憧憬/降谷零


想定外を塗り重ねていく


そういえばここのところ降谷さんに会っていない。というのもこの前逮捕した密輸グループの件で進展があったせいでわたしはまた仕事に追われていた。息抜きに来た喫煙所はわたし以外誰もいなかった。一人占めだな、なんて思いながら吸殻入れの隣りにパイプ椅子を引っ張り一人煙をふいている。コンコン、と喫煙所の入り口をノックしてから風見さんが顔を覗かせた。この人は煙草が好きじゃない。場所に染み付いた臭いに顔を顰めている。仕方ないから吸いかけの煙草を消そうとすると、いい、と手で制された。

「例の件どうなった?」
「ああ、日本人ブローカーの件ですか」

消息不明ですよ、とわたしが答えると風見さんは喫煙所の窓を開けその前にあるパイプ椅子に座った。

「家宅捜査の報告は?」
「半端でしたね。何もない家でした。むしろ無さすぎるくらいで」
「ほお」
「銃器の隠し倉庫も見つけたんですけど、あまりにもお粗末なオモチャばかりでおかしいんですよね」
「確かオモチャは混ざっていたものを奴らがはじいてまとめたと言っていなかったか」
「ええ。何本かに一本混ぜてあったオモチャだけ抜いてスポーツバッグにいれたと」

そのままブローカーに突き返してやろうと、あの公園で待つ、とメールをブローカー宛てに送ったのだと言う。ブローカーからの返事は無く怪しいと思ったが、男はひとまず公園に向かった。それでわたしと少年探偵団に捕まったワケだけど。

「おかしくないですかー。ちゃんと機能するブツにオモチャを混ぜてその分のお金をふんだくるまではわかるんですけど、その機能するブツがひとつも見当たらないんですよ」

メインはそっちのはずなのに。イライラしているせいでいつもは噛まない煙草に歯形が付いている。吸殻入れにぽいっと投げ捨てて、新しい煙草を箱から取り出した。また吸うのかよ、という風見さんの目は見ないふり、だ。

「考えられるのは大きく二つ。ひとつは取引相手が我々の手に掛かりそうと踏んで、機能するブツのみを持って消えた。ふたつめ。元締めに消され、使える物だけ回収された。風見さん、どっちだと思います?ちなみにわたしは二つ目を推してまーす」

降谷さんならどっちだろう。どっち、いや、新たな選択肢も追加してくるかもしれない。

「あー……はやく出て来いよ楠田陸道め」
「は?」
「は、って何ですか」
「いまこっちで追っている中に楠田陸道がいる」
「……なんて?」
「黒の組織関連で楠田を追っている」
「もしかして、いま降谷さんが探してます?」
「ああ。奴は黒の組織の構成員だ」
「もう答え出ましたね、答えは二つ目だ!」

昨日降谷さんと定期連絡をとった時に仕入れた情報だそう。黒の組織関連はわたしがあまり関わっていないこともあり、風見さんから特に報告はなかった。こっちは風見さんに色々と報告しなくちゃいけなくて手の内全部見せてるってのに。

「わたし一昨日の報告で楠田の名前あげたと思うんですが」
「ああ、スマン」
「謝んないでください。……もしかしたらわたし名前入れ忘れたかも」
「だったらお前が悪い」
「えー」

徹夜大好きな人間いないよね。なんて思いつつ、動きの鈍い頭でううーん。と考える。降谷さんが探してる、ということは黒の組織関連で動いてる公安部の作業班も動いてるはず。なら、こっちからわざわざ派遣する必要ないかな。楠田陸道の捜索に当たらせていた人員を別なところに当てよう。

「杯戸中央病院」
「は?」
「降谷さんが今日行くと言っていた。お前はこれを渡して来い」

投げつけられるように渡されたものはひとつのUSBだった。

「事務仕事ばかりじゃなくて現場も見て来い」
「風見さんに似合わない台詞ですねえ」
「……写真は眺め続ける癖に会いに行かない面倒なガキがいると困るんだよ」
「すみませーん」

この前までは風見さんが降谷さんにわたしのことを告げ口でもしてるのかと思っていたけど、もしかしたら逆なのかもしれない。あの人は風見さんに何を言ったのやら。


*


「あれー?紗希乃さんじゃないですか!」
「蘭ちゃんだ。どうしたの病院なんかに……」
「母がちょっと入院しちゃったんです」
「そうなの。お母さまは大丈夫?」
「はい!母は大丈夫なんですけど、父とコナンくんがどっかにふらふら行ったままいなくなっちゃって。紗希乃さんはどなたかのお見舞いですか?」
「うん。ちょっと知り合いのね。それで安室さんが先にお見舞いに来てるはずなんだけど見つからなくって」
「紗希乃さんも探してたんですね!もうみんなどっかにふらふら行っちゃうんだから困りますよね」
「そうだねえ」

