憧憬/降谷零


貴方に根付いた炎に縋る


長ったらしい会議という名の尋問に耐えてふらふらと警備企画課に戻ると、誰もいないと思っていたオフィス内には風見さんが残っていた。

「お疲れ。上はなんだって?」
「破損車両のことネチネチ言われましたよ……タイヤ代くらい払えって感じですよねえ」

自分のデスクの上には色んな銘柄の煙草の箱が山積みになっていた。風見さんいわく「みんなが置いていった」そうだけど、中には未開封のカートンまである。そんなに気を使わなくてもいいのにな。デスクの引き出しに山の半分を適当にしまって、残りは紙袋にいれる。

「明日からわたし謹慎なので風見さん後はよろしくです」
「……は?」
「ま。有給消化ってとこですかね。今回の件は責任の落としどころが難しいということで、わたしが謹慎てことで落ち着きました」
「降谷さんには、」
「言わないです。楠田が自殺で使用した銃を手に入れることができたのは降谷さんの手柄ですし、赤井が来葉峠で姿を現した時のことをリアルタイムで確認できたわたしが来葉峠の封鎖なり何なりと指示を出せば良かったんです。」
「何を言ってる。工藤邸から来葉峠までどれだけ時間がかかると思ってるんだ。姿を確認してから追っ手を送ったって間に合わんだろう」
「赤井が姿を現して、そのまま逃走していたらそうだったでしょうね」

赤井は降谷さんに連絡を取るために戻ってきた。わずかに増えた時間でもしかしたらひっくり返せたかもしれない。そもそも来葉峠の配置も甘かった。峠の終わりにも置いておくべきだった。

「どうせすべて結果論です。降谷さんの推理も完璧じゃなかったと判断されてしまいました。これで公に赤井を追いつめることは不可能になりましたね」

こっちの素性を知られた以上、仮に捕まえられても組織に差し出すことは不可能となった。今回のような大掛かりな捕獲作戦は使えない。これまでだって手こずってたのに、ますます大変だろうなあ。

「くれぐれも仕事用の電源は落とすなよ。楠田の銃の件がある」
「わかってますよー。謹慎なんてしたって何もやることありませんし、むしろ電話待ってます」


*

家に帰ってゆっくりお風呂に浸かってからベッドに横になる。これからどうしよう。謹慎期間は5日間だけど、まるまる家に籠るつもりもない。急に誘って遊べる相手もいない。実家に帰ろうにも、姉が結婚してから母は姉の近くに引っ越したから帰る場所もない。それに普通の公務員だと伝えているので、急に連休をもらったなんて聞いたら何を勘違いされるやら。

「……」

ふと、スマホをいじってメールボックスを開いた。今じゃ別のメッセージアプリを使っているからこっちの方はほとんど使っていない。鍵をかけたメールが置いてあるフォルダを開こうとしたその時、降谷さんの名前と共にスマホが振動し始めた。

「うお、」
『……吉川?』
「降谷さん?」

なぜか互いに呼び合ってから沈黙が訪れた。反射的に通話ボタンをタップしてしまったものだから、向こうからしてみれば何かあったかと思われたかも。

「お疲れさまです」
『お疲れ。会議はどうだった』
「車のことネチネチ言われましたよ……。ひとまず沖矢昴と赤井秀一は同一人物ではないということで上は断定したいようです。無理もないですけど」
『そうか。……それで?謹慎とはどういうつもりだ?』
「もう……またどっかから聞きだしましたね?せっかく黙っててって釘打っておいたのに〜」
『あの作戦の最終責任者は俺のはずだ。お前が被る必要なんかないんだ』
「だって、降谷さんが謹慎なんてできないじゃないですか。安心してください、貴方は三か月分は減給ですって。たぶん明日通達あると思います。別にわたしだけが責任負うわけじゃないですよ」
『だが……!』
「それに無収穫だったわけじゃありません。楠田の自殺で使用した拳銃が手に入りました。でもあれは降谷さんじゃなかったら赤井は差し出したりしなかったでしょう?わたしの名前も確信を持てていませんでしたし、貴方が警察庁の人間だと確定したから寄越したんですよ」

だから、良い結果とは言えないけれど降谷さんのおかげなんです。それでも腑に落ちないのか、渋るような声が電話越しに漏れてきた。

『それでも、お前の非はなにもないんだからな』

まるで拗ねた子供のように言われて、思わず笑ってしまう。それじゃあ、そういうことにしておきましょうか。そう返せば、ため息混じりに「そういうことにしておいてくれ」と言われる。それから少し話をしたら、今日の夕方にポアロでコナンくんに会って「うそつき」と言われたそう。

「ふふ、うそつきかあ……たしかに!」
『確かに、じゃない!』
「だって、降谷さんコナンくんのこと脅すような物言いしてませんでした?……ほら、君は誤解してるようだーって」
『あの時はベルモットが聞いていたから、公安だと認めるわけにはいかなかっただろ』
「にしても言い方があったんじゃないでしょうかね。ふふ」

明日もポアロでバイトだという降谷さんは、しばらく探偵の仕事中心になるらしい。てっきりもう少し落ち込んでると思っていたけど、そんな様子はあまりなかった。おかしいな。

『落ち込んでるかと思ったけど、大丈夫そうだな』
「えっ、わたしが落ち込んでると思ったんですか?」
『最後の最後に沖矢昴に食ってかかったのは誰だと思ってるんだ』
「だって、絶対に違うはずなのに涼しい顔して立ってるのが悔しくて!」
『それには同意見だ。でも、』

次は涼しい顔をしていられないくらい、じわじわと追いつめてやるさ……。
声しか聞こえていないのに、降谷さんの表情がありありと伝わってくる。上には信じてもらえなくてもこの人は折れなかった。これまでと変わらないくらい、むしろそれ以上に赤井を捕まえることへ燃えている。……そうだ。変わらないんだ。降谷さんが赤井を捕まえたらどうなってしまうんだろうって、不安が薄れていく。

「降谷さん、これからもずっと…ずっと付いていきます」
『当然だ。他に行くなんて言っても行かせないからな』
「はは、それは逃げられませんね」
『吉川』
「はい」
『……いや、何でもない』
「はあ、そうですか」
『謹慎中は何をするんだ?』
「うーん、そうですねえ……大阪、行こうかなってふと思いました」
『ああ、大阪か』
「随分と行ってませんから。行って何になるというわけじゃないですけど」
『いい機会だしな。気を付けて行っておいで』
「はい」





貴方に根付いた炎に縋る

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