憧憬/降谷零


ダイヤモンドリリーを添えてA


静まり返った家に長時間留まっているのはわたしの精神衛生上よくない。結局昨日は警察庁の仮眠室に泊まって、朝になってから家に一度帰ることにした。きっちりしたセキュリティを抜けて、零さんと2人で暮らしている家にバタバタと入り込む。入院着は病院のを借りるとして、下着とタオルと……。自分も入院した経験がいくつもあるので必要な物は分かっているし、何なら病院で揃えればいいか。なんて考えながらバッグに必要な物を詰めていたところで、スマホが鳴る音が聞こえた。リビングのソファに投げ捨てるように置いたそれがさっきからずっと音を立てている。

「もしもし、」
『吉川!降谷さんが目覚めたぞ!』
「っ、すぐ病院に向かいます!」

*

寝すぎですよって怒ってみてもいいかなあ。それとも、もっとゆっくりしてって言ってちゃんと寝ているように諭すべきだろうか。ふわふわと浮つく気持ちを隠しきれないまま警察病院の中を進んでいく。……零さんが目覚めたからとは言え、すれ違う看護師の人数が多いな。このフロアは情報規制中だから人数も最低限にしてあるはず。看護師1人いればいい状況下で2人目の看護師とすれ違った。向こうにもう3人目もいるし……気にし過ぎかな。

「お疲れ様です。吉川さん」
「山本?どうしてここにいるの」
「風見警視に呼ばれまして」
「これ何?足止め?」
「現状確認が済むまで一旦ここでお待ちください」
「……あの人に何か?」

不意に曲がり角から現れたのは部下の山本で、慌てて来たのが見え見えのヨレたワイシャツと曲がったネクタイをそのままに、面倒くさそうな表情でわたしの進路を塞いでいた。やっぱり何かあったらしい。「僕は何も聞かされてないんで知りません」ああそう……。

「どれくらい前にここへ到着した?」
「20分ほど。出勤中に風見警視から連絡があったので登庁前に寄りました」
「病室には入った?」
「はい」
「零さん起きてた?」
「起きてました」
「何か会話した?」
「挨拶しました」
「……」

こりゃだめだ。完全に何かあった。ただ、意識はあって、今それを確認しているところ……。後ろで手を組んで廊下のど真ん中に立っている山本は、わたしを見下ろしながら黙っている。仕方ないのですぐ近くにあったベンチに腰掛けた。そのまま立っている山本と、ひとりベンチに座るわたし。一体何の時間?

「……大慌てで突破でもするかと思いました」
「死に際だったらそうしたかもね。もしそうなら風見さんは何が何でもわたしをあの人に合わせようとするだろうから待つわ」
「案外ドライですね」
「そう?どうしようもないものは仕方ないでしょ。これでくだらない理由だったらわたしも怒ってやるし」
「……まあ、怒ってもいいと思いますよ」
「え。そうなの?」
「貴女は怒る権利があると思います」
「はい?」

バタバタと聞こえた足音を目で追った。風見さんが神妙な面持ちでこちらに向かってくる。

「吉川」
「……何がありました?」
「いや、まだ詳しいことはわからない。しかし、」
「まどろっこしいのは余計に混乱すると思いますよ風見警視」
「……吉川、心を確かにもって聞いてくれ」
「はい」
「降谷さんが、どうやら記憶障害を起こしているらしくてな、」
「記憶障害?」
「吉川のことを覚えていないかもしれないんだ」
「はあ?!」




ダイヤモンドリリーを添えてA

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