方ないだろ、吉川が目覚めるのが遅いのが悪い」
「そりゃそうですけど…!そんなことしてるくらいならちゃんと休んでください!」
「イライラしながら寝るのと安心して寝るのとどっちが身体にいいと思う?」
「そもそも休んでない人にはどっちも関係ありませんよね?」

悪かったよ、降参だ。わざとらしく両手を両手をあげてひらひらさせている降谷さんに本当にちゃんと休むよう念を押せば「怪我人に言われなくともわかってるさ」と小さく笑う。さっきまでのどす黒いオーラはいつのまにか消え去っていて、どこかからかっているような様子も窺えた。それからポケットからスマートフォンを取り出し、真面目な表情で画面をタップしている。

「時間だな……」
「どのくらい潜るつもりですか」
「わからない。なるべく早く戻る努力はする」
「気を付けてくださいね」
「もちろん。吉川も無理せずに」
「はい。わかってます」
「それから……、何かあったら電話するんだぞ」
「していいんですか?」
「また無茶をやられたら俺の血管が破裂しそうだから」
「け、血管……?!」
「次は泣く前に連絡してくれ。約束な」

まるでちっちゃな子を相手にするみたいに、降谷さんの右手の小指がわたしの左手の小指を攫って行く。そっと結ばれた小指を目にした途端に恥ずかしくなってきた。何してるんだいい大人が。赤くなってるはずの顔を隠すように布団をたくし上げると、降谷さんがきょとんと瞬きしている。

「ほんとにお前は……」

降谷さんは続きの言葉を飲み込んで、またな、とだけ言い残して去っていく。あー、照れてる場合じゃなかったのに。もっとちゃんと、いってらっしゃいって言ってあげるべきだった。口元まで覆っていた掛布団を頭の上まで引き上げた。そして、小さい声で呟く。

「いってらっしゃい降谷さん。それと、嘘ついてごめんなさい」

屁理屈を盾にしたところで降谷さんを騙している感が拭えない。コナンくんに協力するためには嘘をつかなくちゃいけない。これからもずっと降谷さんに嘘を通し続けなければいけないのか。やだなあ、そんなの。








屁理屈を盾にウソをつく

←backnext→





- ナノ -