憧憬/降谷零


暗闇から抜け出したいの


キュラソーのスマホから本人を装って、バーボンとキールがノックではないとメールをした後に東都水族館へ走る。観覧車に辿り着いた時にはすでに一歩遅くて、公安の男の人と紗希乃さんがキュラソーを連れてゴンドラに乗りこんでしまったところだった。観覧車の内部には爆弾がしかけられていてどうにかして爆弾を解除しないと大変なことになっちまう。

「赤井さーん!そこにいるんでしょー!?大変なんだ、力を貸して!奴ら、キュラソーの奪還に失敗したら観覧車ごと爆弾で吹き飛ばすつもりだよ!」
「本当か! コナンくん」
「安室さん?!どうやってここに?」

上の階にいるらしい赤井さんに大声で呼び続けたら、どうやってきたのか安室さんが顔を覗かせた。それから赤井さんと二人で降りてくる安室さんに起爆装置が入っている消火栓を確認してもらう。

「どう?安室さん……」
「ああ、やっぱりトラップが仕掛けられていたようだ。安易に開けなくて正解だったよ」
「そっか……、あ、どうだった赤井さん?」
「やはりC-4だ。非常にうまく配置されている。すべてが同時に爆発したら車軸が荷重に耐えきれず、連鎖崩壊するだろう」

C-4はプラスチック爆弾の一種。「悩んでいる暇はなさそうですね」と呟いた安室さんが消火栓のトラップを外し、起爆装置を前に座り込んだ。

「どう?解除できそう?」
「問題ない。よくあるタイプだ。解除方法はわかるよ」

警察学校時代の友人に教えてもらったと語る安室さんは、「アイツの技術は完璧だったと僕が証明して見せる」そう言って、起爆装置に手をかけた。安室さんの持っていたアーミーナイフじゃ解除できないほど小型のそれは、小さいながらも異質な空気を纏って消火栓の中に佇んでいた。

「これを使え。そこに工具が入っている。解体は任せたぞ」
「赤井さんは?」
「ここにある爆弾の被害に合わずにゴンドラに乗ったキュラソーを奪還できるルートといえば……」
「空……!」
「そうだ。俺は観覧車の上に戻り、時間を稼ぐ。その間に爆弾を解除してくれ」
「簡単に言ってくれる……」
「上にはあのお嬢さんもいるんだろう、時間は多いに越したことはない」
「そうだ、安室さん!紗希乃さんのスマホに電話してもこの前からずっと繋がらないんだ」
「あいつの連絡先を知ってるのかいコナンくん?」

へえ、いつ交換したんだか……と面白くなさそうな表情をする安室さんに慌ててこの前ちょっと…と説明したけど、それすらも気に入らないようだった。それでもオレを睨むんじゃなくて赤井さんをずっと睨みつけている。

「……おそらく君に教えたのはプライベート用だろう。ここのところずっと仕事詰めだから持ち歩いていないだけだよ」
「それじゃ仕事用の番号は?!今電話で伝えれば警戒できるかもしれない!」
「わかった。君のスマホを貸してくれ。僕は今手持ちがない」
「番号覚えてるの?」
「ああ。どこからでもかけられるように部下の番号は覚えているんだ」
「では、ボウヤが彼女に連絡をとってくれ。安室君には解体をしてもらわねば」
「……まさかとは思うがお前まで吉川に接触していないだろうな」
「安心してくれ、悪いようにはしていない」
「貴様……!」
「ちょっと待ってよ赤井さん!ここで安室さんを煽るようなことわざわざ言わなくても!」
「事実だろう?」
「言葉が足りないんだって!」

爆弾解体を安室さんに任せて、赤井さんは観覧車の頂上に、オレもノックリストを守りに走った。さっき安室さんがスマホに打ってくれた番号にずっとかけているのに一向に出ない。観覧車の途中にあるLEDビジョンの隙間から外を除く。キュラソーが持っていた5色のカラーフィルムと同じ色のスポットライトが照らされているのが目に入る。これがすべて交わるところ、即ち頂上でおそらくキュラソーは記憶を取り戻す。急がないと……!ずっとかけているのにコールがとられる気配が一向にない。通路を走っていると突然照明が全て落ちた。

