憧憬/降谷零


素敵な夢はあなたの元で


「二度も同じ目に合わせるんじゃないよ」
「えぇ……?」

完全に目が据わっているだろうわたしの目は乗り慣れた降谷さんの車に揺られて、今まさにゆるゆると閉じられようとしていた。時々、頭がかくんと落ちそうになる。っていうかさっき落ちた。じゃあ何かお話ししてくださいよ、と頭の働かないわたしは無茶振りしてみる。

「ああ、そうだ。今回は御手柄だったようだね」
「もう降谷さんまで情報あがってるんですかー」
「昼に少年探偵団がポアロに来たんだ。もしや吉川が管理していた密輸グループの件かと思ってね。みんな お前のことを褒めてたよ」
「そりゃーもう光栄です……」
「おい、もうすぐ着くんだから寝るな」
「はいぃ……」

ふわふわ飛んで行きそうな意識を引き止めるように眉間にぎゅうっと力を込めた。無意味だなんてわかってるけど何とかしなければ…一回寝たら起きれないかもしれない。ガムか何か無かったっけ。バッグのポケットをごそごそ漁る。あれー、こっちのポケットに入れてる気がし…、

「……降谷さん、」
「どうした?目は覚めたみたいだけど」
「覚めましたそりゃもうバッチリ」
「ほう。それは何よりだ。……それで?どうして青い顔をしているんだい」
「鍵、忘れました」
「……どこに」
「デスクの中に……!」

昼の情報収集の際に家の鍵と貴重品をポーチに移し替えてデスクの引き出しに仕舞ってたんだった。そんなことを知る由もない風見さんは鞄だけを持ってきてくれたに違いない。人のPCの降谷さんファイルは削除しても他のプライバシーは守ってくれる人だ。引き出しを漁るなんてことはしないはず。どうしよう、と頭を抱えてるとまっすぐ進んでいた車が交差点で右折し始めた。

「え、」
「鍵がないんじゃ帰っても仕方ないだろ?」

そりゃそうだけど普通に戻ればいい話であって、あーイヤでも送ってくれるの降谷さんなんだから簡単に戻ってとは言えないんだけど……なんてもだもだごねている間にあまり通ったことのない道のコンビニに到着する。そこですごすごと下着やら何やら必要なものを買ってから再び助手席に乗り込んだ。まんまとうまいこと乗せられてる気しかしない。これってこないだの降谷さんの採点でいうと何点マイナスされてんだろうか。ううーん、と首を傾げていると目がショボショボしてきた。これダメなやつだわ。まじで眠い。

「もうじき着くから耐えてくれないか」
「努力は、して、ますけどぉ……」

目を凝らして外の景色を見る。とは言ってももうじき日付が変わろうとしている時間帯じゃ電気もまばらで、街灯くらいしかついていない道をひたすら進んでいた。ああ、ダメだ落ちる。そう自覚したところで車はある駐車場の中へと入っていった。それからなぜか手をつながれてマンションの中へと入っていく。まるで子供だ。

「降谷さん、これ、子供みたい」
「もう子供でいいよお前」
「いいとか悪いとか判断していいのわたしの方ですって」
「いいから」

なんも良くないでしょ。降谷さんはときどきよくわからない。子供でいいってなんだ。こちとら成人した立派な女なんですけど。……あー、だからか。やっぱり子供でいいのかもしれないわたし。こないだの今日でこの人の家に上がるなんてどうぞ食べてくださいと言ってるようなもんだ。今日のお前は子供だと言い聞かせてくるこの人は、優しいんだか何なんだか。

「自由に使っていいから」

小綺麗なリビングに通されて、とりあえずソファに腰かける。降谷さんは別な部屋に行ってしまったし、自由に使えと言われて使わないのももったいない。今日はこのソファを寝床にしよう。

「そこで寝るならベッドで寝ていいから。あと着替えはこれでいいか」
「いやいやベッドは降谷さんが……っていうか、何ですそれ女物じゃないですか」
「前に組織の潜入任務で使ったのさ。もちろん、使ったのは俺じゃなくてベルモットだけど」
「…………」

クリーニングのビニール袋に包まれた女物の洋服は寝るときに着るにはちょっとだけ不釣り合いで、潜入捜査に使ったと聞いてなるほどなあ。と思うのと同時に言い知れぬ胃のむかつきがやってきた。ベルモットって、いま降谷さんが組んでる女か。

「よくわかんない女が着た服なんてヤです」

たぶん、眠くて目が据わってる顔でそんなことを言うから驚いたんだろう。降谷さんは目をまんまるく開いて見せた。それから、何か考えるようなそぶりをしてから、そうだよな。とうすく笑う。

「確かに、嫌だ」

わたしを見てるのになんか遠くを見ているような気がしたのは気のせいではないと思う。それと、ものすっごい渋い顔で心底嫌そうにしているのも見間違いなんかじゃなさそうだ。

「となると俺の服になるわけだけど……」
「ジャージとかでいいです。あっ、でも降谷さんてジャージとか着るんですか?だぼだぼのスウェットとかも着るイメージない……いっつも何着て寝てるんですか?!」
「さっさと着替えて寝てくれ頼む」

バサッと投げてよこされたのはパーカーとスウェット生地で細身のパンツだった。それで、また手を引っ張られて洗面所へとおしこめられる。コンビニで買ったメイク落としで顔をサッパリさせたら、クマの浮かんだ青白い顔が鏡に映っていた。こんな顔で会えない、とか思ったけどよく考えたら仮眠室で寝た後に何度かスッピンで降谷さんに会ったことあったや。じゃあいいか、なんて投げやりなのは今にも閉じそうな瞼を頑張って押しとどめているから。借りた服に着替えてみると予想以上に袖と裾が余っていて、無理やり捲り上げる。降谷さんのもとに戻ると、PCを使っていた降谷さんが視線だけをこっちに向けて固まっていた。

「案外大きかったんですけど、捲ったら大丈夫そうです」
「……そうか」
「身長差そこまである気はしてなかったんですけど、ヒールのせいですかねえ」

わたしの言葉に返事はもらえなくて、代わりに小さな溜息をもらった。それから、こっちだよ、と寝室へと案内される。リビングもシンプルだったけれど、寝室も同じような感じだった。物があまりない、必要最低限の部屋。潜入中の拠点なだけでここは本来の降谷さんの家ではないから当然と言えば当然なんだろうけど。柔らかいベッドに押し込められるように転がされて、掛布団を口元まで引っ張り上げられた。すると、ふわり。とても落ち着く香りが鼻腔をくすぐる。

「……降谷さんの匂いがいっぱい」
「さっさと寝ろ!」
「ぎゃ、」
「朝は早く起こすからな」

枕に深く沈むように頭を押し付けられる。くそ、パワハラだ!なんて言ってやろうと思ったけれど、離れていった手を追うように視線を送ればひどく優しい目で見下ろしている降谷さんがそこにいた。

「おやすみ」

前に電話越しに聞いたそれを耳元でささやかれたら、落っこちていくのはすぐだった。おやすみなさい、とちゃんと返せる間もなく瞼が重たくなっていく。降谷さんがまた何かを話しているみたいだったけど何て言ってるのかは何もわからない。明日、教えてくれたらいいけど。


「捨て置くなんて無理に決まってるんだから、お前はそのままでいいんだよ」





素敵な夢はあなたの元で

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