憧憬/降谷零


ダイヤモンドリリーを添えてD


「よくない!なんっにもよくないんだから!」
「ええ、そうです。よくないですとも……」
「貴女たちのことを話してるのよ!」
「自分以上に憤ってくれている人を目の当りにしたら逆に冷静になれちゃうよね」

あの後ですか?わたしの答えはまるで聞いてないとでも言うように車に連行されて久しぶりの工藤邸へと足を踏み入れた。赤井さんの引っ張り方は抵抗しきれなかった犯人を引きずっているように見えた気がする。むしろ見えててくれないかな。それで違法捜査だのなんだのこじつけて事情聴取と称してちょっと隔離しておきたい。ぐいぐい連れてこられた先には、阿笠邸から既に召喚されていた志保ちゃんがそれはもう大層お怒りで待っていた。零さんに直談判しにいくと息巻いてるけども、記憶喪失の人相手に何をどう交渉するのかなあ。

「それで?結局工藤君たちのことは覚えていたの?」
「いや、病院まで行ったけど会ってはねーんだ」
「降谷くんに会う前に今にも死にそうな顔をした彼女を見つけたからな」
「だから死にませんて」
「ねえ、紗希乃さん。貴女ちゃんと眠ってる?食事は?」
「……そんな顔ひどい?部下はなんも言わないよ。なのに零さんも―……」

零さんは休んでいるか、食事はとったかと心配そうにわたしへ訊ねてきた。あの心配は、彼自身の気持ちによるものなのか上司としての立場としてなのか。疑問が頭をよぎったあの時、わたしは突っぱねることしかできなかった。今の彼はきっと上司としてわたしを見ることしかできない。それでもわたしはそうじゃない。わかってはいるけど、思いが通じてからの時間は決して短くはなかったんだよ。一緒に暮らして、夫婦になって……。

「どうせ貴女のことだから、仕事優先で自分のことは後回しにしてるのね」

*

ふわふわとした感覚に引っ張られている。自分の身体がそんな軽かった覚えはないけれど、確かに浮かんでいた。大の字に寝ころんだまま浮いている。なんでこんなところに浮いてるんだろうね、零さん――……

「……やったわ」

見知らぬ天井。ふかふかベッドにおしゃれな調度品。見知らぬ見慣れぬ、いや、どこかで……。ていうかあきらかに爆睡かました気がする。腕時計を見ようとして空振った。ない。左手にいつもつけているそれがない。枕元にはスマホすらなくて、カチカチと鳴る秒針の元を辿れば、そこにはとんでもない数字が鎮座していた。

「6時ィ?!」

待って待って待って。私、あの人の面会行ったの昼前なんですけど。すぐに工藤くんたちに拉致られて、お茶をしながら……。飛び起きるようにベッドから降りる。ジャケットとベルトはおしゃれなラックにかけられていて、その足元にパンプスが揃えてあった。私はシャツとスーツパンツを上から抑えておかしなところはないか確認した。スマホ、ない。時計、ない。ジャケットも見て見たけどポケットにも入ってなかった。うわあ、これ零さんに知られたらいつぞやの風見さんみたく詰められるやつ……!

「起きたのね」
「志保ちゃん……!」
「流石に全部脱がすのは面倒だったからやめておいたわ」
「スマホと時計どこ???」
「自分の恰好よりもそっち?」

人質ならそっち。とため息を吐きながら志保ちゃんに案内される。人質ってなんのことだ。パンプスを履き、ジャケットを腕にかけて、ベルトを締めながら部屋の入口に向かう。廊下に出たら疑問が確信に変わった。……工藤邸の客間か。

「今は夕方?」
「そうよ。予定じゃあと3時間くらいは眠っててもらおうと思ってたのに」
「経口摂取と経皮摂取どっち?」
「後者。前にそちらに提出した博士の発明品のひとつ」
「江戸川コナンくんの名残ね……!」

最初にお茶をした部屋に案内されたけど、そこには工藤君の姿もなければ赤井さんもいなかった。そして、志保ちゃんはテーブルの上に置かれたプラスチックの箱を手に取る。

「はい、人質」
「うわ。なにこれ」
「タイマー付き密封容器よ。SNSで流行った面白グッズの改良版」
「この中でわたしのスマホと時計が人質になってるの?」
「そういうこと」
「なんでかな???」
「誰かに情報見られたら嫌でしょう。工藤君達は貴女の荷物を取りに行ったから見る時間はなかったけど、いれた時間も記録されるシステムだし、時間になるまで開かないし、安心を得るには持ってこいじゃない」
「……今なんて?」
「安心を得るには持ってこい」
「そのもっと前!」
「あぁ、家主の許可が下りたから貴女の荷物はこの家に運ぶそうよ」
「なんで!」
「だって貴女、適当な物件に荷物だけ突っ込んで帰らなくなるでしょう」
「いやいや……だからってさあ!」
「心配なのよ」
「っ……」


「貴女が降谷零を心配しているのと同じように、私達も貴女が心配なの」




ダイヤモンドリリーを添えてD

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