「くそ、奴ら始めやがった!」

お願い、紗希乃さん!はやく、はやく電話に気付いて……!かけ直して何度目か、突然つながったかと思えば、向こうからヘリの近づく音が聞こえている。まずい、もう奴らはすぐそこに……

「紗希乃さん聞こえる?!僕だよ、コナンだ!組織の奴らがすぐそこに来てるみたいなんだ!車軸に無数の爆弾が仕掛けられていて、いま安室さんが解体を……ねえ、紗希乃さん?聞こえてたら返事をして!」

紗希乃さん!と何度も声をかけながら、追跡眼鏡の赤外線モードで頂上にあるゴンドラ付近をズームする。ゴンドラのすこし上にはホバリングしている軍用ヘリがいた。奴らだ!

『ごめんなさい』
「……え?紗希乃さん?いま何て、」

通話がブツリと途切れる。誰かがゴンドラから飛び降りたのが見えた。レールの上を走り、頂上に辿り着くと、ゴンドラの天井が開いていた。飛び込んだ先には、公安の男の人と紗希乃さんが床に倒れている。

「公安の捜査官に紗希乃さん……ということはさっき電話に出たのは……」

ヘリのローター音がどんどん近づいてきている。はやく逃げなくちゃ。「おじさん、起きて!」捜査官を揺すっても、気絶していて目覚める気配がない。そういえば、血の匂いがする。おじさんからじゃない。紗希乃さんに近づくと臭いは一層濃くなった。暗くてどこを怪我してるのか見つけにくい。

「……止血してある?」

紗希乃さんの太ももにきつく巻かれたネクタイのような布。確認すると血の匂いはそこからしている。それと、離れた窓際に少し血のようなが跡が見えた。おじさんが紗希乃さんの止血をした後に気絶したのか?いや、でも、あまりにも二人は離れた場所に倒れてる。それに電話の声は男の声じゃなかった。紗希乃さんの肩を揺すって、声をかける。

「紗希乃さん!起きて、紗希乃さん…!」
「っ……!」

動かしたことで痛みが走ったのか、紗希乃さんの表情が険しくなった。うっすら目が開く。もう一度声をかけようとしたところで、メキメキとゴンドラの壁から音が聞こえ、揺れ始める。奴らゴンドラの回収を始めやがった!

「紗希乃さん!大丈夫?!」
「…コ……ナンくん……?」
「紗希乃さん、」

メキメキ聞こえる音が増えていく。空いた天井を見上げるとアームが左右に開いていくのが見えた。嘘だろ、このまま落とす気か?!やべえ、落ちる。ふわっと体が浮いたその時だった。腕を引っ張られ、気付けば紗希乃さんに抱えられていた。下に落ちた衝撃で紗希乃さんごと天井にたたきつけられる。衝撃で一瞬意識を失っていたのが戻ってくると、シャフト付近の通路でゴンドラから投げ出されていた。オレを庇うように覆いかぶさっていた紗希乃さんの下から抜け出す。紗希乃さんの息もちゃんとあるし、おじさんも生きているようだった。

「紗希乃さんありがとう……」

再び意識を失った紗希乃さんを引きずって、安全な場所へ移動させる。傷口からまた出血してきたらしく、ネクタイがどす黒く染まっていた。はやく紗希乃さんの治療もしてもらわないと……!おじさんも安全な場所に移そうと引っ張り始めた時だった、突然ガガガガと甲高い音が響き渡る。奴らがヘリで銃撃をはじめたみたいだ。

「クッソォ、なんとかしねーと!」

大人二人を抱えていては何もできない。ごめん、紗希乃さんとおじさん。ちゃんと助けを呼んでくるからそこで待っていて。動くものを抹殺しようと追いかけてくる銃撃から逃げるように、ボロボロにけずれていく通路をひたすら走る。はやく何とかしないと大変なことになっちまう。




暗闇から抜け出したいの

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