蘭ちゃんが探したところには降谷さんはいなかったらしく、探し回る手間がいくらか省けた。一緒に探しましょう、という申し出に快諾して一緒に雑談をしながら彼らを探すことにした。そして、ある階の廊下で目的の彼らを見つけた。みつけたよ、と蘭ちゃんに声をかけると、あっという間に駆けて行ってコナンくんの襟首をいとも簡単に持ち上げる。

「こら!何してるのよもう!」

蘭ちゃんがコナンくんを叱るのと降谷さんの表情が固まっていくのは同時だった。わたしがすぐ側まで来たことにも気付かずに、降谷さんは何かに驚いているような顔で、蘭ちゃんとコナンくんを凝視している。

「安室さん。ねえ、安室さんってば、」
「おい、大丈夫か?」

おい、おい、と何度も声をかける毛利探偵に降谷さんは全く反応しない。あの二人に何かあるの……?降谷さんが見つめるようにわたしもあの二人を見つめてみても何もわからない。

「おい、どうした」
「も、毛利先生……」
「安室さん」
「あ、」

ようやく我に返ったらしい降谷さんが毛利さんを見てから、わたしに気付く。それから、ゆっくりと動き始めた彼の口に嫌な予感がした。まずい、

「紗希乃です!」

急いだあまりに大きな声で言っていたらしい。叱っていた蘭ちゃんも、叱られていたコナンくんもポカンとこっちを見ていた。呆気にとられているのは彼らだけでなく、降谷さんも同様だった。

「もう、安室さんったらこの前の約束忘れちゃったんですか?名前で呼んでくれるって言ったのに、苗字で呼ぼうとするんですもの」
「あ、ああ……すまない。久しぶりに会うからさ」

なんだよ痴話喧嘩かよ、と白ける毛利探偵に、目を輝かせている蘭ちゃん。そして、すこし驚いた様子のコナンくん。余計な設定を盛り込んでしまったと思うけど、何度か降谷さんと二人でいる所に遭遇しているわけだし、裏付けはまずまずだと思う。

「さすがのお前もこの毒殺事件は解けねえか」
「毛利先生も解けてないんでしょう?だったら僕に解けるわけありませんよ!」

やや焦りつつ答えている彼を置いて、大笑いしながら毛利探偵が病室の中へ入って行く。蘭ちゃんがコナンくんと話し始めたのを見て、降谷さんの隣りにもう一歩近づいた。それから、2人で並んで窓の外を眺めるようにして静かに会話をする。

「さっき、吉川って呼ぶところだったでしょう」
「悪い、助かった」
「どうしたんです?体調が悪いなら、診てもらいますか。手続きしておきますよ」
「いや、平気だ。もう何ともない」
「ならいいんですけど。あ、プレゼント持ってきましたよ」
「へえ、誰から?」
「風見さんから!」

後でもらう。という小さな声の後に、「最後まで待っててくれるかい、じきに終わるだろうから」と安室透の営業スマイルで周りに聞こえるボリュームで話し始めた。その横をまるで謎が解けたとでもいうようにニヤリと笑っているコナンくんが走って病室へと入って行く。また面白いのが見れるね、と笑う降谷さんが手を差し伸べてきた。

「さあ、行こうか紗希乃」
「……」
「そんな拗ねてる顔してないで」
「拗ねてるんじゃないですよ」

にやつかないようにしてるだけです。言わないけど、きっと伝わってる。自分から呼ぶように仕向けておいて、まんまとやられてるなんて……。降谷さんがちゃんとわたしの偽名を呼んでれば問題なかったんだよ。ちょっとした反抗のつもりで差し出された手に勢いよく手を合わせてみたら、いとも簡単に握られて引っ張られる。

「お前って、何で照れるのか本当にわかったもんじゃないな」
「……なにか言いました?」
「なんでもないさ」

病室に入る前には何とか手を振りほどいたけど、この前の事件で車を運転していた刑事と担当してくれた警部にがっつり見られた。新しく増えた設定に合わせるように対応しなくてはいけないのがちょっとだけ億劫だったりする。ああ、嫌だなあ。全然何にも思っていない相手なら何でも簡単に対応しきれるのに。





想定外を塗り重ねていく

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