憧憬/降谷零


ダイヤモンドリリーを添えてE


『風見さん。寝室内の荷物は既に運び出してあるので、後はリビングに置いてあるダンボールと、書斎のPC類をお願いします……』
「もっと騒ぐかと思ったがそうでもないな……」
『よく考えたらはやく家を出るに越したことはないなと思って』
「なあ、やっぱり降谷さんに本当のことを話してみないか?」
『むりです。とりあえず家が決まるまでは工藤家にお世話になることに腹を括りましたので』
「うちはいつまででもいいって母が言ってましたよー」
『はは。ありがたいよ、今度お礼させてもらうね〜』

宮野のスマホ経由で電話をかけてきた紗希乃さんの声は数時間前よりも心なしか元気そうに聞こえる。まあ、開口一番が「スマホを人質にとってくれちゃってどうもありがとう」だったのは少し肝が冷えたけど……そんな会話をしているここは、何度か訪れたことのある降谷家のマンションだった。コンシェルジュが常駐している高層マンション。同じ建物のサービスは均等に受けられること、部屋の位置や大きさで金額に違いがあるようなものだからと2人の住む部屋はそこまで高層階じゃない。降谷さんの提案で買う部屋の位置を決めたと笑っていた紗希乃さんを思い出すとため息が出そうだった。すげー昔のことのように思えてくる。そんなわけないんだけどさ。お互いスピーカーにしているからか、家宅捜査の実況をしてる気分になってきた。

「勝手にお邪魔してごめん、紗希乃さんの荷物とったらすぐ戻るから」
『こちらこそ手間かけてごめんね。赤井さんも車出してくれてありがとうございます』
「警察庁にある荷物の方が多いと聞いたが?」
『あ〜、まあそれは追々回収します……』
「それじゃ、その荷物は後で別な日に部下の人にでも運んでもらいましょう。ってことで、紗希乃さんはゆっくり休んでて!何なら宮野の話相手にでもなってくれたらいいと思う!」
『余計なお世話よ、工藤くん』
「オメーも研究ばっかで休んでないの知ってんだ。一緒に休んじまえよ宮野」
『それはそれは志保ちゃんもゆっくり休まないとね!!』
『本当ばかね。この人に付け入る隙与えたらダメでしょ』

しっかりやってよね、と一言呟いて勢いよく切れた通話。素直じゃねーな、なんて思っていると赤井さんが興味深げに部屋をぐるりと見まわしていた。

「……生活感があまりないな」
「元からですよ。2人ともあまり物を置かない上に、吉川が結構持ち出しているようなので」
「前にお茶しにきた時とあんま変わってないけど……あ、時計増えてる」
「時計?」
「あのピンクと白のブリザーブドフラワーの時計ですよ。あれは紗希乃さんが買ったのかな」

小さな花。花言葉は何だったか……。見た事はある花だけど、どんな意味がある花か思い出せない。

「可愛らしい見た目だし、降谷さんが買うとは思えない。これは回収しておくか」
「リビングに時計があるのは何もおかしなことじゃないだろう」
「まあ、置かない人もいますけど、大抵ひとつは時計がありますね」
「それくらいは置いておくといい」
「そ、そうですか」

時計をじっと見つめる赤井さんがやけに食い下がるから、風見さんが首を傾げながらも納得したように頷いた。

「寝室の奥に2人の書斎がそれぞれあります」

寝室は普段使いしてないように感じられるほど綺麗に整えられていた。さては紗希乃さん、帰って来てもリビングのソファとかで寝てたな?まるで客間のようにすら見えるその奥に進むと、全く同じ形の扉がふたつ並んでいる。

「右が吉川、左が降谷さんの書斎です」

風見さんに案内されるまま右の部屋に入ると、シンプルなデスクに椅子、それからノートパソコンが1台置いてあった。

「これ、本当に紗希乃さんの?」
「ああ。椅子の上にブランケットがあるし、こっちが吉川で合っている」
「えっ情報ブランケットだけ?」
「不安になるのはわかります。だが、見て見ると良い。降谷さんの方も間取りも家具も何もかも同じにしてあるので」

戸惑いなく赤井さんが降谷さんの書斎に入って行く。騙し絵のようなそこは、確かにブランケットはなくって……あ、

「その部屋に何か……?」

後ろから追って入ってきた風見さんから見えないように、赤井さんが「シィ―」と口元で指を立てる。彼が手にしているものに見覚えがあった。というかありすぎた。だってそれは、さっきリビングで見た――……

「……風見さん。荷物を運ぶ台車ってコンシェルジュから借りれるんでしたっけ」
「確かに借りて来た方がいいかもしれないな。二人は荷物を玄関に運んでおいてもらえますか。コンシェルジュに話をつけてきます」
「ああ。急がなくていい」

急かしてないがバタバタと駆けていく風見さんを見送って、赤井さんが手にしていたものを覗き込む。

「この栞、あの時計に使われている花と同じですね」
「あぁ。どうやら、あの時計を買ったのは彼女ではなく降谷君の方らしい」

ご注文ありがとうございます。と書かれたメモが添えられてたのは1枚の栞。リビングにある時計に使われてた花と同じものが綴じられている。メモに書かれている店名をスマホで検索してみれば、オーダーメイドの雑貨を販売しているショップだった。

「花言葉は"また会えるのを楽しみにしています"」
「ああ。妻に贈る花にしては含みがあるが、今の彼らを思うと的外れでもない。こちらは吉川紗希乃の荷物を運び出すよう言われただけ……これは元通りにしておくとしよう」
「いや〜これ黙ってたこと知ったら紗希乃さん怒りそうだな〜」
「この存在は彼女も知らないんじゃないか」
「どうしてそう思うんです?」
「……さあな。降谷君に免じて秘密にしておこう」




ダイヤモンドリリーを添えてE

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