憧憬/降谷零


紅緋でなぞって縁取れば


『ねえ、安室の兄ちゃんってさ、敵……だよね?悪い奴らの』
『君は少々僕のことを誤解しているようだ……』

赤井秀一捕縛のための特別対策室として会議室を一室貸し切った。そこでは風見さんを含む何人かの先輩方が降谷さんから送られてきた音声を繰り返し聞いている。

「お疲れさまです。発砲許可もらってきましたよ」
「どっちもとれたか?」
「ええ。来葉峠も工藤邸もどちらもとれてます」

許可証を彼らの目の前に広げて見せれば各々安堵の表情を浮かべた。無理もないか。仮にもあの組織でコードネームを手に入れるほどの実力を持つ狙撃手相手だ。それに丸腰で挑もうというのはあまりにも心もとない。明日からまた忙しくなるから今日は帰っておけよ、という一声から、さっさと寝ろガキだなんて悪口みたいな声が次々あがった。労ってるのか馬鹿にしてるのかどっちかにしてもらいたい!なんて言い返しながらも有難く帰らせてもらうことにした。今回は下手すればこの先しばらくかかりっきりになるのが目に見えてる。

「降谷さんが来たら伝言頼めますか」
「内容によるな」
「愛の言葉とかだったら受け付けないぞ」
「まさか告白か」
「あんたら明日来葉峠に捨ててやりますからね!」

悪乗りしてる先輩方相手に爪先をカツカツ鳴らして言い返してやれば、風見さんがさっさと言えとわたしに視線をよこした。また外野からやいやい言われる前に言って逃げてやろう。

「わたしをちゃんと配置させて使ってくれなきゃ恨みますって伝えといてください!」

言い切ってすぐに飛び出すように会議室を後にする。さっさと帰って寝よう。……あ、ボールペン置いてきちゃった。気まずいけど取りに戻ろうと会議室の前に立った時に聞こえた声にやっぱり入るのをやめた。

「ある意味愛の言葉だよなあ」

うるさい。だってそうも言わなきゃ、また降谷さんはわたしを外しちゃうんだから。我儘だと認めた今それを回避するにはこっちからいかなくては。


*

「やっぱりわたしも工藤邸ですか」
「なんだ不満か」
「いえ。てっきり来葉峠に配置になるかと」
「お前が何に巻き込まれるかわかったもんじゃないからな。目の届く範囲内に置いておくことにしたよ」
「わたし普段はあなたの目の届く範囲外で仕事してるわけなんですけど」
「だから目が届く時は手元に置いておく」
「我儘すぎる……!」

呆れてものも言えない。この人は我儘を認めたところでやっぱり我儘を駆使しようとしてた。もっと別なことに使ってくださいよ、と言っても素知らぬ顔でハンドルを切っている。普段ならわたしの役目になるだろう待機役は今回は風見さんだった。来葉峠でFBIの車を追跡し、確保する役目は降谷さん付きの作業班に任せている。彼らには小型カメラを持たせており、今うしろを走っているうちの作業車で映像をリアルタイムで確認できるようにしてある。また、わたしが持っているタブレットにもその映像が見えるように設定した。わたしは降谷さんにつけた盗聴器の音声をインカムで拾って、作業車に待機している部下たちに工藤邸に突入する指示を出す役目だ。降谷さんが工藤邸に入ってから、工藤邸の外部を洗いつつタイミングを計る。

「お前は突入の指示を出したら離脱してもいいぞ」
「……中と、来葉峠の状況を見てから判断します」

それ以降、会話らしい言葉も交わさずにあっという間に米花町に入り工藤邸へと到着し、それぞれ無言で配置につく。黒くて薄いバッグ型のタブレットケースを肩に提げ、拳銃を取り出した。降谷さんがざっとわたしたちを見回し頷く。工藤邸の門にあるインターホンを降谷さんが鳴らした。緊迫した空気の中、ピンポーン、と間抜けな音が響く。「宅配便です」さすがに無理があるような……なんて思いつつも、門を開けて玄関へ向かう降谷さんの様子を伺いながら、工藤邸側から見えないように背を塀に摺り寄せた。門はやはり施錠されていない。降谷さんが中へ入ったら敷地内に侵入しよう。耳につけたインカムからノイズが迫ってきては遠のいていく。外へ向けて妨害電波が飛んでいるか、または盗聴器がすぐ傍にあるのか……。

「こんばんは。初めまして、安室透です。でも……初めましてじゃありませんよね」
「はあ」
「少々話がしたいのですが中へ入っても構いませんか?」
「ええ……あなた一人なら。申し訳ありませんが外で待たれているお連れの方々はご遠慮願います。お出しするティーカップの数が足りそうにないので」
「気にしないでください。彼らは外で待つのが好きなので……」
「ゴホン。……ああ、でも。もう一人だけなら用意できますよ。ちょうど頂き物の茶葉があるんです。是非とも女性の感想を知りたい」
「……女性、とは?」
「勘違いなら申し訳ありません。ですが、お連れの方に女性がいるでしょう?いくらまだ暖かい季節だと言っても夜は冷える……彼女の分くらいなら用意できますよ」

どうですか?とジリジリノイズの鳴るインカム越しに聞こえた声に思わず息をのむ。すこし間があいて、「わかりました」と降谷さんの声が聞こえた。降谷さんが振り向いて、「おいで」と門の方へ声をかけた。インカムと生の声が重なる。「中でどうにかする」とだけ言い残し、インカムを外してジャケットのポケットにしまい工藤邸の門を開けた。

「どうもこんばんは……沖矢昴さん」
「おや、貴女はこの前の……」
「篠原紗希乃と申します」

ニコリと笑う沖矢昴……いや、赤井秀一は「どうぞ中に」と降谷さんとわたしを中へ招き入れた。

「後でばらけます」

こっそり呟いたそれに降谷さんは頷かずに視線だけこちらへ流す。それから玄関先を眺めまわすように目だけを動かした。わたしも追うようにざっと見る。カメラらしきものがあるようだった。数はふたつ……。ただ、まじまじと見ることはできないため詳細は確認できない。それらに気付いていることを悟られないように沖矢昴の後ろを付いていく降谷さんにわたしも付いていくことにした。廊下にも数台カメラがある。きっと気づいて無い箇所にも設置されているはず。沖矢昴が案内しようとしているリビングから離れただけでは意味がないかもしれない。このカメラが録画しているだけなのか。はたまた、リアルタイムでどこかの誰かが監視をしているのか。さて、どうやって離れようか……。




紅緋でなぞって縁取れば

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