憧憬/降谷零


シャーロキアンが訪れた


今日は外が明るくなってしばらくしてから起きた。いくら続けて休みを手に入れても、一度崩れた生活習慣を正すには微妙な日数だよなあ、とカレンダーを眺めた。オフくらいちゃんと化粧して髪も整えよう。いつも巻くことのない髪を巻いてみたら随分やってないせいでとっても下手くそだった。ストレートに戻す手間もめんどうだから結んでしまえ。最近何も買い足してないアクセサリーボックスを漁ってバレッタを留める。うん、何とかなったかな。大阪行きの新幹線は何時発のに間に合うだろうか。プライベート用のスマホで調べようとテーブルへ手をのばすと、隣りに置いていた仕事用のスマホが振動し始めた。発信者の名前に思わず、眉間に皺が寄る。そこに出ていたのはわたしの勤務先の偽装で使っている出版社の人間の名前だった。

「はい、吉川ですけど」
『お疲れさんですー。なんか、吉川さんの知り合いっていう少年が来てるんだけど、知ってる?』
「……特徴は?」
『おっきな眼鏡のー……あー、ハイ。江戸川コナンくんだってさ』
「……すぐに行きます」

嫌な予感しかしないんだけど!


*

「あ!紗希乃姉ちゃん!」

なーにが、紗希乃姉ちゃん!だよ全く。表向きは出版社のここは実際は情報屋で、警察庁保有のものだ。急いで来てみればオレンジジュースを飲んでいるコナンくんが応接室で待っていた。

「どうしてここに来たのかな」
「ボク、連絡先知らないし名刺にはここの住所しか載ってないし公園行っても紗希乃姉ちゃん通らないからさ〜」
「……ひとまず場所を変えましょう」
「う、うん……」

もしかして怒ってる?と聞いてきたコナンくんに、どうだろうねと笑顔で返すと、あはは……と苦笑いしている。誰のおかげでわたしは謹慎なんてしてるんでしょうね。なんて言えやしない。降谷さんへの口止め料として、この前いっぱい貰った煙草の入った紙袋を渡すと電話をしてきた情報屋の男はとても喜んだ。

「おー、助かります!吉川さん随分イイの吸ってますねえ」
「それ全部頂きものだから」
「ふーん。そうだ、この間の件動きあったんでメール入れときました」
「ありがとうございます。でも、謹慎中なので今は確認できません」
「は。謹慎てまじっすか」
「紗希乃姉ちゃん謹慎中なの?!」
「ええ、おかげさまでね」

風見さんを通して確認します、と伝えてから情報屋を後にする。風見さんにわたしのPCのメールボックスを確認してほしいと連絡を入れてから、すぐ横でそわそわしてるコナンくんに話しかけた。

「さあ、どこに行く?わざわざ来たってことは話があるんだよね。人の少ない所に行こうか。あ、わたしの家はダメだよ。君が来たら何を仕掛けるかわかったもんじゃないからね!」
「ご、ごめんなさい紗希乃姉ちゃん……!」
「何を謝ってるのかなあ」
「この前の件と、それと……」
「偽装とはいえ職場におしかけてしまったこと、でしょうか」
「…っ、沖矢昴……さん」

最初に会った時のように気配が感じられなくて、急に会話に混ざってきた声の元へ振り向くと、あのうさん臭い男がそこに立っていた。


*

「〜〜っいつか絶対逮捕してやるんだから」
「それはそれは……非常に怖いですね」

車をすぐ傍に停めていると言われて、コナンくんに引っ張られるようにして沖矢さんの車に無理やり乗せられた。それからまんまと工藤邸へと誘導されている。ほんとに厄介だこの子。後部座席にコナンくんと二人で乗り込むと、運転席で沖矢昴がクスリと笑うのがバックミラー越しに見えた。

「紗希乃姉ちゃん、今日用事とかなかった?」
「大阪に行こうとしてるところでしたけどね」
「え?大阪?もしかして旅行に行く予定だったの?!」
「別にいいよ。ひとりだし、旅行というよりちょっとした用事があっただけだから」
「謹慎中なのにいいんですか、遠出なんてして」
「いいんです、有給消化も兼ねてますから。それで……二人でわざわざ出向いてきたってことはそれなりのお話があるんでしょうね」
「そう急かさなくてもいいでしょう。……今日は逃げも隠れもしない」
「っ……声が、」
「ああ、この声は初めてか?」
「……」

実際には初めてじゃない。インカム越しに聞いたそれはいくつもの機械を通した音声だったから、目の前で聞こえる声に違和感しかなかった。

「そう警戒するな」

警戒するなと言われて警戒を解く奴なんかいるもんか。そろりとバッグに手をのばしたら、コナンくんの小さな手がわたしの手を軽く抑えた。

「お願い紗希乃さん。全部話すから、安室さんには言わないで」
「君は、」

一体何者なの?コナンくんにそうたずねたら、彼はふっと小さな子供らしくない表情で微笑んだ。ただのホームズ好きの小学生だよ、と笑うその姿を見て何となく降谷さんを思い出す。

「……推理オタクって似るのか」
「え、安室さんもホームズ好きなの?」
「そういうわけじゃないけどさ」

わかったよ、とスマホを二つ取り出してバッグの外側のポケットに仕舞い直す。ジッパーを開けないと取り出せないから、こっそり取り出すことはできない。

「これでどう?プライベート用も仕事用もどちらもすぐには使えない」
「ありがとう、紗希乃姉ちゃん」
「呼び方どっちかにしない?」

えー、何のことかなあとしらばっくれるコナンくんはこれで言い逃れできてると思ってるのかな。そういえば、さっき触られたところに発信機とかつけられてないよね。

「どうしたの?」
「発信機とかつけられてないかと思って」
「えー?」
「君には前科があるからね」
「いっ、いつのことかなあ?」
「一緒に警視庁まで行ったじゃない、君が付けた盗聴器と一緒に」
「……気付いてたの?」
「気付いてなかったら、あんなわざとらしい電話しないよ」

気付いて無かった?とにっこり笑って見せたら、コナンくんはたじろいでいる。普段、言い負かすことのできない推理オタクを相手にしてると思うと少し楽しい。

「道理で"弾の入ってないオモチャの拳銃が出回っていることを知っている"ような様子だったわけだ……」
「お。わかってた?」
「だって、紗希乃姉ちゃん、拳銃の弾倉までチェックしてないのに弾が入ってないって言ってたんだもん」

初めから知らないとそれはわからないよね?と言われて、ふむ。と納得する。そんなこと言ったっけ。

「どうして気付いてないふりしたの?」
「あのタイミングで君にわたしの所属を知られると面倒だったから。君だったら、わたしのことを知ればすぐに降谷さんまで辿りつくだろうし」
「……それは買い被りすぎだよ」
「どうでしょ。まあ、気付かれなくて正解だったよ。危うくベルモットにばれるところだった」
「ベルモット……!それってもしかして坏戸小の、」
「ここから先は職務規定により話せません」
「ここまで話しといてそれ?!」
「君たちが話す内容にもよるけどね」

まあ、でもふさわしい内容じゃなければこちらから情報をくれてやるつもりは微塵もない。ってことはちょっとだけ黙っておこ。そうこうしてる間に工藤邸へ到着するらしい。

「ふたりとも、続きは中でしましょうか」








シャーロキアンが訪れた

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