憧憬/降谷零


ストーカー女の言いわけ


「見てよこのちょっと軽蔑したような眼差し……ちょっとっていうかかなりドキドキするよね。あ、軽蔑ってわかるかな?簡単に言うと馬鹿にしてるって意味に近いんだけど」
「ただの変態ね」
「変態ってほどじゃないよ、単純な好意!」
「ストーカーは大体そう言うのよ」
「小学生なのに厳しいね、きみ」

公園のベンチに座り、膝の上に広げたアルバムの写真を指を差して小学生に解説している女がいる。一体どういう状況だこりゃ。安室透のストーカー疑惑のあるこの人物がストーカーじゃないことを証明すると言ってからずっとこの調子だった。はじめは真面目に聞いていたオレたちも、今じゃ一人で盛り上がる女の話を適当に聞いているだけになっている。女の両隣りに座った元太と歩美がアルバムに収められた安室透の写真を覗き込む。

「なんだかいつもの安室さんじゃないみたい」
「どーいう意味だ歩美〜?」
「歩美が見たことある安室さんはいつもニコニコしてるよ」
「確かにそうですね〜、いつも優しそうで笑顔な印象ですよ」
「あれれ〜、もしかしてお姉さん安室さんに嫌われてるの?」
「なぜ?!」
「ストーカーしてたら嫌われる理由に十分値すると思うけれど」
「だからストーカーじゃないんだって」
「で?アルバムを見て検証するって言ったのはどういう意味なんだ?」

見てわかんない?と女は、一番最初に元太たちが拾った写真をぴらりとオレたちに掲げてからアルバムをオレたちの前に開いて見せた。

「さっきから見てますよ〜」
「なあ、見たらわかんのかそれって?」
「さっき惜しいとこまで言ってたよみんな」

惜しいとこ…?アルバムに収められた写真と外に出ている写真を見比べてみる。さっきの会話を遡ると…

「視線、か?」
「ご名答〜!」
「は?どういう意味だよ姉ちゃん」
「このレアショットは視線が外れていてとっても笑顔、他の写真はどれも視線が合っているのにどこか無愛想でしょ」
「ほんとだ〜アルバムの方は全部ちゃんとこっちを向いてるね!」
「それじゃお姉さんには安室さんは冷たいってことですか?」
「やっぱり嫌われてんじゃねーか姉ちゃん」
「嫌われてないよ、たぶん」

子どもたちと女が会話しているところへ、服の袖が引っ張られた。振り向いた先では灰原が顔を顰めている。

「それで、どう思うの?」
「組織関係ならお前が一番感じるだろ」
「……今のところ何も感じないけど、」
「まあ、ストーカーっていうのも微妙なところだな」
「どう見てもストーカーじゃない」
「あの人が言う視線の話は確かにそうだろ?服装も髪の長さもそれぞれ少しずつ違うのにちゃんと視線はレンズに向いてる。呆れたような顔が大半だし、本当に顔見知りなのかもしれない」

あの表情をする時の安室透が素の安室透なのかもしれない。そう思ったら、写真をコレクションしている点は何の理解もできないが本当にストーカーじゃない気もしてきた。

「でもよー姉ちゃん、そういうのほどほどにしねーとほんとに安室の兄ちゃんに嫌われるぞ?しつこいのは嫌われるんだって母ちゃん言ってた」
「そうねえ…まあ、最近は会ってないから大丈夫よ。これはわたしの思い出ってやつね」
「はっ?!もしかして元カノさんですか…?!」
「ちがうちがう。ただの知り合い!わたしが一方的に憧れてるだけ!」

あっははーと笑いながらアルバムをぱたりと閉じる。そして鞄にアルバムを仕舞いながら、女はぽつりと零す。

「憧れは愛になんて成り得ないんだからね」

悲しげなその言葉に、誰も声を出せずにいると携帯電話のバイブの音が聞こえてきた。どうやら、鞄を漁っているこの人の方からしてくるようだった。

「お姉さん、携帯鳴ってるよ」
「アー、うん。出る出る。……はい、篠原です。ええ、折り返しますのでまた後ほど」

電話を切るとベンチから立ち上がりスーツの皺を伸ばすようにスカートを撫でつける。それからオレの目線に合うようにしゃがむと、ニコリと笑いかけてきた。

「わたしはこれから仕事だから、ここでバイバイねボウヤたち」

もし会うことがあったらよろしく言っておいて。と手を振って去って行く。



*


公園を出て、ひとつ角を曲がる。人影が周りになくなってからさっき鞄から出したスマートフォンを取り出した。通話履歴の一番上の番号に繋げる。

「……もしもしー"吉川"です。」
「今は平気か」
「ハイ。さっきはちょっと近くに一般人がいたので」
「この前の案件が動き出した。他の奴らはもう派遣してるからお前も後で顔出せ」
「えー。今朝に顔だしたのに」
「文句言うな」
「わかりましたよ〜それじゃあまた後で」

せっかくの休みなのになあ。そういえばあの子供たちと降谷さんがどういう関係なのか聞きそびれたな。スーツのジャケットのポケットから取り出した白いスマートフォンで降谷さん宛てのメールを作成する。いま、小学校にでも潜入してるんでしたっけ。なんて軽口を書いてから、メールごと削除した。やっぱりやめとこ。他の奴を派遣したんなら急がなくてもいっか、と駅の喫煙所に寄ってから警察庁に戻ることにしよう。ちょっとした風見さんへの反発だ。




ストーカー女の言いわけ

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